18.「お前――」
新手の存在は想定していた事だ。人数は4――いや5、か。最後に1人、小柄な奴が降りてきた。だが、おそらくこれ以上はいないだろう。マタハットでなく隣国の人間ならば、そうそう大人数を動員できるとは思えない。迷宮の中に10人以上のスパイがいた、という事実だけでも驚きだ。
「……あとで文句を言ってやる」
言った所であの大女には何も響かないだろうが。
最後にやってきた襲撃者が手を伸ばすと、他の5人の体が発光する。あちらも『身体強化』をかけたか。最初の組は、かけていなかったのだろうか? と、正面に立っていた奴のマントが動いた。
おい待て、まさか――。
俺はアイシャを抱えて横に飛んだ。次の瞬間、襲撃者の掌から発せられた火炎が俺達が居た場所を薙いだ。
ついに、形振り構わなくなったか!
こうなると厄介だ。さすがにアイシャを殺してでも、という事はないだろうが、最低限生きてさえいればいい、と割り切って来られると防ぎきるのは難しい。さらに――。
俺は飛び込んで来た奴の剣を弾く。火炎を放ったのとは別の奴だ。
こいつらは、連携が取れている。
先程の奴らは、個々がバラバラの動きだった。だから、1人ずつ倒しやすかったのだ。だがこいつらは剣で攻める最前衛、どちらもできる前衛、魔法でフォローする後衛と役割を決めている。明らかに、獲物を狩り慣れている。
……どうする?
奴らの狩りパターンにハマりつつある。一番の脅威は、最初に火炎を放った前衛の男。俺の勘が告げている。最前衛と同時に動かず、明らかにこちらを観察している。それでいて隙が見えない。――ならば。
俺は体を入れ替えて、最前衛の動きを誘導する。斬りかかってきたタイミングを見て前衛の方に受け流し、背中を蹴り上げた。よろけた最前衛が前衛と俺の間に入り、相手の視界を遮る。その一瞬、俺は斜め前方に飛んだ。
すぐ脇を、前衛が放った火炎が通り過ぎる。……そうくると思ったよ。最前衛はどうなったのか、心配する余裕は無い。俺は前衛の横を駆け抜ける。狙いは、最後衛! 最後に降りて来た、小柄な奴だ。何故か分からないが、こいつだけ連携の外にいた。
「落ちるぞ! 掴まってろ!」
マントの中のアイシャに叫びつつ正面から体当たりし、勢いそのまま大穴へと飛び出した。その下方では投げておいた誘導弾が次々と弾けて黒煙と火花を上げる。
「『飛翔』、かけるの!?」
「いい! 任せろ!」
風切り音が凄まじく、叫ばなければ聞こえない。アイシャが言った事も考えたが、あくまで最悪の場合だ。まだ可能性はある、筈だ。――頼む、出てこい!
襲撃者は気を失っているのか、大の字になったまま動かない。それを風よけにして仁王立ちしつつ、俺は下方を睨みつける。
来た!
煙と火花に釣られて、飛び出してきた一匹の翼竜。
「あれに乗るぞ!」
「私、『使役』使えない!」
「了解だ!」
期待していなかった、と言えば嘘になる。だが勝手に期待して、勝手に失望する権利など俺には無い。手持ちの『使役』の魔符は、1枚だけ。そもそも殆ど需要が無いので、これを手に入れるのにも苦労したのだ。しかし魔符の効果時間は極端に短い。が、今はこれしか――。
その時足元の襲撃者が身動ぎして、閃いた。可能性があるなら、試してみる!
「落ちるぞ!」
「もう落ちて――わぁっ!」
俺は身を低くして、襲撃者の肩を押した。大の字になっていた体が傾き、3人まとめて頭から急降下する。翼竜の背中が一気に大きくなる。このまま墜落したら『身体強化』をかけていようがタダでは済むまい。俺は襲撃者の体を脚で挟み込みつつ、ロープを投げる。狙いは、翼竜の長く伸びた首!
