01.しばしの別れと信じて
魔法競技大会を終えた一週間後の夕方。
空には夜の帳が降り始め、冷たい夜風が私の頬を撫でる。
その感覚が、よりいっそうもの悲しさを感じさせた。
私はサミュエルさんのために作った軟膏を入れた紙袋を抱え、受け持ちの生徒たちと一緒に本館の出入り口の前に立っている。
目の前にはペルグラン公爵家の馬車があり、その前にはサミュエルさんと理事長がいた。
これから、サミュエルさんは理事長と一緒に王都にあるタウン・ハウスへと帰り、明日には療養のためにペルグラン公爵領へと向かう。
しばしの別れの時が、訪れてしまったのだ。
ピンクや黄色に水色といった明るい色の花で作られた花束と、バラのような赤色のビロード張りの箱を手に持ったエリシャが歩み出て、サミュエルさんにそれらを手渡す。
「これは、クラスのみんなからの贈り物です。箱の中には、それぞれが書いた手紙が入っているので、道中に読んでくださいね」
「こんなに素敵な贈り物を用意してくださって、ありがとうございます」
サミュエルさんは嬉しそうな笑みを浮かべる。
この一週間、サミュエルさんは副委員長であるエリシャに学級委員長の仕事を引継ぎしていた。
そのためか、二人は以前よりも打ち解けた雰囲気だ。
「委員長、手紙を送りますね。……ですが、お返事は無理に書いてくださらなくて大丈夫ですからね。腕に負担をかけないよう、安静にしてください」
「ありがとうございます。今からとても楽しみです。返事も、ゆっくり書いていくから気にしないでくださいね」
すると、ゼスラもまたサミュエルさんに歩み寄る。エリシャとは違い、ずずいと音がしそうな勢いだ。
ゼスラは金色の瞳を輝かし、手に持っていた紙袋をサミュエルさんに差し出す。
「オススメの本を見繕ってみた。もし良かったら、読んでみてくれ」
「いいのですか? ありがとうございます」
サミュエルさんはゼスラの勢いに気圧されたのか、少し背を反らしながら紙袋を受け取った。
あの紙袋の中には、きっとゼスラのお気に入りの恋愛小説が入っているに違いない。
紙袋を開けたサミュエルさんが困惑した表情を浮かべる未来を予知してしまった。
他の生徒たちもサミュエルさんにお見舞いのプレゼントを各々用意していたようで、サミュエルさんの両腕からプレゼントが溢れ出そうになる。
そこで、途中から御者がやってきて、プレゼントを馬車の中に積み込んだ。
生徒たちがプレゼントを渡し終えたようなので、私もサミュエルさんに歩み寄る。
「ペルグランさん、もしよかったら、この軟膏を持って行ってちょうだい。たくさん作ってしまったから、荷物になるでしょうし、領地の薬師が薬を作ってくれるのでしょうから、無理に受け取らなくてもいいのよ。ただ、道中に辛い時に使ってくれると嬉しいわ」
「……僕のために、作ってくれたのですか?」
サミュエルさんの目が、ジワリと見開かれる。
同時に、彼は両手で軟膏の入った紙袋を受け取ってくれた。
「ファビウス先生に会えなくなることが、一番辛いです」
聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、サミュエルさんがぽつりと零した。
きっと、私の背後にいる生徒たちには、聞こえていないだろう。
そんなにも小さな声で紡がれた一言に私の感情は揺さぶられ、鼻の奥がツンとした。
療養すると決断することに、きっと様々な迷いがあっただろう。
急に学園生活を中断することに抵抗があったはずだ。
「私も手紙を送るわ。離れていても、私もこのクラスのみんなも、ペルグランさんのことを思っているから、しっかり療養して戻ってきてちょうだい」
「はい。早く戻ってきますね」
私とサミュエルさんの会話が終わると、理事長がサミュエルさんの方に手を乗せる。
それを合図に、二人は馬車に乗り込んだ。
「委員長、お大事に!」
「みんなで委員長の帰りを待っていますわ!」
「寂しい時は、いつでも呼んでくれよな」
生徒たちが声をかけながら見送る中、馬車が動き出す。
私と生徒たちは、馬車が見えなくなるまで見送った。
「……行ってしまったわね」
馬車が完全に見えなくなると、私は生徒たちに解散の声かけをする。
生徒たちはしんみりとした表情で、寮へと帰っていった。
生徒たちの背を眺めていると、急に背後から抱き締められた。
腰にまわっている手は、ピンク色を基調とした可愛らしい花束を持っている。
誰に抱きしめられたかなんて、確認しなくてもわかる。ノエルだ。
「ノエル、お仕事お疲れ様。迎えに来てくれてありがとう」
体をよじって振り向くと、少し不服そうな顔をしているノエルと視線が絡み合った。
よほどのことがない限り本当の感情を隠し、穏やかな笑みを浮かべていることがデフォルトなノエルにしては、不機嫌を露にするなんて珍しい。
「レティ、すまないが、今から一緒に王城へ行ってくれるだろうか? アロイスから呼び出しがあった」
「えっ! アロイス殿下から!?」
推しからの呼び出しに思わず喜んでいると、ノエルからジトリとした眼差しを向けられた。
「え、ええ、いいわよ。……ところで、何かあった? なんだか、むくれているように見えるのだけど」
「……実は、非番で休んでいるオルソンも呼ばれている。それで、屋敷から来た馬車にオルソンが乗っていたんだ。だから……オルソンと一緒に乗ってもらうことになる」
「もしかして、私と二人きりで馬車に乗ることができないから、不貞腐れているの?」
「……」
ノエルは無言のまま、私を抱きしめる力を強める。まるで甘えるかのように、私の肩口に顔を埋めた。
答えはないが、沈黙は肯定と同義だ。それに加えて、ノエルは行動でも示しているから、私の考えは合っているのだろう。
「もうっ、毎日二人きりで乗っているのだから、一回くらい、いいじゃない」
「いいや、よくない。ただでさえ少ない私とレティの大切な二人きりの時間が減ってしまう……」
「それなら、屋敷に帰ったら二人きりで食事することにしましょ。そうすれば、相殺できるでしょう?」
ノエルの体が、ピクリと動く。
「本当に、そうしてくれるのかい?」
「ええ、約束するわ」
「レティ、その時は私の膝の上に座って――」
「それは無理よ」
「……っ、レティ……」
ノエルが訴えるように見つめてくるので、私は顔を前に向けて視線から逃れる。
膝の上に座ったら最後、ノエルは何かと理由をつけて、私に手ずから食事を食べさせようとしてくるのだ。
そんなことをされると、気恥ずかしくて、食べた気がしない。
「さあ、早く行きましょう。国王陛下を待たせてはいけないわ」
私はノエルを引きずりながら、ノエルが乗ってきたファビウス侯爵家の馬車が停車している場所へと向かった。
レティの身の回りのことは、なんでもしたいノエルなのでした。




