807.込められた思い
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さてと。俺の役目は、もう終わりだろう。
短い試し斬りであったが、俺としても良い経験が出来た。
恐るべき鋭さと強度。
そして、隊長さんが持っていた精霊銀の剣のように、今の俺の炎帝竜の大剣にも耐える、魔法への適正の高さ。
全く、世の中には凄い武器があるものだ……バルザックさんが持ったら、もう敵などいないかもしれないな。
凄いのは剣もだが、今、その青白い剣を眺め、喜ぶスミス兄弟も凄い人である。
鍛冶師見習いであるハイスも、いつかスミス兄弟の様に、素晴らしい剣を生み出す事が出来るかもしれない。
叶う事ならば、その日を、リンダさん達と一緒に祝いたいな……。
俺の空想を掻き消す様に、ガル兄が俺の肩をポンッと叩いた。
「どうした。流石に緊張したか?」
「緊張してたのは、ガル兄の方でしょ」
「そりゃな。お前の馬鹿みたいな魔力量の事を知ってるから、しょうがないだろ」
「そこまで無茶はしないって。ガル兄、あれ、良い剣だね」
「スミス兄弟の渾身の一本なんだから、当然だろ」
俺とガル兄がスミス兄弟と剣を眺めていると、彼らは剣を鞘に戻し、鍛冶見習いの青年から受け取った帯革を鞘に取り付け始めた。
なにも、今やらなくても良いだろうに……大きな手を器用に動かすノック氏が、なぜかチラチラとこちらを見ている。
鞘に帯革を取りつけ終えたノック氏が、その大きな体を素早く動かし、俺の腰に帯革を巻き付け始めた。
「ええっと……突然なんでしょう?」
「丁度良い」
残念ながら、俺の問いに対する返答は、ない。
俺の腰に剣を取り付けたノック氏は、マグナ氏の横へまで下がり、俺のつま先から上へ上へと視線を動かし始めた。
同じく俺を見ていたマグナ氏が、つるりとした己の頭を叩きながら笑い始める。
「ハハッ。普段着では様にならんな」
「常に正装とはいくまい。これも少年らしさなのだろう」
「こいつは、いつも適当な恰好してますから……」
どうせ俺には、こんな上等な剣は似合いませんよ……。
剣を身につけた姿ならば、別にガル兄でも構わないと思うのだが……もしかして背格好か何かに、こだわりでもあるのだろうか?
気付けばガル兄もスミス兄弟の横に並び、俺を眺める側に回っていた。
しかし何だな……値段を付けられない程の剣を腰に差しているという状況は、非常に落ち着かないな。
「あの、調べ終えたのなら、そろそろ外しても――」
「その必要は、ない」
俺の言葉を遮り、ノック氏が声を張り上げる。
元から響く大声であるが、今の『ない』には力が入っていた。
力強い言葉は兎も角、外さなくていいとは、どういうことだ?
疑問を問うよりも前に、ノック氏の変わらぬ大声が耳に響いた。
「元より、その剣はマルク少年の為に打った剣。受け取ってくれるな?」
「えっと、ノック様……なんとも突然な話ですね」
「だから言っただろう……『すまない』と」
ノック氏の『すまない』……記憶をたどる必要もなく、頭に浮かんでくる。
それはマグナ氏が、ガル兄に口止めしていた件。
俺がガル兄へ目を向けると、ガル兄は黒目だけを横に動かし、視線を逸らした。
まぁ、ガル兄を攻める事は出来まい。
要するに、元より剣の試し斬りの為に呼ばれた訳じゃなく、どちらかと言えば、試されていたのは俺の方という訳だな……この剣を振るうに相応しいか否かを。
しかし、困ったな……。
考え込む俺を見てか、マグナ氏の顔から笑みが消えた。
「よもや、我ら兄弟の最高傑作を拒むつもりか、坊主」
「……ノック様、マグナ様。伝えなければならない事が一つあります」
「何でも言ってくれ」
膨らんだ胸筋の前で腕を組んだノック氏が、真剣な眼差しで俺の目を射抜いた。
その気迫と巨躯も相まって、俺に圧迫感を与えてくる。
だが、剣を打った本人には、伝えておかねばならない事がある。
俺の、剣に対する考え方を。
「ハッキリと言います。俺には、この剣を受け取る資格がありません」
「坊主! 己を卑下する言葉だとすれば、それは俺達にも、そして剣に対しても失礼だ。そんな言葉を吐いたら俺が許さんぞ」
「いえ。俺は、剣を雑に扱う男で、そして魔術師だからです」
「聞こう」
声を荒げるマグナ氏と違い、ノック氏は落ち着いた大声で、俺に話を促した。
「俺は、冒険者の頃から鉄の剣ばかり振り回してきた男です。戦いの中、剣がどうなるかも厭わずモンスターの得物を受け止め、弾き飛ばし、硬い表皮へ力の限り叩きつけ、肉を切り、時には相手へ投げつけ、不要と思えば放り捨てる……」
剣は、武器であり、俺の防具でもある。
この身を守る為ならば、剣が折れ、砕けようとも構わず振るう。
