24.「ああ、知っているよ」
――おじさん? おじさんだって? 俺の事をそう呼ぶのは……。
俺が我に返るより早く反応したのは、何故かドナホゥだった。
「テメェこの――何ですか、この破廉恥な格好わぁっ! 離れなさいっ!」
そう。マントが開けた瞬間俺の目に飛び込んで来たのは、素っ裸の女の体だった――いや、よく見ると豊満な乳房には細い紐のようなものが巻かれて辛うじて乳首を隠し、腰にも短い布が巻かれているが、腰上まで入ったスリットを見るに、その下に何も履いて無いのは確実。むしろ素っ裸の方がマシなのではなかろうか、と心配になってしまうようなあられもない格好だったのだ。
「お前も離れるですぅっ! いつまでおっぱいに顔埋めてんですか、このエロオヤジ!」
ドナホゥが顔を真っ赤にしながら、俺と女を引き剥がす。俺は改めて、女の全身を観察する。俺よりも頭一つ高い背丈。マントの下の成熟した肉体。どう見ても、成人の女だ。しかし――。女がフードを外し、そこから艷やかな銀髪が流れ出た。
「……アイシャ?」
女――アイシャは満面の笑みで頷き、その金色の瞳を輝かせた。一体何があったというのか。何かの魔法か?
「じゃあ、玄関からの襲撃者というのはお前と――」
「協力者の人。……まぁ私は殆ど、後ろから見ていただけなんだけどね」
「そうだ」
その時、協力者がその巨体をずいっと寄せてきて、何故かドナホゥの肩を掴んだ。こいつも女か! しかもどこかで聞いたような声だが、まさか――。女がフードを外す。それを見たドナホゥが顔色を真っ青にして、呟いた。
「ギ、ギルド長……っ!」
「私が、協力者だ。よろしくな。特にドナホゥ」
「痛い、痛ぁい! 折れる、骨が折れちゃうぅふっ!」
ミルサークが力を込めたのか、ドナホゥがいささか大袈裟な悲鳴を上げる。俺は目を覆いたくなった。何故ギルド長である彼女がこの場にいるのか。
「……説明して貰えるか?」
俺の言葉にミルサークはニヤリとして答えた。
「ああ、今回の件はこの迷宮の存亡、ひいては国の存亡に関わる一大事だからな。やはり他人には任せておけない、という判断だ。私自ら動いたほうが、色々と捗る事もあるだろう」
……嘘だっ! いや、マタハットとの交渉などでは確かに俺よりも適任なのは間違いない。だがこいつは、間違いなく最初から自分が来るつもりでいたに違いない。真っ直ぐ5層を目指せば、面倒事を避ける為遠回りをしていた俺達を追い抜くことは容易かった筈だ。
「ちなみに、こいつがスパイだって事も以前から分かっていたぞ。出発の翌日から無断欠勤かましやがって、あからさまなんだよ、お前は」
「痛い、痛い! ごめんなさぁい!」
「……勘弁してやれよ。とりあえず今は、俺に協力するって事になってる」
「ほう?」
「そ、そうです! さっきだって言われた通りにちゃんと脱いだり、喘ぎ声出したりしたんですからっ!」
「……ほう?」
引き攣った視線が俺の方を向く。「貴様は一体何を――」
この野郎、ワザと誤解を招くような言い方しやがって!
俺が口を開こうとした時、
「失礼。――そろそろ、いいかね?」
俺達は一斉にその声の方を向く。
「我々にも時間を頂けると、有り難いのだがね」
すっかり蚊帳の外に置かれていたマタハット3人が、こちらを見つめていた――見えてはいなかったのだろうが。
◇ ◇ ◇
元からあった円卓は小さすぎた為マタハットの長老は大きな物を持ってこさせ、そこに7人が座っていた。アイシャは俺の隣に。ドナホゥはミルサークから一番離れて――結局これも俺の隣に座った。
「まずはこちらから質問してもいいかね。――君がどうして助かって、そして何故、そのような姿になったのか」
そう、それは俺も知りたいところだ。というか、何故目の見えないマタハットにもアイシャの姿が変わっているのが分かるのか不思議ではあるのだが。
アイシャ自身も、気を失ってからの事は記憶が曖昧であるらしい。気付いた時には水の中だった。泳ぎの経験は無い。必死に手足を動かして岸へ辿り着いた。手を伸ばし、這い上がろうとしたその時、自身の体が変わっている事に気付いたという。
「――おそらくそれは、魔力水の泉だろうな」
長老が呟く。
……魔力水だと?
