22.「役に、立ちたいんですよ!」
監視――いや、監聴をしている男の耳に、異様な雰囲気の声が聞こえてきた。仲間割れのケンカ程度なら放っておけば良い、だがこれは――。
椅子に座っていたのを立ち上がり、扉の前に立って耳をすます――までもなく、女の悲鳴が聞こえてきた。
「誰か! 助けてくださぁいっ! いやっ! やめて! 乱暴しないでぇっ!」
「うるせぇ、大人しくしろ! どうせ死ぬんだ、殺されるんだ! だったら最後に楽しんだ方がお前だっていいだろう!」
「楽しくなんかないっ! お願い、やめてよぉっ! あっ、やだ、そんなとこ――やだぁっ!」
床でくんずほぐれつする男女。同時に、ビリビリと布が裂ける音がする。男は慌てて扉に手をあてる。魔力を送る事で解錠が出来るのだ。扉を押し開けて中に踏み込む。
「おいっ! やめろ! そもそも誰も殺すなんて言ってない――」
「そりゃどうも」
気付いた時には、男の首にネジドの腕が巻き付いていた。
――いつの間に、背後に?
「それを聞いて安心したぜ。……ゆっくり、休んでくれ」
男が白目を剥き、その場に崩れ落ちる。
「こ、殺したんですか?」
「絞め落としただけだ。殺しちまうと、色々面倒になるだろうからな」
マタハットと完全に敵対するにしても、話を訊いてからだ。俺は男を部屋の奥に引きずり込み、音を出すのに使ったドナホゥのローブをさらに引き裂いて縛り上げる。
「それにしても、名演だったじゃねぇか。見直したぜ」
「うるせぇですぅっ! 無理やり脱がすわ、恥ずかしい声出させるわ……乙女にこんな辱め――一生、恨みますからね!」
ドナホゥは真っ赤になった顔を両手で隠して俯いてしまう。
脱がすったって、ローブだけじゃねぇか。……ま、好きにしてくれ。
俺は短刀を取り出してうつ伏せに倒れた男の脚に向けて振った。空気を裂く音と同時に足首が割れて、血が噴き出す。
「うわぁ……容赦無いですねぇ」
指の間からそれを覗き見たドナホゥが呟く。念の為の、時間稼ぎだ。魔法が使えないこの部屋ならば、尚更やってみる価値がある。
「じゃあな」
「いや、これ、コレ!」
俺が言うと、ドナホゥが慌てて手枷を差し出す。……そうだったな。
「動くなよ」
言うが早いか、俺は短剣を振り下ろした。真っ二つになった手枷が床に落ちると同時に、真っ青になったドナホゥが尻もちをつく。
「それじゃ、協力感謝する。達者でな」
「ち――ちょっと! 何カッコ付けてるんですかぁ。あたしも一緒に行きますよ!」
俺が踵を返すと、ドナホゥは慌てて立ち上がる。
「無理しなくていいんだぞ。お前はお前で、やる事があるんだろ」
「……地上に戻って失敗の報告したところで、どうせ口封じに殺されるだけですよ。――だったらあたしも、好きなようにさせてもらいますぅ」
ドナホゥは俺に続いて部屋を出ると、扉に鍵をかけた。
「――役に、立ちたいんですよ! ネジドさんの」
俺は立ち止まり、振り返る。いつにない、真剣な眼差しがそこにあった。
「信用、できませんよね。そうですよね! わかってます、当り前ですよ。でもあたしは――あたしの方は、ネジドさんの事、信用してるんです。そして、感謝してるんです。5年間、一緒に仕事してきたじゃあないですか。あたしが窓口で。仕事も――ネジドさんにとっては、不本意だったかもしれないですけど。でもあたしは、楽しかったんです。スパイとしてこの国に来て、初めてまともに扱って貰えたというか……安心できたっていうか――。も、勿論、もう戻れないって分かってます。分かってますけどあたしは――あたしは、ネジドさんに恩返ししたいんですよ! 本当に!」
俺は黙って、肩で息をしているドナホゥを見ていた。……正直、良く分からなかった。俺は彼女に感謝されるような事など、何一つした憶えが無かったからだ。むしろ以前言ったかもしれないが、俺の方が、彼女に感謝をしなければならないと思ってたくらいだ。……まぁ、素直に感謝を表しづらいキャラではあるのだが。ふと、アブラに言われた言葉を思い出した。
――別に、感謝なんてしなくてもいいんだよ。あんたが、勝手に救われているだけなんだから――。
……そういうものか。互いに、勝手に救われていただけ――そういう、幸運な関係だったんだな、俺達は。
「――なんだ、」
だから、俺は言ってやった。「普通に喋れるんじゃないか、お前」
「〜〜からかわないで下さぁいっ! ……が、頑張って、話したんですから……」
……そうなんだろうな。
「残念だが――」
俺が一歩前に出ると、彼女はビクッとして顔を上げた。「俺は、言葉って奴を信用しない事にしてるんだ。だから――」
「だ、だから?」
俺は、見――じゃなくて聴張りから回収した剣を差し出した。
「行動で、証明してもらおう。今言った言葉を、お前さんの行動でな」
「それって――」
