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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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807.込められた思い

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 さてと。俺の役目は、もう終わりだろう。

 短い試し斬りであったが、俺としても良い経験が出来た。

 恐るべき鋭さと強度。

 そして、隊長さんが持っていた精霊銀の剣のように、今の俺の炎帝竜の大剣にも耐える、魔法への適正の高さ。

 全く、世の中には凄い武器があるものだ……バルザックさんが持ったら、もう敵などいないかもしれないな。

 凄いのは剣もだが、今、その青白い剣を眺め、喜ぶスミス兄弟も凄い人である。

 鍛冶師見習いであるハイスも、いつかスミス兄弟の様に、素晴らしい剣を生み出す事が出来るかもしれない。

 叶う事ならば、その日を、リンダさん達と一緒に祝いたいな……。

 俺の空想を掻き消す様に、ガル兄が俺の肩をポンッと叩いた。


「どうした。流石に緊張したか?」

「緊張してたのは、ガル兄の方でしょ」

「そりゃな。お前の馬鹿みたいな魔力量の事を知ってるから、しょうがないだろ」

「そこまで無茶はしないって。ガル兄、あれ、良い剣だね」

「スミス兄弟の渾身の一本なんだから、当然だろ」


 俺とガル兄がスミス兄弟と剣を眺めていると、彼らは剣を(さや)に戻し、鍛冶見習いの青年から受け取った帯革(おびかわ)(さや)に取り付け始めた。

 なにも、今やらなくても良いだろうに……大きな手を器用に動かすノック氏が、なぜかチラチラとこちらを見ている。

 (さや)帯革(おびかわ)を取りつけ終えたノック氏が、その大きな体を素早く動かし、俺の腰に帯革(おびかわ)を巻き付け始めた。


「ええっと……突然なんでしょう?」

「丁度良い」


 残念ながら、俺の問いに対する返答は、ない。

 俺の腰に剣を取り付けたノック氏は、マグナ氏の横へまで下がり、俺のつま先から上へ上へと視線を動かし始めた。

 同じく俺を見ていたマグナ氏が、つるりとした己の頭を叩きながら笑い始める。


「ハハッ。普段着では(さま)にならんな」

「常に正装とはいくまい。これも少年らしさなのだろう」

「こいつは、いつも適当な恰好してますから……」


 どうせ俺には、こんな上等な剣は似合いませんよ……。

 剣を身につけた姿ならば、別にガル兄でも構わないと思うのだが……もしかして背格好か何かに、こだわりでもあるのだろうか?

 気付けばガル兄もスミス兄弟の横に並び、俺を眺める側に回っていた。

 しかし何だな……値段を付けられない程の剣を腰に差しているという状況は、非常に落ち着かないな。


「あの、調べ終えたのなら、そろそろ外しても――」

「その必要は、ない」


 俺の言葉を遮り、ノック氏が声を張り上げる。

 元から響く大声であるが、今の『ない』には力が入っていた。

 力強い言葉は()(かく)、外さなくていいとは、どういうことだ?

 疑問を問うよりも前に、ノック氏の変わらぬ大声が耳に響いた。


「元より、その剣はマルク少年の為に打った剣。受け取ってくれるな?」

「えっと、ノック様……なんとも突然な話ですね」

「だから言っただろう……『すまない』と」


 ノック氏の『すまない』……記憶をたどる必要もなく、頭に浮かんでくる。

 それはマグナ氏が、ガル兄に口止めしていた件。

 俺がガル兄へ目を向けると、ガル兄は黒目だけを横に動かし、視線を逸らした。

 まぁ、ガル兄を攻める事は出来まい。

 要するに、元より剣の試し斬りの為に呼ばれた訳じゃなく、どちらかと言えば、試されていたのは俺の方という訳だな……この剣を振るうに相応しいか否かを。

 しかし、困ったな……。 

 考え込む俺を見てか、マグナ氏の顔から笑みが消えた。


「よもや、(われ)ら兄弟の最高傑作を拒むつもりか、坊主」

「……ノック様、マグナ様。伝えなければならない事が一つあります」

「何でも言ってくれ」


 膨らんだ胸筋の前で腕を組んだノック氏が、真剣な眼差しで俺の目を射抜いた。

 その気迫と巨躯(きょく)(あい)まって、俺に圧迫感を与えてくる。

 だが、剣を打った本人には、伝えておかねばならない事がある。

 俺の、剣に対する考え方を。


「ハッキリと言います。俺には、この剣を受け取る資格がありません」

「坊主! 己を卑下(ひげ)する言葉だとすれば、それは俺達にも、そして剣に対しても失礼だ。そんな言葉を吐いたら俺が許さんぞ」

「いえ。俺は、剣を雑に扱う男で、そして魔術師だからです」

「聞こう」


 声を荒げるマグナ氏と違い、ノック氏は落ち着いた大声で、俺に話を促した。


「俺は、冒険者の頃から鉄の剣ばかり振り回してきた男です。戦いの中、剣がどうなるかも(いと)わずモンスターの得物を受け止め、弾き飛ばし、硬い表皮へ力の限り叩きつけ、肉を切り、時には相手へ投げつけ、不要と思えば(ほう)り捨てる……」


