12.「ア――アイシャ、です」
深夜のギルドは想像以上にひっそりと静まり返っていた。ギルド付属のレストランは日付が変わっても営業していた筈なのだが、もしかしてこの作戦の為に早仕舞いしたのか。……まさか。しかしギルド長が絡んでいるのだ。可能性は否定できない。
小屋の戸を叩くと、待つほどもなくスッと開く。昼間と変わらぬ格好の、ドナホゥが顔を出した。いつになく、緊張した面持ちのように見える。
「……眠いんですぅ。いつもならもう、寝てる時間なんですよねぇ」
ギルド長の命令なんで仕方ないですけど、とブツブツ言いながらカウンターの奥へ向かうドナホゥに続く。……どこまで聞かされているのだろうか。案外何も知らされずに、言われた事をやっているだけなのかもしれない。まぁ、世の中には知らない方が良い事も多々あるのだ。俺も迂闊に口を滑らさないよう、黙って歩く。
ドアを幾つかくぐり、気がつくと迷宮への階段がある、広場の前に出ていた。ギルドのちょうど中心にあたる。そこには、大小2人の人物が立っていた。
「ギルド長、お連れしま――」
「大声を出すな、馬鹿者」
声を張り上げかけたドナホゥをミルサークが叱り付ける。
「……時間通りだな」
ミルサークは言いつつ俺に近づくと、持っていた袋を寄越す。
「冒険者の基本だろ?」
2振りの剣を取り出し、それぞれ鞘から抜いてみる。「……手入れをしてくれたのか」
「せめてそれくらいはな」
ミルサークは俺の全身を一瞥し、
「……随分と軽装だな。そんな装備で大丈夫なのか」
「大丈夫だ、問題ない」
俺は剣を仕舞いながら笑って答える。「昔と同じさ」
彼女は頷いた。
「それにしても、人が少なすぎやしないか」
「ああ、地殻変動警報を出してある。ギルドの建物内も、避難対象だ」
ミルサークは俺の視線に口の端を歪めると、「噓ではないぞ? 実際、いつ起きても不思議じゃあない頃合いなんだ。だから、これを渡しておこう」
渡されたのは『飛翔』の魔符と、初めて見る魔符が数枚。
「……これは?」
「魔素の除去をしてくれる魔符だ。魔素抜きの泉を使うのは出来るだけ避けろ。他の冒険者と遭遇したら面倒だからな」
了解だ、と魔符を仕舞う。あの子には、必要ないのだろう。俺は少し離れて立つ小さな影を見やった。今は、ドナホゥが横に付いている。ローブを羽織り、フードを深く被るというマタハットそのもののスタイル。だがやはり、その背の低さには違和感を感じざるを得ない。
「もう、動いても大丈夫なのか」
「倒れたのは極度の緊張と、空腹が原因のようだ。回復薬よりも食べ物の方が効果があったらしい。これから紹介するが――先に言っておこう」
ミルサークは少し顔を寄せ、声をひそめた。「あの娘は我々が思っている以上に、何も知らないようだ」
「……どういう事だ」
「そのままの意味だよ。この国や迷宮の歴史、『魔女の落とし子』やマタハットの存在。つまり、迷宮の外に関する事の殆どを知らない、という事さ。――これはやはり、当たりかも知れんぞ。だとしたら、だ」
声がさらに小さくなった。「――あの娘は、『供物』だ。そのつもりで、丁重に扱え」
冷徹に聞こえる言葉。その言外に込められたミルサークの意図を、何となく感じた。……勘違いかもしれないが。
「……子守なんかした事ないって、言っただろ」
彼女は俺の肩を叩くと、小さな影――アイシャの方を向いた。
「では、紹介しよう。君の護衛として同行する冒険者、ネジド。――これを持っていた人間だ」
ミルサークは魔素剣を取り出すと、俺に手渡す。
「……よろしく」
俺はマントの前を開くと、腰のホルダーにそれを収納する。アイシャに見せる為ではあるが、いささか芝居っ気が過ぎたかもしれない。彼女は一連の動作を目で追っていたようだったが、ミルサークに促されて我に返ったように腰を曲げて頭を下げた。
「ア――アイシャ、です」
澄んだ声だった。
「……顔を、見せて貰ってもいいか」
彼女はハッと息を呑むと、弾かれたように両手でフードを上げ――ようとして何度か引っ掛ける。子供らしいと言えば子供らしく、緊張もしているのだろう。だが俺の目には基本的に他人とやり取りをする事に慣れていないように見えた。
ようやくフードが外れて、俺は目を見開いた。――輝くような、金色の瞳。両眼のそれが、垂れた銀髪の隙間からおずおずと俺に向けられている。間違いなく、見えている人間の視線だ。
俺が馬鹿みたいに黙って突っ立っていたからか、彼女はミルサークに救いを求めるような視線を送る。
「……無口な奴だが、腕は確かだ。信用してくれていい。依頼人の顔を確かめる、というのは当たり前の事なんだ」
苦笑しつつ、ミルサークは言った。
「……悪かったな。ありがとう、戻してくれ」
俺の言葉に心なしか少しほっとしたように、アイシャは再びフードを被る。
「――さて、改めて確認しておこう。君の依頼は、ご両親を捜すのを手伝って欲しい、という事だったな。その為に、元居た5層を目指す。……護衛と言ったが、捜すのも任務に入っているから遠慮なく使ってくれて構わない」
俺をチラッと見て、ミルサークは続ける。「――だが条件を1つ、つけさせて貰う。ご両親を見つけたら、事情を訊かせて貰う事。君のような子供を1人置き去りにするなど、相応の理由がある筈だ。迷宮を管理するギルドとして、見過ごす訳にはいかんからな」
――という体で話をした、という事か。子供だからと誤魔化す事なく、圧倒的に正当な理由。全く文句の付けようがない。……当然、事情を訊かせて貰うだけでは済まないだろうが少なくとも嘘はついていないのだ。ただ、言っていないだけで。
そういえば――もし、両親が見つからなかった時は、どうなるんだ?
