23.「走れ! 走れ!」
「な、何だったんですかねぇ、今の揺れ。何か爆発したような」
「さあな」
ドナホゥが天井を見上げて不安気な顔をする。俺は絞め落とした男を通路の端へ転がし、手の埃を払った。と、どこからか声が響いた。
『警報! 正面玄関から襲撃だ! 敵は2人! まだ地下へ向かっていない者は正面玄関へ回れ! 繰り返す――』
男のマントをめくると、掌に収まるサイズの水晶球が転がり出た。こいつが、喋っていたらしい。
「だ、そうだ。――お仲間か?」
「もう、仲間じゃあ無いですぅ。でも仮にそうだとしても、正面から乗り込むってやり方はしないと思うんですが……」
アイシャがここにいる、という情報を得ての襲撃、というセンはあり得る。だが確かにたった2人で正面から堂々と、というのは――。
「協力者がいるって、ギルド長が言ってましたよねぇ。それじゃないですか? ネジドさんが捕まった事を知って、とか」
協力者の存在をすっかり忘れていたが、もしそうだとしてもいささか脳筋が過ぎる。厄介事の予感しかしない。
「ま、上に行きゃわかるさ」
俺は水晶球を踏み砕いた。
「いいんですか?」
「地下に向かっていない者は、って言ってたろ? 俺達が脱走した事はもうバレてる。訊くべき事は聞いたし、後は駆け抜けるだけさ。急がないと、敵が集まってくるぞ」
俺達は階段がある方へと進む。それにしても、妙な建物だ。迷路のように曲がりくねっていて、3層を思い出させる。さすがに、罠までは無いだろうが。道幅も狭く、基本的に人1人分、時々体を横にしないと通れない場所まである。加えて、壁や天井の所々は岩や土がむき出しだ。
意図的なものなのか、それとも適当に造った結果なのか。剣を振るには狭すぎ、下手な魔法を使えば崩壊の可能性もありそうだ。いずれにしても、厄介な造りである。
先に、少し明るくなった空間が見えた。――階段か? そう思った次の瞬間、先頭を行く俺の直前に横からヒョイ、と人影が飛び出してきた。
〜〜マタハット!
フードを確認するや否や、俺は松明をそいつの首筋に叩き込む。火花が散り、周囲が明るく浮き上がる。それが消えぬ間に、首を押さえてよろけた男の腹に向けて膝をめり込ませた。口から何やら吐き出しながら男は昏倒する。
「急げ!」
岩を切り出した荒い造りの階段へ走る。一歩階段に足をかけて上を向き――俺達は凍り付いた。
そこには今正に階段を降りようとする1人のマタハット。その後ろには、順番待ちをしているかのように何人もの気配がする。相手も目が見えなくとも、俺達余所者の気配に気付いたのだろう。一瞬、妙な間があった。
「――逃げろっ!」
「逃げって――うぇっ!?」
「考えるな、走れ!」
俺は方向転換すると同時にドナホゥの肩を掴んで180°回転させ、その背中を突き飛ばした。相変わらず妙な悲鳴を上げるドナホゥを急かしつつ、後方へ『爆裂』を発する。階段の中央辺りが爆発し、悲鳴が上がる。が、所詮は俺の魔法だ。派手に見えても階段が多少でも削れれば御の字程度の威力だ。
「そっちじゃない! 左だ左!」
元来た通路でなく、先程飛び出してきた男が来た方へ向かう。
「〜〜後は、駆け抜けるだけって、言ってましたよねぇ!」
「だから、駆けてるだろ?」
「これは逃げてるっていうんですよぉっ! ――うひゃいっ!」
後ろから飛んできた何かが、周囲で跳ねる。また『氷針』か! 全く便利な魔法だ。マントを振り広げて防ぎつつドナホゥが『光壁』を張ったが、すぐに解除されてしまった。やはり魔法ではマタハットに敵わない。
「走れ! 走れ!」
――数分後、俺達は途中で見つけた廊下の窪みに身を潜めていた。途中まで掘り進めたが、今は放棄されてしまったような妙な場所だ。ドリルのような工具が雑然と置かれている。時々、目の前の通路を人が通過するが、俺達に気付く事なく去って行く。
