03.推しの結婚
アロイスはゆったりとした動きで手を動かすと、イザベルの手の上に重ねた。二人は目を見合わせると、照れくさそうに微笑む。
そのような仲睦まじい姿を見てすぐに、私の第六感が反応した。アロイスが話そうとしている内容がわかり、ニマニマとしそうになる唇をキュッと引き結んで、続く言葉を待つ。
「来年の春、イザベルとの結婚式を挙げる事にしました。明日には家臣たちに伝えるのですが、その前に皆に伝えたかったのです」
思った通り、結婚の話だったため、私は心の中でガッツポーズした。
アロイスとイザベルの婚約は二人が七歳の頃に交わされており、成人してから結婚するという話を、情報通のお義母様から聞いていたから、そろそろその話になるかもしれないと思っていのだ。
「いやーっ! イザベルが盗られちゃうよーっ!」
サラが涙をだばーっと流しながら絶叫した。その近くの席では、フレデリクとディディエが驚いており、セザールはもう知っているような顔で笑みを浮かべ、オルソンはヒューッと口笛を鳴らす。
「そうか、ついに来年挙げることに決めたのだな。二人が良い門出を迎えられるよう、私になにかできることがあれば言ってくれ」
結婚の報せを聞いて嬉しかったのか、ノエルがいつもより弾んだ声でアロイスに声をかける。
腹違いの兄弟であるアロイスに昔は憎しみを抱いていたノエルだけれど、今では結婚を喜べるほど好感を持てるようになったとは感慨深い。
「良い知らせを聞けて嬉しいわ。今からとても楽しみよ」
これから見れるであろう推しの礼装姿へと想いを馳せていたため声をかけそびれそうになった私は、慌てて言葉を口にする。
「わーん、イザベルを盗られるのは寂しいから辛いけど、イザベルのウェディングドレス姿は見たいから複雑~」
サラは席から立ち上がると、イザベルを抱きしめておいおいと泣き続ける。
「当日の警備は俺とフレデリクに任せてね~! つつがなく進行するようにバッチリ守るよ~」
「ああ、親友の結婚式なのだから、いつも以上に気を引き締めて任務にとりかかる」
オルソンとフレデリクがそう言うと、アロイスは嬉しそうに微笑んだ。推しの微笑みが眩しい。
すると、ディディエが気恥ずかしそうに口を開く。
「治癒師の僕は出る幕がないけど……参列席で誰よりも大きな拍手で祝福するよ」
「私は明日の発表に備えて、この後すぐにでも準備に取り掛かりましょう。もしもお二人の希望する式の内容に少しでも異を唱える者がいれば、頷かせるように脅迫……いえ、手を打たなければなりませんからね。フフフ……」
最後にセザールが不穏な言葉を発したような気がするが、頭の中に蘇るアロイスの花婿姿のスチルを思い出していた私は、あまり聞き取れなかった。
(真っ白なジャケットとスラックスとシャツにベストだけど、胸にはアロイスの色である青色のポケットチーフ)
推しの一生に一度の大切な瞬間を実際に見られるなんで、夢のようだ。
ゲームの画面越しですら推しの美しさに感動して涙を流したのだから、現実は涙腺が決壊するほど素晴らしい姿が見れるに違いない。
私はゲームのスチルを再び脳裏に描く。
花や魔法のランタンで豪奢に彩られた式場に佇むアロイスが、純白の礼装を身に纏い、花嫁に向かって微笑む姿を――。
想像するだけでソワソワしてしまい、すでに当日が待ちきれない。
(アロイスとイザベルが心置きなく式を挙げられるよう、邪神の問題を解決しなきゃいけないわね)
私はテーブルの下で小さく拳を作り、気合を入れる。
「レティ、息している?」
ノエルがこっそりと耳元で囁いてくれたおかげで、私の意識は現実に引き戻される。
「ええ、ちゃんとしているわよ。だけど、アロイスの礼装姿を想像してしまって、意識が飛んでしまっていたわ」
私も声を潜めて返事をすると、なぜかノエルはにっこりと圧力のこもった黒い笑みを浮かべてくるので、不吉な予感がした。
「レティの頭の中を埋め尽くすとは、本当に嫉妬してしまうな」
囁いてきた後、ノエルは私の頬にキスをしてきた。
なぜ今、と思うと同時に、教え子たちの前でされるのは恥ずかしいので止めてもらいたい。
「もうっ! ノエルは同担なのだから、推しの晴れ姿は気になるでしょう?」
「うっ、同担……っ」
なぜか、ノエルは突然、こめかみを押さえて苦しそうにうめき声をあげる。
とても辛そうだったから、私は手を伸ばしてノエルの頭を撫でる。
「ノエル、大丈夫?」
「ああ、ちょっとした発作が起きたようだ」
「発作って、まったく大丈夫じゃないわ」
そもそも、ノエルに持病があるなんて聞いたことがないのだけれど、もしかして私が心配しないように隠していたのだろうか。
「病と言っても、医者や薬が必要な類ではないんだ」
まるで謎解きのようなことを言ったかと思うと、ノエルは私の手をとり、紫水晶のような瞳に熱をこめて見つめてくる。
眉尻を下げつつ、甘く微笑む姿はとてつもなく妖艶で、私はノエルから目が離せなくなってしまった。
「確かに私もアロイスを推しているけれど、妻には同担ではなく夫として見られたくて、切なくなる病なのだよ」
「……っ!」
甘さを含んだ掠れた声で耳元で囁かれると、急に胸がドキドキと早鐘を打ち鳴らし始める。
それに、頬やノエルが顔を寄せている耳元が、火がついたように熱くなってきた。
「そ、そんな……ちゃんと夫として見ているわよ」
逃げるように視線を逸らした私は、サラたちがにんまりとした表情でこちらを見ていることに気付いた。
「メガネせんせーとファビウス卿ったら、ま~た二人の世界に入ってる~」
「アロイスとイザベル嬢の結婚式の話をしていたのに、すぐイチャイチャするんだから~」
サラとオルソンがそう言うと、周りにいた他の人たちがどっと笑い声を上げた。
「ああ、私たちの結婚式のことを思い出して、つい愛を囁きたくなったんだ」
なんて、ノエルが息を吐くようにさらりと嘘をつくと、サラたちは歓声を上げた。
(ノエルったら、なんてことを言うのよ!)
ジロリとノエルを睨んでも、ノエルは甘い微笑みを返してくるだけ。
ヒューヒューと囃す声が聞こえ始め、いたたまれなくなった私は両手で顔を覆うのだった。