ドナホゥは剣と俺の顔を代わる代わる眺め、奪い取るような勢いで剣を手にした。
「はい! やります! やってやりますよぉっ!」
「――静かにしろ、ここがどこだか分かってんのか」
俺の一喝にドナホゥは慌てて口を押さえた。
「よし。じゃあ、行くぞ」
「は、はい。って――でも、どこに?」
「とりあえず人のいる所、だな。まぁ、出会った奴に訊くさ」
俺は改めて周囲を確認する。部屋の中には薄暗い灯りがあったが、外の廊下は真っ暗だ。目の見えないマタハット達には何でも無いのだろうが、俺達にとっては困った事態である。
「あたし、『照明』使えますよ?」
それくらい俺だって使える。が、奴らは魔力――魔素の動きを察知しているのではないか、と俺は考えていた。音だけであそこまで自然な動きをするのは、さすがに難しかろう。もし予想が正しければ、俺達が脱走した事を察知されてしまう可能性が高くなる。
俺は男が座っていた椅子を壊すと、その脚にマントの裏地の一部を引き裂いて巻き付けて、火を付ける。
「松明代わりだ」
裏地には、予め油を染み込ませてある。臭いのリスクはあるが、魔素よりはまだマシだろう。俺達は足音を忍ばせながら、廊下を進んで行った。
◇ ◇ ◇
ネジド達が部屋から脱走した丁度その頃、大部屋に3人のマタハットが集まり、円卓を囲んでいた。
部屋の中はかなり暗かったが、辛うじて物の輪郭が見える程度には灯りがあった。視力を失ったマタハットといっても、明かりを感じる事は出来て、光による補助は行動の指針として重要だった。その為、最低限の明かりは常に灯されている。
「……まだ見つからんのか、『シビルの子』は」
1人が苛立った口調で言う。「手掛かり1つ掴めんとは、捜索隊は何をやってるんだ」
「仕方ないだろう。観測者からの報告だと、彼女は『上昇していった』というんだ。だが、常識的に考えたらやがて降りてくるだろう。――だから、4層の上と下、両方を捜さにゃならん。人手が足らんのだよ。どうしても、時間がかかる」
「上だろうが下だろうが、あれだけの魔素を巻き散らかしていたんだ。すぐ分かるだろう!」
「だから! その魔素が突然消えてしまったから苦労しているんだと、何度も言っているじゃないか!」
トン、と卓を指で叩く高い音で、2人は同時に口を噤んだ。
「――長老」
「……2人とも、落ち着きたまえ」
長老、と呼ばれた男はゆっくりとした口調で続けた。「『シビルの子』の気配が消えてしまったのは不可解だが、あれしきの事で死ぬとは思えん。――ならば、彼女は5層を目指す筈だ。4層の捜索は打ち切ろう。全員を5層へ戻し、街の周囲を固めるのだ」
「ですが――護衛ともはぐれて一人きりの筈です。魔物がうろつく中、そうそう移動できるでしょうか」
「それは、心配ないだろう」
長老は笑みを浮かべて言った。「迷宮で生まれ、迷宮で暮らして来た子なのだからな」
「……分かりました。早急に、指令を出します」
「うん。それと――あの、捕らえた2人はどうしている? 特に男の、冒険者だ。魔素中毒気味だっただろう」
「定期的に、濃度の高い特製の魔素抜きの水を与えていますから――そろそろ、問題ないレベルなのではないかと」
「なら、連れて来たまえ。我々が敵では無い事を、知って貰わないとな。優秀な冒険者のようだから、くれぐれも油断しないように」
「今ですか? ――はい。では、すぐに」
長老に促された男は、卓上に置かれた、通信用の紫色の水晶球を操作する。
「……協力、してくれますかね」
「話位は聞いてくれるだろうさ。我々が、彼を助けたというのは事実なのだからね。――どうした?」
長老は不穏な気配を感じ、忙しなく水晶球を操作していた男に尋ねる。
「いえ、監聴の者の返答が無く……近くの者を確認にやらせました」
それは――。
口を開こうとしたその時水晶球が光り、慌てた声が響いた。
「大変です! 奴ら、脱走しました! 監聴は部屋の奥で――やられてますっ!」
「――長老!」
「慌てるな。地下への階段は一箇所だけだ。人をやりたまえ。多少怪我をさせるのは構わんが、『閃光』等を使って、出来るだけ。穏便にな」
「わ、分かりました」
頭の片隅に、そううまくいくだろうか、という恐れが浮かぶ。いや、ここは迷宮。我々マタハットの世界だ。上の奴らに後れをとる筈が無い。
「――報告! 緊急です!」
「どうした?」
別の場所からの連絡に、男は顔をしかめる。まさかもう、地下から脱出したのか?
「襲撃です! 正面玄関から妙な2人組が――うわぁっ!」
何かが崩れるような音がすると同時に、通信が切れた。
――襲撃? 玄関から? 一体、どうなってる?
「2人組と言ったな。脱走した冒険者達かね?」
「い、今の連絡だけでは何とも。隣国のスパイがまだ残っていたという可能性も――」
ズン、という重低音と共に、建物が揺れた。




