02.夫と教え子たちが暗躍していました
オルソンが待っている馬車に乗ると、ノエルとオルソンのどちらが私の隣に座るかについて、延々と言い争いが始まってしまった。
(もうっ! このまま二人の喧嘩が続いたら、アロイスを待たせてしまうじゃないの!)
多忙な推しが私たちのためにとても貴重な時間を空けてくれているのに、これ以上遅れるわけにはいかない。
「それなら、ノエルとオルソンが同じ座席に座りなさい!」
私がそう言うと、ノエルとオルソンは眉尻と肩を下げ、ウルウルとした瞳で訴えかけるようにこちらを見てきたが、大人しく従ってくれた。
◇
王宮に到着すると、騎士団の制服を着たフレデリクが出迎えてくれた。
「メガネ、お久しぶりです。国王陛下がお待ちですので、案内します」
「迎えに来てくれてありがとう。よろしくね」
彼の案内で、私たちはアロイスの執務室へと向かう。
執務室の中に入ると、部屋の真ん中に大きなテーブルとたくさんの椅子が用意されていた。
テーブルの上座にはアロイスが腰かけており、彼の右隣りにはイザベルが、少し離れた座席にサラとディディエとセザールに、ユーゴ君とメアリさんが腰かけている。
(卒業生たちと歴史学者の二人組……いったい、どんな話が始まるのかしら?)
ユーゴ君とメアリさんがいるということは、ノックス王国の建国神話に関わる話だろう。
今の私が推測できるのは、そこまでだ。
「ファビウス先生、仕事の後にもかかわらず足を運んでくださってありがとうございます」
アロイスが立ち上がって礼をとると、サラたちもそれに倣う。
その様子を見たユーゴくんとメアリさんは、私とアロイスを交互に見つつ、遅れて立ち上がった。
目の前でいきなり貴族式の挨拶が始まったのだから、困惑するのも無理はない。
「こちらこそ、お招きありがとうございます。陛下に会えるのですから、喜んで来ましたわ」
私もアロイスに礼をとる。
顔を上げると、アロイスが目元を綻ばせてこちらを見ていた。
推しの貴重な笑顔に魅入ってしまっていると、ノエルが私の手を取り、アロイスの左隣にある席に座らせてくれる。
どうやら私とノエルのためにあらかじめ席を空けてくれていたようで、ノエルは私の隣に腰かけた。
「今日集まっていただいたのは、邪神と黒い影について情報交換するためです。実は、今までファビウス侯爵と私たち卒業生は、ランバート博士たちの協力も得ながら、黒い影について調べていたのです」
アロイスは前置きを言い終えると、メアリさんに視線を送る。
メアリさんはいつも以上にしかめ面になると、アロイスの視線に応えるように小さく頷いた。
国王や貴族の令嬢令息が集まった場所に呼ばれて緊張して、表情が強張っているのかもしれない。
「ファビウス侯爵が黒い影の正体は邪神であると推測していたため、私は邪神の今の目的を知るために、光使いと騎士や治癒師の皆様に、邪神の発生場所を調査してもらっていました。文献に記されている邪神はグウェナエルから自分の力を取り戻すために彼のいる場所に姿を現していましたが、グウェナエルの亡き今、何のために各地に姿を現しているのか、疑問に思っていたのです。――ユーゴ、地図を出して」
「はいっ!」
ユーゴくんは元気よく応えると、机の下から大きな地図を取り出して机の上に広げる。
紙とインクの匂いが、ふわりと香った。
地図にはノックス王国全土が描かれており、赤色や緑色のインクで上にメモが書かれている。
「赤色はファビウス侯爵から、緑色は光使いと騎士や治癒師の皆様から聞いた、黒い影の発生場所と日時を記しています」
私は地図を覗き込んで、思わず「えっ」と声を上げてしまった。
なぜなら、地図には赤色のインクで書かれたメモばかりで、緑色のインクで書かれたメモはほんのわずかしかないのだ。
「ファビウス侯爵、ここに赤色で記している場所と日時は、ファビウス侯爵夫人だけかファビウス侯爵もご一緒に黒い影を見かけたときの情報で間違いありませんね?」
「ええ、そうです」
メアリさんの問いかけに、ノエルは柔和な笑みを浮かべて答える。
すると、メアリさんはサラたちに顔を向ける。
「光使いと騎士と治癒師の皆様は、黒い影を直接見かけた場所と日時を書いているということで間違いありませんね?」
「は~い! その通りです。ちなみに、私たちが任務で王国各地に向かった時に聞き込みをした情報を青色のインクで書き込むことになっていましたが、どこに言っても黒い影の目撃情報はありませんでした~」
サラは眉尻を下げ、肩を落とす。
普段の任務で忙しいだろうに、聞き込みまでしてくれていたなんて、付き合わせてしまって申し訳ない。
私はもう一度、地図を見る。