「……案外、見つからないものですねぇ」
『隠匿』の魔法を使っているとはいえ、奴らの目が見えていれば丸見えの場所だ。魔法を発動した事自体に気付かれたらアウトだったが、どうやら賭けに勝ったらしい。しかし、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。とはいえ、階段には相応の人数が張り付いているだろう。
「き、強行突破ですか?」
ドナホゥの表情が硬くなる。最悪はそうせざるを得ないが――。
「ちなみに、この際もう一度捕まっちまうって選択肢はないんですかぁ? 殺すつもりはないって、番の人も言ってたじゃあないですか」
「却下だ。こっちの立場が弱くなっちまうだろ」
俺は即答する。迷宮内ではマタハットの方が圧倒的に有利な立場だ。それに対抗するには、相応の力を見せる必要がある。力、すなわち、戦闘力だ。
その時、再び上からの爆発音と共に地面が揺れた。
「……誰なんでしょうねぇ? 助けに来てくれたのなら、有り難いんですけどぉ」
「お前をか、俺をか、で話が変わってくるけどな」
「それはまぁ……って、何してんですぅ?」
俺が天井を叩くのを見て、ドナホゥが首を傾げる。
「……ちょっと、試してみようと思ってな」
俺は放置されていたドリルを手にした。魔道具のようで、魔力を込めると音もなく回転する。それを天井に当てた。大した音もせずに、天井が削られていく。思った通り、柔らかい岩質のようだ。
「まさか、天井を掘り破ろうってんじゃあないでしょうねぇ。……掘り終わる頃にはあたし達、ミイラにでもなっちまってますよ」
アホかこいつ、と思っている事を隠そうともしない渋い表情でドナホゥは言った。
「掘るんじゃない。ぶち破るのさ」
「はぁっ?」
俺は穴を開け終えると、マントの端を少し切り裂いた。そこから、黒い砂のようなものが流れ出る。
「……何です?」
「火薬」
「……はぁ」
「何だよ、反応悪ぃな。もっと驚いてくれてもいいんだぞ」
「もう慣れましたよぉ。……ネジドさんの方が余程スパイみたいじゃないですか。どんだけ、用意周到なんです?」
「自分の身を守る為さ」
ソロの時は、色々あった。その時に身についた習慣は、そうそう変えられるものではない。さらに数カ所から火薬を全て取り出すと、そこに油を染み込ませたマントの切れ端を押し付ける。さらに火薬の一部をそれで包んで、天井の穴へとねじ込んだ。――奥の、奥まで。
「――さて。ちょっと、手伝ってくれるか」
「『爆裂』を使えってんですかぁ? 使えはしますけど、そんなに威力出ませんよ。火薬だってそれっぽっちじゃあ、あまり意味無いんじゃ……」
「少なくとも、俺より魔法の威力はあるだろ。それにこの火薬は俺が調合した特別製なんだ。少量でも、かなり威力はある筈――多分な」
「……ホントですかぁ?」
ドナホゥはあからさまな疑いの視線を向けてくる。さっきの殊勝な態度は何処へいったんだ。
「湿気てなけりゃ、な。それと、ちょっと試してみたい事があるんだ」
『光壁』を使った、爆破の威力の集中。俺が考えたのはそれだった。穴を開けた天井のすぐ横は行き止まりの壁だ。ドナホゥが『爆裂』を放った瞬間、俺が『光壁』を展開し、爆風を封じ込める。その威力は天井の穴に詰められたマントの切れ端と火薬に伝わり、上方へ抜けていく――。
「と、思うんだ」
「だったらいいなぁ、ってレベルで根拠無いじゃないですかぁ! ……うぅ、でも分かりました。やりますよ。他にいい考えも浮かばないですし」
――よし。
俺はドナホゥの肩を叩いた。火薬はこれっきりだ。失敗したら後がない。何より重要なのは、タイミングだ。ドナホゥは目を閉じて何度か深呼吸をし、掌を開け閉めさせると青ざめた顔で俺の方を見た。