ロープの先が、そこに達した。――よし! 固定! そこを支点に一回転し、翼竜の背中に軟着陸した。それでも、それなりの衝撃はあったが。
「ぶへぇあっ!」
襲撃者が妙な悲鳴を上げた。――女? だがそんな事はどうでもいい。俺は胸ぐらを掴んで引き上げる。
「おい! 『使役』は使えるか!」
「ふぇえ――はいぃ?」
全く状況が理解できていないのだろう。返事なのかよく分からない言葉しか出てこない。俺は改めて相手を引き寄せて――その勢いで、相手のフードが外れた。俺は目をむいて、一瞬動きを止めてしまった。
「お前――」
5年の間に見慣れてしまった、巨大な眼鏡をかけたドナホゥの顔がそこにあったからだ。
「どうなんだ! 『使役』は!」
強引に意識を引き戻して俺は叫ぶ。
「は、はいぃ! 使える、ますぅ!」
「なら手伝え! さもないと、全員死ぬ!」
ぐらっと足元が揺れた。翼竜が異物を振り落とそうと身をよじったのだ。
「ロープに掴まれ!」
俺は片手――というか指2本でドナホゥを引き上げて翼竜の首に巻かれたままのロープを握らせる。手綱代わりだ。
「魔力を流せ!」
ドナホゥの両手が発光する。が、翼竜は身をよじり続ける。
「――何やってんだ!」
「相手が大きすぎるんですよぅ! あたしの力じゃ、使役できないぃ!」
畜生! 大きさまで選んでられるか! ……『使役』の重ねがけなど、出来るのだろうか。
魔符を取り出そうとした時、アイシャがマントから外に出ている事に気が付いた。
「落ち着いて」
そのまま、ドナホゥの背中に手をあてる。「大丈夫、できる」
その手が――いや、ドナホゥの全身を含めて発光した。途端に、翼竜の動きが安定する。
「ウソ……」
ドナホゥが唖然として呟いた。
「何をした?」
「魔力を少しあげたの」
その返事に、困惑する。他者に補助魔法をかけるのはよくある事だ。魔力を合わせる、という事も。が、他人に魔力そのものを与えて効果を高める等、聞いた事がない。
「……来るよ!」
アイシャの声に我に返った。上を見ると、急速に近づいてくる4つの影。小型の翼竜に跨っている。
奴らも、『使役』を使えるのか。
空間に何かが光った、と思った瞬間、足元の翼竜の羽根に穴が開いた。――『氷針』か! その名の通り針のような氷の弾による攻撃。炎属性の翼竜に最も効果的で、この状況では視認するのも困難。さらに、
「避けろ!」
俺は叫ぶが間に合わず、翼竜の体にいくつもの風穴が開く。――少ない魔力で、大量の弾をバラ撒く事ができるのだ。
「上昇しろ! 奴らの上に出ろ!」
「やってますよぅ!」
体のサイズが災いして、小回りが利かない。上昇しようとするが、勢いがつく前に敵の方が遥か上方に逃げてしまう。
「『光壁』、使う!」
「頼む!」
『光壁』の魔符は俺も持っているが、魔符の場合、使うとその場で固定されてしまう。移動し続けている今の状況では、術者の移動に応じて動いてくれる術式に頼るしかない。
攻撃はまるで雨が降るように連続して途切れない。――どうする? このままつるべ撃たれていてはジリ貧だ。アイシャの魔力とて、無限ではあるまい。逃げるなら下しかないが、敵もそれを見越している筈だ。
その時、必死の形相で手綱を操っていたドナホゥが呟いた。
「……もう、あったま来ましたよぉっ!」
途端に、急降下が始まる。
「〜〜どうした!」
振り落とされないよう這いつくばりながら、俺は叫ぶ。勢いがついた所で急転回し、今度は上昇が始まる。
「知ってるでしょう? 翼竜はですねぇ、」
ドナホゥの全身が光ると同時に、上空に向いた翼竜の口が開く。
「火炎を放てるんですよぉっ!」
光が手綱を伝い、翼竜へと繋がる。
「対ショック、 対閃光防御おっ! 発射ぁっ!」
ドン、という凄まじい衝撃と熱風。反射的にアイシャをマントの中に引き込んだ。帽子のつばの隙間から上を見る。大穴を塞がんばかりに広がった火炎は、上空に逃げていた一騎を包み込んでいた。もう一騎は避けた際に崖にぶつかり、跳ね返ったところを火炎に触れて蒸発する。……ああいう死に方はしたくない。
残り2人は、姿が見えない。やったのか?
ようやく火炎が収まる。
「ネ、ネジドさぁん」
振り返ると、ドナホゥが全身を震わせながら油汗を流していた。
「……魔石、持ってません? 今のであたしもう、魔素が限界でぇ……」
慌てて片手で持てるだけの魔石を掴んでドナホゥの背中に突っ込み、アイシャは肩に手をあてる。
「お仲間をやっちゃって、よかったのか?」
多少の皮肉を込めて言ってやった。が、ドナホゥからは意外な言葉が発せられた。
「あいつらは、仲間なんかじゃあないです」
「……どういう事だ」
その時、下から急上昇してきた何かが翼竜の羽根を切り裂いた。翼竜の悲鳴が轟く。
――下からだと? あの一瞬で、移動したってのか。上に移動した奴は一瞬止まると、急降下を始める。狙いは俺達ではない。翼竜の羽根!
「やらせるかよ!」
一本の刃のように降下してきたそれを、横から弾き飛ばす。その瞬間、フードが外れた襲撃者の顔が見えた。不敵な笑みを浮かべつつ、舌なめずりをするその顔!
「――よぉ、ネジド! お仕事頑張ってんじゃねぇの!」
それは、タリスカだった。




