表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シビルの子  作者: 健人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/61

28.「覚悟は、出来てるさ」

 リドワンの姿を目にした瞬間の、アイシャとヘステルの喜びようといったらなかった。いや、ヘステルは見た訳ではないが、リドワンが玄関の戸を開ける前から気配を感じていたという。俺達3人が果たしてこのまま家に居て良いものかと思ったが、既に人数分以上の夕食を作ってしまったというので、そのままご相伴に預かることにした。


「――で? 結局これから、どうするんですかぁ?」


 ほぼ全ての料理を平らげて、ミルサークが食後の紅茶を淹れた。ふと会話が途切れたその瞬間を見計らったかのように、ドナホゥが言った。まるで緊張感を感じさせないそのノンビリとした口調は計算なのか、それとも単なる天然なのか。


「決まってる。魔女を倒しに行く。それ以外の選択肢は無いよ」


 リドワンもちょっと出掛けてくる、と言うような軽い調子で言い放つ。


「しかしそれでは――」

「マタハットの事なら、放っておけ。元々世捨て人なんだ。それに正直、勝てるかは五分五分だ。勝った後の事は、勝ってから考えりゃあいいのさ」


 口を開きかけたミルサークを制して、リドワンは言う。


「だが、あなた方もマタハットだろう?」

「覚悟は、出来てるさ」


 リドワンが隣のヘステルの肩を叩くと、彼女は静かに微笑んだ。


「親として子供を守る。……私達『魔女の落し子』は皆、それをされなかった、親から捨てられた子供の成れ果て。だから、だからこそ、本来得られなかった筈のこの子を産んだ時、私達の命に代えてもこの子を守る、と2人で決めたんです」

「お母さん――」

「アイシャ、昔から言ってるでしょ。私達が、あなたより早く死ぬのは当たり前の事なんだって。ただそれが少し早まるかもしれない。……それだけの事よ」


 母親の言葉に、アイシャは口を閉じる。


 ミルサークは腕を組んで鼻息を鳴らし、俺の方を見た。俺が頷くと、彼女は少し肩をすくめた。

 リドワンが加勢したといっても、彼の言う通り勝てると決まった訳では無い。ほんの少し、可能性が高くなっただけだ。いや、それは単に戦える時間が少し伸びただけの事なのかもしれない。それでも――それで、十分だ。


「……しかし、具体的にはどうするんだ。何か策はあるのか」

「策と呼べるようなものじゃあ無いが……考えはある」

 ミルサークの言葉に、リドワンは口角を上げて答えた。「そもそも魔女とはどういうものかという事さ」


「どういうもの?」

「考えてもみろ。『シビルの子』がいるという事は、だ。魔女が何百年存在しているのか知らんが、少なくとも肉体には寿命がある、という事だ。俺は魔女ってのは――精神のみ、と言えば良いのか――とにかくカタチを持たない存在なんじゃあないか、と考えている」


 カタチを持たないもの。それが『シビルの子』という器に入る事で、魔女として存在している、という事か。つまり――。


「肉体を殺すだけじゃ駄目って事か?」

「俺の考えが正しければ、な」

 リドワンは俺の言葉に頷く。「お前も見ただろう。あの黒い粒子を。あれこそが魔女そのものなんじゃあないか、というのが俺の推論だ。……だから、魔素剣を造った」


 リドワンは魔素剣を取り出して、刃を発した。初めてそれを目にしたミルサークとドナホゥが目を見張る。


「……その考え、正しいかもですねぇ」


 ポツリと言葉を発したドナホゥに、視線が集中する。


「あ――あたしホラぁ、色々教育されたんですよ。その――スパイ養成機関って奴に。その時に同じような事を聞いたような……」


 ドナホゥは慌てて両手を振る。


「ほう、興味があるな。何しろ我々は、世間知らずなものでね」

 ミルサークがニヤリと笑ってドナホゥの肩に手を置いた。「詳しく聞かせてくれるか? 憶えている範囲で構わんぞ」


「目! 目が怖いですよぅ、ギルド長。……ははは」


 ドナホゥは背嚢を探ると、奥底の方から一冊の小さな本を取り出した。


「これ、教本なんですけど――どこだったかなぁ――」

 パラパラとめくり、「あ、あった。ここですぅ。他の国の例ですけどね。勇者パーティーが魔女を討伐した際に、勇者にその身を切り裂かれた魔女は、霧となってパーティーの魔法使いに乗り移った、とあります」