緑色のインクで描かれた場所と日時は、全部で四つ。
一つ目の場所は王宮植物園のすぐ近くで、日時は私がエリシャやバージルたちを連れて校外学習へ行った日だ。
二つ目は、仕切り直しで行った音楽祭の日。
三つめは学園祭で、四つ目はディディエに案内してもらってモーリア領のセラへ行った時だ。
(王国各地に聞き込みをしてもらったのに、目撃情報が全くないなんて……)
しかも、サラたちが目撃したのは、全て私とノエルが居合わせたときのみ。
ということは、黒い影は私たちの周りにしか現れていないことになる。
「初め、私は黒い影は邪神であるから、かつてグウェナエルから自分の力を取り戻そうとした時のようにファビウス侯爵を襲い、月の力を得ようとしているのかもしれないと思いました。しかし、黒い影はファビウス侯爵夫人しかいない時も姿を現しているとなると、黒い影の目的がわからないのです」
そう言い、メアリさんは溜息を零す。
たしかに、ノエルが持つ月の力を狙うのであれば、手に入れるまでノエルを襲うだろう。
しかし、今のところはそのような行動をとっていない。
「以前伺った話によると、黒い影はオリヘンにある邪神を封印していた祭壇が破壊されてから再び現れるようになったのですよね。封印から解放されて、なにか他の目的ができたのかもしれません」
アロイスは自分の顎に手を添えつつ、ぽつりと零す。
サラたちも思い思いに自分の予想を口にする中、不意にノエルが口を開いた。
「……実は、前にエルヴェシウス卿から、生徒に扮した邪神がレティの近くにいるかもしれないと聞いていたんだ。エルヴェシウス卿は聖遺物を使った実験の影響で、邪神の声が聞こえていた時期があった。その時に、邪神がレティの名を呼ぶ声を何度か聞いたらしい」
どよめく声が聞こえてくる中、私は呆然としていた。
あまりにも突飛な話だったため、頭の中がこんがらがっている。
ゲームでは、黒い影は理事長に宿っていたから、もしも黒い影が邪神なら、邪神は理事長に宿っているはずだ。
もしかして、私がエリシャたちにシナリオとは異なる行動をとらせたせいで、生徒に被害が及んだのだろうか。
全身に冷や汗が噴き出る。
微かに手が震え始めたため、力を入れて抑え込もうとしていると、ノエルが上から手のひらを乗せて握ってくれる。
顔を上げてノエルを見ると、ノエルは優しい微笑みを浮かべて、小さく首を横に振った。
まるで、「レティは悪くない」のだと言ってくれているかのように。
「邪神は人の心の澱に触れ過ぎてしまった男神が堕落した存在ですから、光の力やそれに準ずる治癒魔法を忌避するはずです。――ファビウス侯爵夫人、治癒魔法を忌避する生徒の噂を聞いたことはありますか?」
メアリさんにそう聞かれてすぐに思い浮かぶのは――サミュエルさんだ。
「……治癒魔法を受け付けない体質の生徒が、一人います。保護者の話では、幼い頃に診てもらった治癒師の魔法が粗悪だったようで、魔力回路が傷ついてしまったことが原因だそうですが……」
「その生徒の名前を教えていただけますか?」
アロイスが静かな声で尋ねてくる。
私は心に重りが沈むような感覚を覚えた。
サミュエルさんは理事長の養子で、理事長は表向きはアロイスの母方の叔父だ。
たとえ血の繋がりはなくとも、書類上ではアロイスと繋がりのある存在のため、言いづらい。
「サミュエル・ペルグランさんです」
「……なるほど、叔父上が養子に迎えた子ですね」
名前を聞いたアロイスの目が大きく見開かれる。その後、アロイスは眉間を揉んだ。
「彼が叔父上の養子となったのはつい昨年のことです。私も母上も一度しか会ったことがないので、どのような人物かわからないですね。密かに叔父上の周辺を探ってみます」
「あの、実は理事長とサミュエルさんは、療養のために明日にはペルグラン公爵領へと発つので、しばらく学園にはいないのよ」
「そうでしたか。それでは、ペルグラン公爵家のタウン・ハウスと領地を調べた方がよさそうですね」
アロイスは眉間に触れていた手を退けると、サラとディディエに顔を向ける。
「念のため、リュフィエさんとディディエは定期的にオリア魔法学園へ行き、他にも治癒魔法を忌避している学生がいないか探ってください。魔導士団と騎士団それぞれの団長には私からの命令で二人を借りることを伝えておきます」
「は~い」
「わかりました」
サラとディディエがそれぞれ返事をすると、アロイスは唐突に、コホンと咳ばらいをする。
「実は、皆さんにもう一つ、話したいことがあるんです」
上手く書き進められず、遅くなってしまい申し訳ありません…!
来週こそはいつもの時間に投稿を…!




