806.魔法の試し
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一つ二つと下がり、切断された木製人形を片づけ始めた青年達に背を向けると、太い腕を正面に組んだノック氏とマグナ氏が満足げに頷く姿が見えた。
両者共に上腕をピクピクと動かしているのは、何かの感情の表れなのだろうか?
「よい太刀筋だ」
「これぐらいは、やって貰わねばな。坊主、良い剣だろう?」
「はい。怖いくらいに」
おっと、そうだ。
今の俺は、この剣の試しをしている最中だった。
鍛冶師に対して、俺が武器のあれこれを言うのは烏滸がましいかもしれないが、俺が使ってどう感じたかは、正確に伝えないといけない。
「鉄の剣より軽いため、鋭く、素早く打ち込む事が出来ますね。ただ、軽い分、押し合いや叩きつけるのには向いてない……斬撃に向いた剣だと思います」
「少年が実践で使うとすれば、どうだろう?」
「実践……」
剣の届く範囲に誰も居ない事を確認し、俺は剣を振った。
想像の中で、モンスターを斬る。
オークを、トロルを、オーガを、ゴーレムを、ミノタウロスを、そして竜人を。
身を裂き、恐るべき力で振るわれる得物を弾き飛ばす。
棍を、鉈を、拳を、大斧を、黒爪を。
鋭さも、強度も申し分ない。
ただ、やはり打ち合うよりも、躱し、弾き、作り出した隙を縫い、致命に至る一撃を狙う方が合っているな。
剣を振るのを止め、俺はノック氏へ感想を述べた。
「良いと思います。特に、モンスターの一撃を受ける事を考えれば、この鉄を恐れぬ強度が嬉しいです」
「そうか。ならば問題ない」
またも頷くノック氏と、豪快に笑うマグナ氏。
あんな返答で良かったのか疑問だが、納得してもらえたのなら、幸いだ。
胸筋をピクリと動かしたマグナ氏が、青白い剣を見て、そして俺の目を見る。
「次に試してもらいたい事が、何か分かるか? 坊主」
「魔法、ですね」
「ハッハッハ。問題にもならんな」
「しかし、何処まで試しましょうか?」
もし強力な魔法を込めて、溶けてしまうなんて事があれば、大事だ。
どれ程の魔法まで試して良いのか……全く分からない。
それを試すのもまた、役目なのだろうけど。
俺の心配をよそに、マグナ氏は筋肉を躍動させる。
「坊主は心配性だな。既に鉱石を使った実験は、フクロウに頼んで済ませてある」
「故に遠慮は無用だ。マルク少年の魔法を存分に込めてくれ」
「ノックさん、マグナさん。そんな事を言ったらマルクは構わず全力で魔法を使いますよ」
慌てた様子のガル兄が、早口でスミス兄弟へ進言する。
対し、マグナ氏は組んでいた腕を解き、ガル兄の背中を一つ叩いた。
響く快音に、次の木製人形を用意していた青年達もビクリと動きを止める。
嗚呼、音からして痛そうだ……。
恐らくアレは暴力ではなく、マグナ氏なりの愛情表現なのだろう……俺は受けたくないけど。
「何を言う、ガランサ。そうで無くては意味がなかろう」
「それとも、俺達の剣が、マルク少年の魔法に屈するとでも言うつもりか?」
「い、いえ、そのような事は……ただ、万が一がありますので」
ガル兄は、チラチラと剣と俺に視線を移しながら、そう言った。
ガル兄も大変なんだな。
ノック氏とマグナ氏が強烈過ぎるだけか……。
まぁ、俺も、ガル兄の意見に賛成だ。
で、あるのだが、魔術師の俺に剣の試しを頼むという事は、スミス兄弟も、新たな鉱石を使って鍛えた剣が、どれ程魔法に耐えられるのかを試したいのだろう。
望まれているのは、フクロウの魔術師よりも、強力な魔法。
「試してみます」
「ああ。男には度胸が必要だ」
「ドンとやれ、坊主」
豪快な二人と違い、ガル兄は苦悶を顔に浮かべながら、眉間を指で揉み始めた。
大丈夫だよ、ガル兄。壊しはしないって。
剣を正面に構え直し、刃を見つめ、まずは魔力を流してみる。
青白い刃の切っ先まで辿り着いた魔力を感じ取りながら、観察を行う。
精霊銀ほど、魔力に親和性はなさそうだ。
だが、流れは滞りなく、淀みも無い。
やはり鉄の剣とも、精霊銀のナイフとも、勝手が違うな。
何処か、剣そのものから、魔力を反発する感覚があった。
それでも纏わせた魔力は、素直に残り続けている……不思議なものだ。
さて、何の魔法を込めよう……ふと、内に眠る炎の想像が、脳裏を走った。
そうだな、炎がいい。