 俺は思わず唸った。その後どうなったのかは、容易に想像が付く。


「で、全滅か」


 ドナホゥは頷いた。魔女に操られているとはいえ、それまで苦楽を共にした仲間を殺す決断を、そうそう下せるものでは無いだろう。


「でも、何で魔法使いだったんでしょうねぇ?」

「……何でって?」

「いやホラ、勇者に斬られたなら、勇者に乗り移ればいいじゃあないですか。一番強いんだろうし、一番近くにいただろうし」


 そう言われれば……。しかし普通、そんな疑問を思いもしないだろう。捻くれ者のドナホゥだからこその視点、という事か。


「魔素だ」

 リドワンが確信めいた口調で呟いた。「魔素量を最も多く持つ奴を狙ったんだ。……よし。これで決まりだな」


「決まりって――?」


 尋ねながら、何となく彼が考えた事の想像がついた。


「魔女を今の体から追い出した時、奴が向かう先が分かれば、確実に倒せるだろう? 俺達の場合は――」

「……私」


 アイシャが、ゆっくりと呟いた。


 ――そうだ。『シビルの子』の魔素量が膨大なのは、そういう理由もあるのかもしれない。


「俺達前衛が、魔女の本体を引きずり出す。魔女はお前に向かうだろう。そこを、殺すんだ。魔素剣でな」


 策と呼ぶにはあまりに大雑把な内容。だが初めて見えた、魔女を殺す為の道筋。


 ……やってやるさ。


 しかし1つ気掛かりがあった。アイシャ自身の言葉を聞いていない。父の言う事には従って当然という事なのか……いや、『従う』という言葉を使う時点で駄目なのだ。酷な話だが、アイシャ自身の決断、それが必要なのだ。


「……今日は、ここまでにしよう」


 ミルサークの提案に、俺はほっと息をついた。今の状況では、アイシャに無理を強いる事になってしまいかねない。何か言葉をかけようかと思ったが、何を言おうが説得や懇願に聞こえてしまうかもしれないと、思い直した。


「我々は、宿を探すよ。家族団欒の邪魔はしたくないからな」


 俺が言うと一瞬ドナホゥが抗議めいた視線を向けたが、すぐに納得したように肩を落とした。


「気を遣わせて、済まないな」

 リドワンは立ち上がりながら、「地下に工房がある。魔素剣の修理と改造をやっちまおう」


 俺はミルサークらに先に行ってくれと頼んで、彼と工房に向かった。上階よりもさらに埃が被っており、何に使うのか分からない機械や工具が雑多に散らばっているので廃墟のようにすら感じる。リドワンは暗闇の中でも迷いなく進み、魔光ランプを付けた。


「……灯り、必要なのか?」


 俺がいるからなのかもしれないが、純粋な疑問として訊いてみる。


「見えない訳じゃあないんだ」

 リドワンは机の上にあったものが床に落ちるのも構わずに、腕で一気に押しのける。「見える()()が、変わるんだよ。このランプも、その補助の為さ。……いつか、お前さんにも分かるかもしれんがな」


 言いながら、全く迷いのない手さばきで工具類を並べていく。思わず見とれていた俺だったが、差し出された手に気付いて慌てて魔素剣を取り出した。


「成程、反応しないな。まぁ、柄の部分は総取り替えだから、それで直るかもしれんな」

「総取り替え?」

「言ったかもしれんが、これは一番最初に造った試作品みたいな物だ。改良した点は3つある」


 リドワンは治具の上に魔素剣を横たえると、細い工具を取り出して柄の根元部分をいじり出した。


「1つは必要な魔素量の効率化。まぁこれが一番苦労したんだがな。それに起動時間の短縮と、全体の軽量化。うん? これでもう3つだな。じゃあ、改良点は4つになるな」

「……4つ目は?」

「魔石補給の簡略化さ」


 気付くと魔素剣は鍔と柄、それに折り畳まれた芯棒の3つに分解されていた。彼は柄の部分を指し、


「底から砕いた魔石を入れろ、と言ったろ。だがこれじゃ刃を発したままでは補給できないし、時間もかかる。だから、予め魔石を詰めたカートリッジを入れ替える方式にしたんだ」


 俺は5年前を思い出す。アキルの振る魔素剣の刃がかき消えたあの時。絶望の瞬間。


「予備のカートリッジも用意しておいてやる。再利用できるから、捨てるんじゃあないぞ」


 リドワンは芯棒部分をバラして部品を入れ替えたりしていたが、やがて鍔の部分を取り付けて、そこに数本のコードを繋いだ。コードの反対側を俺に握らせる。


「魔力を込めてみろ」


 言われるままに手に魔力を込める。それはコードを伝って――芯棒がコツコツと音を立てて伸び始めた。


「……大丈夫のようだな」


 緊張していたのだろうか、リドワンは小さく息を吐く。


「どういう事だ?」

「不具合の原因が何処にあったのか調べたんだよ。やはり、柄部分が原因のようだ。ここなら、今回交換するからそれで直るだろう。芯棒だったら厄介だったが、運が良かったな」


 言いながら彼は元の柄部分を取り上げて――動きを止めた。耳の近くに持っていき、細かく振る。そしてピンセットを手にすると柄の中に突っ込んで、何やら取り出した。


「――こいつが原因だな。紙ペラのようだが、お前が入れたのか?」

「いや、そんな事は――」


 起動しない事が分かってから、何もいじってはいない。差し出されたそれを受け取る。魔石のカスにまみれて黒ずんだ、折り畳まれた小さな紙。考えられるとしたら、アキルしかいない。いつから入っていた? 考えるまでもない。さっき思い出した5年前のあの瞬間まで、刃は出ていたのだ。ならば、その後という事だ。


 だとしたらこれは――。


 俺は震える指先で、ゆっくりとそれを広げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