25.「その子が『シビルの子』だという事をね」
入って来たのは、俺達にとっては何の変哲もない1人のマタハット。しかしアイシャにとっては、かけがえの無い人物。彼女は立ち上がり、駆け寄る。
「お母さん!」
「……アイシャ?」
その人物は一瞬驚いたように体を揺らしたが、すぐにアイシャの抱擁を受け入れた。外見で判断しない分、確証するのは早いのかもしれない。何しろ、我が子であるのだから。
「――馬鹿っ! 何で戻って来たの! 私の事は放っておいてくれて良かったのに……」
「だって――だって……」
2人は抱き合い、涙を流す。
感動的な母娘の再会。しかし、俺にとってはどうにも違和感が拭えない光景だった。母親より今のアイシャの方が背丈はずっと大きく、声色も大人のそれだ。それが目の前で、子供そのままに泣きじゃくっている。見た目は大人で中身は子供、というのが分かっていても、脳が理解を拒むのである。……まぁ、それは野暮な思考というものだろう。
それにしても――。
「意外だ、という顔をしてそうだね。我々が彼女を人質に取るとでも?」
俺の思考を読んだかのような長老の笑いを含んだ言葉に、視線を戻す。
「そんな事はしないさ。我々の目的は一致している――そう、思っているのだがね。違うかな? そうでなければ、わざわざ君自身が乗り込んで来る事はないだろう? ギルド長ミルサーク」
俺はまたミルサークを横目で見やる。こういう動きは目の見えない向こうにはバレていないと思うのだが、ミルサークはこちらを見ることはしなかった。
「そう思うのであれば、ハッキリ言って貰いたいものだな。私は、まどろっこしいのが苦手でね」
「同感だ」
長老は頷く。目が見えない分、相手の言葉からその機微を読む事には長けているだろう。つくづくミルサークが居てくれて良かったと思う。
長老は椅子を1つ追加させると、アイシャ達を座らせた。
「では、言わせて頂こう。我々マタハットが望んでいるのは、この迷宮の保全だ。これまで通りの生活を営む事だ。――ご存知だと思うが、『シビルの子』が生まれた以上、その子を魔女に捧げる必要がある。君等ギルドも、迷宮を失う訳にはいかないだろう? ――ならば、協力して欲しい」
長老はアイシャの母親の方を向く。
「――まだ、何も話していないのだろう? ならば今ここで、話したらどうだ。……その子が『シビルの子』だという事をね」
ついに来たか、この時が。俺は帽子のつばを下げて、唇を噛んだ。正直に言うと、俺自身がアイシャに伝えなくて済む事にホッとしていた。だが同時に、これまで押し殺していた罪悪感と自己嫌悪が一気に押し寄せて来た。
依頼だから、という言い訳で逃げるのは容易い。アイシャは、俺を恨むだろうか。これまで築いてきた――と俺は思っている――信頼関係。その反動が怖い。だが、逃げるな。逃げたら、これまでと同じになってしまう。どんなに信頼を失っても、恨まれても、貫くのだ。行動するのだ。アイシャを守る。すなわち――魔女を、殺す。
母親が話した内容は、概ね俺達がアイシャから聞いて、想像していた通りだった。
本来子供が出来る筈の無い、『魔女の落し子』から生まれた事。
存在を隠して育てていたが、やがて隠しきれないと判断して街を出た事。
いつ自分達が居なくなっても良いように、1人で生き抜ける為の教育をしてきた事。
そして――『シビルの子』は、魔女に捧げられる為に生まれてきた存在である事。
アイシャの顔は少し青ざめていたが、落ち着いて聞いているように見えた。
「協力というが、」
話が終わり、ミルサークが切り出した。「正直戸惑っている、というのが本音だよ。彼女が『シビルの子』だという確証は無かったのでね」
「だが想定はしていたのだろう? もしそうだった場合のね」
ミルサークは肩をすくめる。
「――しかし何故、マタハットはそこまで『シビルの子』にこだわる? 自らの拠点を失いたく無い、という感情は理解出来る。が、それにしても、だ。こんな人身御供のような真似が、まともとは思えないが」
「ここは、迷宮だよ。地上ではまともでなくとも、ここではそうなのさ。理が違うのだよ。――迷宮の魔女がその寿命を迎える時、シビルの子が生まれる。それ位は、知っているだろう? 魔女が死ねば、この迷宮も無くなってしまう。その時は我々マタハットも迷宮と運命を共にする、という事だ。そんな事態は避けなくてならない」
「……地上に出りゃあいいじゃねえか」
俺は口を挟む。「あんたらが国を捨てて迷宮で暮らす事を選んだ事は分かる。でも、命には代えられんだろう」
「できるのであれば、そうしているさ」
「……どういう事だ?」
「我々は、迷宮の中でしか生きられない。――地上に出ると、死んでしまう。そういう事だ」
――ウソだろう?