「『触れた物の時間を進める魔力を持った泉』、か。まさか、実在していたとはな」
ミルサークが言って、俺も思い出していた。冒険者学校で『不用意に迷宮内の水に触れるな』という内容の時に教えられた、両手を失った冒険者の話。俺はドナホゥに言ってやった。
「……お前、運が良かったな」
「何がですか?」
言われた当人はキョトンとしている。
「落ちたのが普通の水で、さ。もしお前がアイシャと同じ所に落ちていたら……」
ドナホゥの顔色が変わる。
「ギ、ギルド長みたいなオバサンに――」
「それ位で済めば良いがな」
ミルサークが殺意が籠もった――ように感じる――視線をドナホゥに向ける。「良くてシワシワの老女、最悪は老衰で、溺れる間もなくあの世行きだろうな」
学校での話は少し盛っていたのか、一瞬で骨になる、という事はないようだ。とはいえアイシャがこの程度で済んだのはやはり……。
「で、何とか5層まで辿り着き、階段の前で待機していた私を見つけた、という訳だな。正直最初は私も半信半疑だったよ。信じる気になったのは彼女の手首にマタハットのしるしが無かった事と、……見覚えのある帽子を被っていたからだ」
ミルサークの言葉に、アイシャがマントの中から何やら取り出してはにかみながら俺に手渡した。――俺の帽子。そういえば、そうだったな。あの時は、この帽子に包めそうな位のサイズだったのだが……いつの間にか、大きくなっちまいやがって。
「で、何でこんな破廉恥な格好なんですぅ?」
しんみりしかけた俺の気持ちを、ドナホゥの言葉がぶちやぶる。
「体が急成長すれば、それまでのが着られなくなるのは当たり前だろう。私と会った時は葉っぱで隠しただけの、ほぼ全裸だったんだぞ? 潜入用のローブの予備があったからそれを着せたんだ。中については……どうせ、マタハットしかいないし、見えないならテキトーで構わんと思ったんだがな」
いや、良くはねぇだろう、子供じゃない――いや、実際には子供なんだが――のだから。
「しかし、成長したのはある意味僥倖だったぞ? 子供のままだったら、街に入るのにも苦労しただろうからな。アイシャはとにかくお前の行方を気にかけていてな――この建物は以前から過激派の拠点としてチェックしていたから、何か手掛かりになる話が聞ければと思って、訪問したというわけさ」
……訪問、ね。
俺は横目で、あからさまに渋い表情を浮かべたマタハットの3人を眺めた。まぁ、俺達としてはこれ以上無いタイミングだった訳で、今回はその脳筋具合に感謝せねばなるまい。
「念の為の確認だが……元に、戻るのか?」
「……どうだろうな」
俺の問に口を開いてくれたのは、長老だった。「これまで、あの泉に落ちて生きて帰ってきた者はおらんのでね。正直、わかりかねる、としか言えないな」
「そ、そうなんですか?」
アイシャが戸惑いの声を上げる。長老は頷くと、言った。
「……君はもう少し、自覚を持つべきだ。自分は特別だ、という自覚をね」
ミルサークと俺は視線を交わし、彼女は口を開く。
「――いいだろうか。こちらからも1つ、質問させて貰いたい。1つ答えたのだから、その権利はあるだろう?」
言葉を続けようとしていた長老は、少し不満気に口を止める。気付けばすっかりミルサークのペースだ。
「アイシャの母親――もしくは父親も――、だ。行方を知っているか? いや、知っているんじゃないか? ……ならば、教えて貰いたい。それが、彼女が迷宮に戻って来た目的だ」
「ああ、知っているよ」
長老はこちらが拍子抜けする位にあっさりと答えた。「母親だけ、だがね。我々が保護している」
アイシャの表情が一気に明るくなる。俺も内心、胸を撫で下ろししていた。想定していた中で、最も穏便なものだったからだ。しかしまだ、油断はできない。母親を人質にしてアイシャの身柄を要求する、という事もできるのだ。
「ここに、いるんですか?」
アイシャの問に、長老は頷いた。
「連れて来るよう、伝えてある。――丁度、来たようだ」
長老の言葉が途切れると同時に扉がノックされ、俺達は一斉にそちらを振り返った。
「失礼します。お連れしました」
「入って頂きなさい」
外からの声に長老が応えると、ゆっくりと扉が開いた。