「床の火薬を狙ってくれ。1、2、3で発射だ。――いくぞっ!」
◇ ◇ ◇
水晶球からは次々と混乱に満ちた報告が上がってくる。玄関からの襲撃者の力は相当のようだ。地下の方も気になるが、そちらからの報告は『捜索中』のまま止まってしまっている。
「……長老、このままでは突破されます」
「タイミングが悪かったな。……4層の捜索に人手を取られているこのタイミングで、か」
狙っていたのか、それとも偶然か。
「避難されますか?」
その言葉に、長老は頭を振る。
「報告を聞く限りでは、死者は出ていないようだ。だったら――」
その瞬間、部屋の扉がバン、と乱暴な音と共に開かれた。長老以外の2人は反射的に振り返る。
「……話をしにきた、と思っていいのかね?」
「あなたが、『長老』か。察しが良くて助かる。仰る通り、我々は話し合いを望んでいる」
聞こえたのは、女の声。長老の体に緊張が走る。マタハットは視力を失っているが、代わりに『魔素を視る』事が出来る。芯の通った声が似合うであろう巨大な体躯。それでいて、足音が殆どしない。剣を持っていない事からも、徒手空拳を旨とする格闘家タイプの冒険者だろう。
「その割には、随分と乱暴な振る舞いではないかね」
「非礼は詫びよう。しかし招待状を持ち合わせていなかったものでね。門番に拒否されてしまっては、こうするより他の考えが浮かばなかった」
……片目が?
長老は一瞬訝しがったが、彼女はマタハットではないと判断する。その後ろから、もう1人が部屋に入って来た。その瞬間、全身が粟だった。
――まさか!? ……いや、違う。
おずおずという感じに入って来たのは、若い――成人の――女性。彼女は、少女だった筈だ。ならばこの女は何者だ? 全身に巡る桁違いの魔素量。間違いなくその瞳は金色の筈だ。マタハット? いや、それにしても――。
「とりあえず、部下を収めて貰えるかな。貴方がたに会うのが目的だったんだ。これ以上暴れるつもりはないよ」
巨躯の女が言った。落ち着いた口調だ。信用しても良いかもしれない。
水晶球を操作する男に指示を出そうとした瞬間だった。部屋の隅が突然爆発し、床から火柱が立ち上がった。
――何だ!?
侵入者達の仕業では無い。もうもうと土埃が舞い上がり。5人はそれぞれ身構える。すると埃の向こうから、何やら声が聞こえてきた。
「どうだ、うまくいったろう」
「明るくなつたろう、みたいに軽く言わんでください! ひでぇ埃ですぅ」
「いいからホラ、登れ。早く」
「お尻触らないで下さいっ! 訴えますよぉっ!」
「何処にだよ」
床に、穴が開いたのか? 下からせり上がって来た影はそのまま座り込んで、何度か咳をする。続いてもう一つの影が飛び出てきて、見事な身のこなしで床に降り立った。
……ようやく、埃が晴れてきた。7人は、改めてそれぞれの視線を合わせる。
「こいつは……ビンゴって事でいいのかな?」
後から出てきた影――俺は呟いた。部屋に居た5人のマタハット。円卓に腰かけた内の1人は、相当の老齢のようだ。こいつが、親玉か?
「――ネジドさんっ!」
ドナホゥの叫び声で気付いた。奥にいたマタハットが、俺に向かって駆けている。――俺を、狙っている? 油断したつもりは無いが、何故気付かなかったのか。――疾い。武器を出すのは間に合わず、体術でこなすしかない。だが、相手がマントの下に何を持っているのか。負傷覚悟で対処するしかないか。
相手が直前に迫った瞬間、マントが開けた。その内側を見て――俺は目を見張った。硬直した俺に向かって、相手の手が伸びる。それは勢いそのまま俺の首に周って――俺の顔面に、温かく、柔らかいものが押し付けられた。
「――おじさん!」
俺を押し倒さんばかりの勢いで抱きついたその女が叫んだ。
「良かった! 生きてたんだ!」