「嘘ではない。理由は、魔素だよ。視力を失う程に魔素を取り込んだ我々は、魔素の薄い世界では生きられない。そういう体になってしまっているのさ」
俺の表情を読み取っかかのように、側近の一人が答えた。「――すなわちその娘には、マタハット全員の命がかかっているという事だ」
「――あんたらはこの子一人に、そんなものを背負わせるのか」
「他人の事が、言えるのかね?」
喰ってかかった俺に、側近は冷たく言い放つ。――そうだ。その通りだ。しかし――。
「……我々がここに来た目的は、アイシャを両親に会わせる為だ」
考えがまとまらないまま何とか口を開こうとした時、ミルサークが言った。「父親の行方は分からないのか?」
「特に、捜してはいないのでね」
長老はそう言って、軽く息をつく。「――母親を取り戻しに来るのでは、と警戒はしていたが」
ミルサークは思案するように顎を撫でる。単なるポーズなのか、どうなのか。
「少し、時間を頂きたい。我々も、初めて聞く話ばかりだったのでね。――何より、彼女自身に受け止める時間が必要だろう」
「……良いだろう。我々とて、力付くで彼女を連行するような真似はしたくない。だが、あまり時間が無い事は理解して貰いたいな」
……時間が無い?
「もうすぐ、魔女の寿命が尽きるってのか?」
願ったりでは無いか。ならば時間を稼げば魔女は死ぬ?
「そうだ。――だが、時間稼ぎは出来んよ。魔女は『シビルの子』が何処に居るのかを完璧に把握している。最悪魔女自身が奪いにやってくるだろう――手段を選ばずにね」
……邪魔する者は殺す、という事か。俺は改めて、5年前を思い出す。
「君達の住んでいた家を使い給え。……ここは、色々と後始末をしなければならんのでね」
長老が母親に言ってから指した先には俺が爆破した穴が口を開けていて、ドナホゥが俺の肩をつつく。
「……修繕費とか、請求されませんよねぇ?」
「知るかよ」
不可抗力って奴だ。そう思って貰うしかあるまい。
「街の中であれば、自由にして貰って構わない。――勿論、最低限の監視は付けさせて貰うがね」
長老が言い終えると、3人は同時に席を立った。
「では、後程。結論はもう出ているだろうが――できれば現実を受け止めて、皆が納得して貰える事を願っているよ」
◇ ◇ ◇
見覚えのある石造りの家の前で、俺は1つ息を付いた。5年前に、魔素剣を買った店。やはり、あの時見た影は幼いアイシャで、店主はその父親だったのか。
「――私達が出ていった時、そのままです。これなら、『清浄』をかければ問題なさそう」
家の中は母親が言った通りの状態で、本当に目が見えていないのか、と改めて疑いたくなってしまう。決して広くは無いが、数日過ごす位なら何とかなるだろう。
「手伝うか」
『清浄』ならば、俺でも何とかなる。
「大丈夫――いえ、じゃあ二階をお願いできますか」
「了解だ」
俺はドナホゥを引っ張って二階へ上がる。大小2つ部屋があり、大きな方には寝具と思しきものが置いてあった。そっちをドナホゥに任せて俺はもう片方の部屋に入った。何も無い、殺風景な部屋だ。小さな窓だけがあって、そこから外を覗いてみると、前の通りが見下ろせる。
「……?」
一瞬、誰かが立っていたような気がして、俺は窓を開け――ようとしたが、はめ殺しになっていて開ける事はできなかった。もう一度確かめるとそこには誰もおらず、監視でも立っていたのだろうと自分を納得させる。
「いつも、そこから外を見てたの」
突然の声に振り返ると、アイシャが立っていた。
「入り口にも『隠蔽』をかけてね。あの頃は、それが当たり前と思ってたんだ」
この狭い部屋で、彼女は長い時間を過ごしたのだ。迷宮で生まれた唯一の子供。その存在を知られる訳にはいかない。理由は理解できる。理解はできるが……あまりに、理不尽過ぎる。
「……大丈夫か」
先に言うべき事があるだろう、と自己嫌悪を重ねつつ尋ねた俺に、アイシャは微笑んで頷く。
「平気」
その言葉をどこまで信じて良いのか。
「昔から、色々と不思議に思ってたんだ。――どうして外に出られないのかとか、同じ位の子がいないのか、とかね。だから、色々分かって、スッキリしたよ」
その微笑みがどこか弱々しいのは、気の所為ではないだろう。見た目は大人になってしまったが、中身は10歳の子供なのだから。
「……1人で背負い込む必要なんか、ないんだぞ」
俺の言葉に彼女は首を小さく横に振る。
「そういう訳にはいかない、と、思う」
反論しようと俺が口を開きかけた時、ドナホゥが壁をノックしながら顔を出した。
「……こっち、終わりましたよぉ。――それと、ギルド長が呼んでまぁす。ひとまず、お茶にしようって」