 剣は、武器であり、俺の防具でもある。

 この身を守る為ならば、剣が折れ、砕けようとも構わず振るう。

 力の限り、全力で。

 剣の持ち主としては、最低な男だ。


「俺は、その戦い方を変えるつもりはありません。俺はバルザックさんのような戦士でも、父やガル兄のような剣士でもなく、魔術師ですから」


 本来、魔術師としての戦い方とも違うが、今は横に置いておこう。

 ノック氏とマグナ氏の目を見ながら、(つか)に振れる。

 やっぱり、この剣は、受け取れないな。

 希少な鉱石を使った剣だから? 違う。

 町一番の鍛冶師が打った剣だからか? 違う。

 先程、スミス兄弟が剣を眺め、喜んでいた姿を思い出す。

 二人は、我が子でも見るかのように、嬉しそうだった。

 そう。

 この剣が、二人の血と汗と、努力と技術の(すい)、そして――


「こんな思いの(こも)った剣を、雑に何て扱えません。剣に気を使って使わないのならば、それは重りや飾りに等しい……邪魔なだけです」


 今の言葉で、俺はスミス兄弟からは嫌われてしまっただろうな。

 最高傑作と言い切った剣を、邪魔扱いしたのだから。

 だが、この剣が俺の元で無駄になるよりは、その方が良いだろう……。

 沈黙が広がる中、スミス兄弟は俺から目を離し、感情なき顔を向き合わせた。

 怒声(どせい)でも、罵声(ばせい)でも、正面から受けよう。

 もしも殴り掛かられたりしたら、剣を置いて全力で逃げるとしよう。

 ガル兄には申し訳ないが、我が(まま)は通させてもらう。

 無表情で俺へ向き直ったスミス兄弟が――突然、笑い始めた。

 二人は鍛冶場から聞こえる(つち)の音よりも大きな声を、辺り一面に響かせながら、腹を抱え、上半身の筋肉を振動させる。

 ぶるぶると震えながら……これは怒り? にしては愉快な声だ。


「クゥアッハッハッハ。聞いたか兄上。この坊主。本当に聞いた通りの男だ」

「ククッ……ハハハ。バルザックも適当を言っていた訳ではないのだな。利にならぬ事に(べん)(ろう)し、それでも(われ)らが剣の行方を想うか……嗚呼、悪くない」


 あれ?

 予想外の反応である……どうなってるんだ、これ?

 戸惑(とまど)う俺に、ノック氏が追撃を始めた。


「それにマルク少年。君は勘違いをしている」

「かん、違い?」

「そうだ。折れる程に剣を振るい、身を守る為に剣を捨てる……大いに結構」

「へっ?」


 自分でも気の抜けた声が、口から(こぼ)れてしまった。

 大いに結構って、鍛冶師として、それで良いのだろうか?

 ノック氏に続き、マグナ氏が大口を開いた。


「そもそもだ。(われ)ら兄弟の最高傑作が、そう簡単に折れてたまるか」


 マグナ氏は両手を腰に当て、大きく胸を張る。

 そして、胸筋で喋るかの様に振るわせながら、堂々と宣言した。


「坊主。スミスの家名に()けて断言してやろう。その剣は折れん。砕けん。坊主の魔法にも負けん。むしろ、折れると言うなら、折ってみせろ」

「そして、捨て、(ほう)るならば、それも良い。俺は、マルク少年の事を深くは知らないが、それでも少年が無意味に剣を捨てる男でないと信じている」


『信じている』か……重たい言葉だ。

 生み出した剣への自負と、信頼、か。


「本当に厄介な男だな……そうだな坊主。一つ問題を出してやろう。鍛冶師が冒険者に特注の武器を作る時、何を思って打つと思う?」


 金や、名声、ではないだろう。

 特注の武器。それに望む事……それは――


「強く、より強く」

「ハッハッハ、坊主。半分正解だ。だが、残りの半分は違う」


 豪快に笑うマグナ氏の後を引き継ぐように、ノック氏が彫刻の如き深い顔に笑みを浮かべ、言う。


「残りの半分は、生きて帰って来い。ただ、それだけだ」

「生きて……」


 スミス兄弟の言葉の通りならば、この剣にも『生きて帰って来い』という思いが込められている、という事か……鉄の剣より軽いのに、重い剣だな。


「生きて帰るもなにも、俺、もう冒険者じゃないですよ」

「ああ、知っているさ、少年」

「言わなかったか? 坊主。その剣の名は、英雄の剣だ」


 頭に浮かぶのは竜殺しの英雄譚……だが、あんなのは劇で、噂で、御伽噺(おとぎばなし)だ。

 俺自身は、そんな上等な男じゃない。


「英雄って……俺、そんなものになるつもりは、無いですよ。でも、この剣は、英雄の剣は、有難く使わせてもらいます」


 本当に、意思の弱い奴だな、俺は。

 受け取る資格がないと言ったり、使わせてもらうと言ったり。

『生きて帰って来い』か……。

 そんな思いが、この剣には込められていたんだな。

 それは俺にとって、刃の鋭さよりも、剣の丈夫さよりも、魔法の適正よりも、(とうと)く、価値のある思いだ……受け取らないという、選択は、選べないよな。


「ありがとうございます。ノック様。マグナ様」


 頭を下げた俺には、二人の顔は見えない。

 だが、感情の乗った声を、俺の耳が捉えていた。

 愉快に満ちた豪快な笑い声達の中に、小さな笑声が一つ混じっている。

 (あざけ)りでも侮蔑(ぶべつ)でもない、ただただ嬉しそうなガル兄の声が一つ。

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