自分の中の炎に魔力をくべ、俺は剣に纏う炎を想像し、呪文を唱えた。
「≪炎帝竜の炎≫よ」
魔力が呪文に応え、鍔から切っ先へと向け、炎が走る。
炎を纏った剣身は、揺らめく赤の中でも、その青白さを主張し続けていた。
一つ、二つと剣を振り、剣と魔力の状態を確かめる。
問題、なさそうだな。
「マルク少年。もっとだ」
「手加減無用」
スミス兄弟から、予想通りの声が飛んでくる。
俺に頼むって事は、あれを使えって事だろうしな……。
俺は、纏わせた炎帝竜の炎を消し、目視で剣に異常がない事を確認した。
そして再び正面へと構え直す。
剣にこの魔法を宿らせるのは、これで二度目か。
月の女神との戦いで、隊長さんの精霊銀の剣に炎を託した時の事を、思い出してしまった。
そう。纏わせるのは、炎帝竜の大剣だ。
だが、最大の力を込めた炎帝竜の大剣は、使わないでおこう。
あれは、共に戦った人しか知らぬ、今の俺のとっておきだ。
恐らくスミス兄弟が想定している魔法は、深紅に燃える炎帝竜の大剣ではなく、普段使っている炎帝竜の大剣だ。
自然と口が動き出す。
「其は原初の光。猛る汝に触れるは誰ぞ――」
紡ぎ慣れた言葉が想像を掻き立て、魔法を構築して行く。
想像の中に生み出された一本の炎の剣。
母から継ぎ、炎帝竜さんの炎で鍛え上げられた剣が、炎と化し、分離を始めた。
言葉の続きを口遊みながら、想像の中で、炎を剣に纏わせる。
「――今ここに塵と化す者の名を、我に、示せ、≪炎帝竜の大剣≫」
信頼する剣の名を呼ぶと同時に、柄を握る手から炎が放たれた。
一度宙を舞った炎が、青い剣身に吸収されていく様に集まり、鍔から切っ先までを赤い炎で包み込んだ。
見た目は、先程と大差ない。
だが、込められた魔力の量も、燃え上がる炎の力も、その性質も、全く以て違うものであった。
剣の無事を確かめてみると、燃える剣は変わらずに、赤い炎の中で青白さを主張していた……炎帝竜の大剣を以てしても、魔力への反発はそのままである。
もしかしたら、精霊銀の剣よりも丈夫なのかもしれないな。
俺は、新しく用意された木製人形へと向き直った。
今度の木製人形は、鎧を着こんでいない。
まぁ、全身鎧の価値を考えれば、安易に燃やして試す訳にもいかないよな。
何より、金銭的にも鉄的にも勿体ないし。
「いきます」
納得した俺は、木製人形へ切っ先を向け、踏み込みと同時に突きを放った。
炎に包まれた剣の切っ先が、のっぺらとした顔面へと突き刺さり――刺突の一点から瞬く間に炎が広がり、木製人形の全身を喰らい尽くした。
剣に宿さず使うのと、遜色なく使える事を確認し、更に素振りを続ける。
炎を纏う剣で空を切る中、俺はふと、一つの事実に気が付いた。
炎帝竜の大剣を維持する為の魔力が、少なくてすむ事に。
制御の難度も、直接振るうのと変わりない程度であった。
一つ問題があるとすれば、実体を持った剣がそこにあるという事だろう。
刺したり斬ったりすれば、当然、相手の体を穿ち、裂いてしまう。
何を焼くか制御できる魔法と違い、実体の剣は剣捌き一つで制御するしかない。
剣を用いるのだから、当たり前、だよな。
横へ薙ぐ一閃の振り終わりに合わせ、俺は炎帝竜の大剣を消した。
赤い炎の消えた剣を正面に戻し、魔力感知と目視で状態を調べてみる。
そこに俺の魔力は一欠片すら残っておらず、青白き剣は、最初に鞘から抜いた時と同じ姿で、その美しさを誇っていた。
「どうだ? 坊主?」
「精霊銀とは勝手が違いますが、魔力の通りも良く、魔法の維持も楽でした」
「重畳、重畳。マルク少年よ、一度、見せて貰っても構わぬか?」
「はい。ガル兄」
歩み寄りながら名を呼ぶと、ガル兄は「おう」と答え、俺の元へと鞘を持って来てくれた。
受け取った鞘へ剣を納め、ノック氏へと両手で手渡す。
俺が一歩離れたのを確認したノック氏は、鞘から剣を放ち、マグナ氏と共に観察を始めた。
スミス兄弟は、揃って胸筋を脈打たせながら、顔から喜びを零れさせている。
恐らく、自分達で作り上げた剣の性能を確認したからであろう。
その喜びは、少しだけ、分かる。
きっと自分の魔法が上手くいったときの喜びと、似た感情だろうな。
「良し、これならば問題ない」
「ハッハッハ、当然だ兄上。我らが生みし英雄の剣ぞ」
「嗚呼、そうだな、マグナ」
嬉しそうな姿を見ると、こちらも嬉しくなる。
それは、年齢も性別も関係ない。
地位も、体格も。