あまり考えたくは無いし、アイシャの前で言えるようなものでも無いが、可能性は否定できない。むしろ、可能性としては高いんじゃ無いのか?
俺の視線を受けてミルサークも察したのか、言葉を付け加える。
「5層には協力者を用意している。私の代理と思ってもらって構わない。……言いづらい事だが、もしご両親が見つからなった時などは、その時に相談してくれ。いいかな? 何か質問は?」
「あ、だ、大丈夫、です」
若干引き気味に見えるアイシャの様子を見て、俺は内心苦笑する。無理もない。ミルサークの巨体に強い口調。ギルド長としては文句の付けようが無い要素だが、子供相手には威圧しているようにしか見えないのだ。当人には全く悪気はないのだろうが。
「……どうせなら、最初からその助っ人をつけてくれりゃあいいのに」
俺の言葉にミルサークは厳しい顔をして振り向く。
「おい、くれぐれも隠密行だという事を忘れるなよ。アイシャを襲った相手の正体は分かっていないんだ。最少人数の方が動きやすかろうと、気を遣ってやったんだ」
わかってますよ、と手を振って応える。
「……準備は、もういいのか」
尋ねると、アイシャは一瞬ビクッとしてから小さく頷いた。……まぁ、ぼちぼちやっていくしかない、か。
「じゃあ、出発しよう。夜の間に、出来るだけ入口から離れておきたい」
アイシャを促して、階段の前に立つ。――5年振りの迷宮。今でも俺の腕は、通用するだろうか。一度、深呼吸をする。その時、ミルサークが俺の肩を叩いた。
「忘れ物だ」
差し出されたのは、腕輪だった。そうか、迷宮に潜る以上、付けないといけないんだな。そんな事まで忘れていたとは。
「そっちが、だろ」
瞬時帰還まで望むのは、贅沢すぎるというものだな。
「では、儀式をやっておくか」
俺が腕輪を付けたのを確認して、ミルサークが言った。
「儀式って……あぁ、あれか」
冒険者同士の儀式。この場に正式な冒険者は1人も居ないのだが……まぁ腕を出したついでみたいなものだ。俺は拳を握った左手を差し出す。ミルサークはそれを見て笑みを浮かべると、
「ほら、お前達も来い」
「あ、あたしもですかぁ?」
ドナホゥが素っ頓狂な声を上げる。アイシャも戸惑っていたようだったが、ゆっくりと近づいて、腕を出した。
「そっちじゃない、左手だ。拳を握って――そうだ。うん? 届かないか。ほらお前ら、しゃがめ。早く」
そして、奇妙な4本の拳合わせが完成した。
「掛け声は、パーティーのリーダーが頼む」
リーダーって……俺、か。
3人の視線が俺に集中する。……やれやれ。
「……我らに、幸運を」
「幸運を」
「幸運をぉ」
「……こ、幸運、を」
四者四様の掛け声を出し終えると、拳に力を込めて叩き合わせる。無論軽くだが、
「ふぎゃぁっ!」
と妙な悲鳴を上げてドナホゥが後ろに転がった。
「お前はもう少し、肉を食べた方がいいな」
正面から拳を合わせたミルサークが涼しい顔で言う。
「酷いですぅ! 思い切りやったじゃないですかぁっ!」
ミルサークが本気を出せば、ドナホゥなど指先ひとつでダウンさせる事ができるだろう。
「……漫才は、別の場所でやってくれるか。俺達は行くぜ」
「ああ、気をつけてな」
俺は振り返らずに手を振る。――先程よりは、気が楽になったような、気がした。アイシャに俺の後に続いて離れないよう言い含めると、迷宮への階段を一歩、踏み出した。