力の限り、全力で。
剣の持ち主としては、最低な男だ。
「俺は、その戦い方を変えるつもりはありません。俺はバルザックさんのような戦士でも、父やガル兄のような剣士でもなく、魔術師ですから」
本来、魔術師としての戦い方とも違うが、今は横に置いておこう。
ノック氏とマグナ氏の目を見ながら、柄に振れる。
やっぱり、この剣は、受け取れないな。
希少な鉱石を使った剣だから? 違う。
町一番の鍛冶師が打った剣だからか? 違う。
先程、スミス兄弟が剣を眺め、喜んでいた姿を思い出す。
二人は、我が子でも見るかのように、嬉しそうだった。
そう。
この剣が、二人の血と汗と、努力と技術の粋、そして――
「こんな思いの籠った剣を、雑に何て扱えません。剣に気を使って使わないのならば、それは重りや飾りに等しい……邪魔なだけです」
今の言葉で、俺はスミス兄弟からは嫌われてしまっただろうな。
最高傑作と言い切った剣を、邪魔扱いしたのだから。
だが、この剣が俺の元で無駄になるよりは、その方が良いだろう……。
沈黙が広がる中、スミス兄弟は俺から目を離し、感情なき顔を向き合わせた。
怒声でも、罵声でも、正面から受けよう。
もしも殴り掛かられたりしたら、剣を置いて全力で逃げるとしよう。
ガル兄には申し訳ないが、我が儘は通させてもらう。
無表情で俺へ向き直ったスミス兄弟が――突然、笑い始めた。
二人は鍛冶場から聞こえる槌の音よりも大きな声を、辺り一面に響かせながら、腹を抱え、上半身の筋肉を振動させる。
ぶるぶると震えながら……これは怒り? にしては愉快な声だ。
「クゥアッハッハッハ。聞いたか兄上。この坊主。本当に聞いた通りの男だ」
「ククッ……ハハハ。バルザックも適当を言っていた訳ではないのだな。利にならぬ事に弁を弄し、それでも我らが剣の行方を想うか……嗚呼、悪くない」
あれ?
予想外の反応である……どうなってるんだ、これ?
戸惑う俺に、ノック氏が追撃を始めた。
「それにマルク少年。君は勘違いをしている」
「かん、違い?」
「そうだ。折れる程に剣を振るい、身を守る為に剣を捨てる……大いに結構」
「へっ?」
自分でも気の抜けた声が、口から零れてしまった。
大いに結構って、鍛冶師として、それで良いのだろうか?
ノック氏に続き、マグナ氏が大口を開いた。
「そもそもだ。我ら兄弟の最高傑作が、そう簡単に折れてたまるか」
マグナ氏は両手を腰に当て、大きく胸を張る。
そして、胸筋で喋るかの様に振るわせながら、堂々と宣言した。
「坊主。スミスの家名に懸けて断言してやろう。その剣は折れん。砕けん。坊主の魔法にも負けん。むしろ、折れると言うなら、折ってみせろ」
「そして、捨て、放るならば、それも良い。俺は、マルク少年の事を深くは知らないが、それでも少年が無意味に剣を捨てる男でないと信じている」
『信じている』か……重たい言葉だ。
生み出した剣への自負と、信頼、か。
「本当に厄介な男だな……そうだな坊主。一つ問題を出してやろう。鍛冶師が冒険者に特注の武器を作る時、何を思って打つと思う?」
金や、名声、ではないだろう。
特注の武器。それに望む事……それは――
「強く、より強く」
「ハッハッハ、坊主。半分正解だ。だが、残りの半分は違う」
豪快に笑うマグナ氏の後を引き継ぐように、ノック氏が彫刻の如き深い顔に笑みを浮かべ、言う。
「残りの半分は、生きて帰って来い。ただ、それだけだ」
「生きて……」
スミス兄弟の言葉の通りならば、この剣にも『生きて帰って来い』という思いが込められている、という事か……鉄の剣より軽いのに、重い剣だな。
「生きて帰るもなにも、俺、もう冒険者じゃないですよ」
「ああ、知っているさ、少年」
「言わなかったか? 坊主。その剣の名は、英雄の剣だ」
頭に浮かぶのは竜殺しの英雄譚……だが、あんなのは劇で、噂で、御伽噺だ。
俺自身は、そんな上等な男じゃない。
「英雄って……俺、そんなものになるつもりは、無いですよ。でも、この剣は、英雄の剣は、有難く使わせてもらいます」
本当に、意思の弱い奴だな、俺は。
受け取る資格がないと言ったり、使わせてもらうと言ったり。
『生きて帰って来い』か……。
そんな思いが、この剣には込められていたんだな。
それは俺にとって、刃の鋭さよりも、剣の丈夫さよりも、魔法の適正よりも、尊く、価値のある思いだ……受け取らないという、選択は、選べないよな。
「ありがとうございます。ノック様。マグナ様」
頭を下げた俺には、二人の顔は見えない。
だが、感情の乗った声を、俺の耳が捉えていた。
愉快に満ちた豪快な笑い声達の中に、小さな笑声が一つ混じっている。
嘲りでも侮蔑でもない、ただただ嬉しそうなガル兄の声が一つ。




