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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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805.青白き剣

 鍛冶場の外まで響く、(つち)音色(ねいろ)

 恐らく見習いであろう青年達が、せっせと荷を運ぶ光景が、目の前で何度となく繰り返されていた。

 今、俺とガル兄は、待ちぼうけを食っていた。

 外で立ったまま待つのも何なので、少し離れた位置に魔力の椅子を作り、スミス兄弟が来るのを待つ。

 幸い、鍛冶場が火を扱う施設ゆえか、周囲の建物との間は広く空けてあり、俺達二人が座って(くつろ)ぐだけの場所は悠々(ゆうゆう)とあった。

 まぁ、椅子と言っても、ただの四角い魔力の塊なんだけど。

 その上で背筋を伸ばしたままのガル兄が、鍛冶場の入口を見ながら口を開いた。


「マルク。待たせて悪い」

「偉い人は忙しいものでしょ。ゆっくり待つよ」


 魔法学派『フクロウの(ひとみ)』の副学派長であるミュール様に、よく訓練をつけてもらっているから忘れがちだが、本来はミュール様も忙しい身なんだよな。

 王都での用事とやらが、面倒事でないことを、ここから祈っておこう。

 無駄口なく(しば)し待つと、鍛冶場から待ち人が姿を現した。

 立ち上がった俺達の元へ、二つの筋肉の塊が歩み、迫って来る。

 大男であるスミス兄弟が並んでやって来ると、視界の圧が凄まじい。

 丸太の如き太い手足。

 無駄な肉など感じない盛り上がった胸筋。

 そして太い首の上に乗る彫刻の如き彫りの深い顔は、兄弟揃って同じであった。

 違いがあるとすれば、兄ノック氏は、きちんと服を着て真面目な面持(おもも)ちをしており、弟マグナ氏は、上半身裸のまま、頭髪無き頭の下で明るい笑みを浮かべている点であろう。

 その大きな体躯に目を奪われ気付かなかったが、ノック氏は、(さや)に納められた一本の剣を右手に握っていた。

 普通の直剣と同じ長さであろうが、ノック氏が持つと小さく見えてしまう。

 俺達に近づきながら、マグナ氏が大きな笑い声を発した。


「ハッハッハ。坊主、ガランサ。待たせたな」

「いいえ。仕事は大事ですので。初めましてマグナ様。マルクと申します。以後お見知りおきを」


 差し出されたマグナ氏の右手に右手を重ね、握り――瞬間、握り返された俺の右手が、潰れんばかりに悲鳴を上げる。

 痛い、痛い、痛い。

 駆け抜ける痛みが、マグナ氏の筋肉に対する警戒を脳へと促す。

 俺の右手に走る痛みなど知らぬとばかりに、マグナ氏は満面の笑みを浮かべながら俺の手を離した。

 こんな事で、その筋肉が伊達ではない事を教えてくれなくてもいいのに……。

 解放された右手を動かし、異常を確認する。

 すると、少しだけ右手が動かし(にく)かった……って、それは月の女神との戦いで負った怪我が原因だな。

 うん、大丈夫だ。何ともなってない。


「聞いていた通りの硬い坊主だ。俺の名はマグナ。鍛冶師をやっている」

「御高名は、かねがね」

「調子が狂うな。兄上、ガランサ、マルク坊主はいつもこうなのか?」


 胸筋をピクリと動かすマグナ氏が、ノック氏、そしてガル兄へと視線を向けた。

 ノック氏は、上腕を躍動させながら、短く答える。


「そうらしい」

「マグナさん。マルクはこういう男ですので、お気になさらずに」

「そうか、そうか。ならば気にせずにいよう」


 そう言うとマグナ氏は「ハッハッハ」と豪快に笑い出した。

 笑う声に合わせ、半裸の筋肉がピクピクと動いている。

 マグナ氏は、どう判断すればいいのか、分からない人だな……。

 困惑する俺を見てか、鼻から息を(こぼ)したノック氏が、(かす)かに笑っていた。

 その(わず)かに弧を描く口を開いたノック氏が、辺り一面に大声が響き渡らせる。


「マルク少年。態々(わざわざ)足を運んでもらって、悪いな」

「いいえ。お気になさらずに」

「助かる。ところで少年。理由は、ガランサから聞いているか?」

「それが、だんまりでして」

「ハッハッハ。坊主に言わんよう、俺が口止めしておいたからな」


 なる程。

 ガル兄が何の用事か言わなかったのは、上司の命令って訳か。

 まぁ元よりガル兄経由での頼み事ならば、受けるつもりだから良いんだけど。

 勿論(もちろん)(ろく)な事でないならば、断らせてもらう。


「マグナ……要らぬ事を。すまないな、少年」

「お構いなく。それでノック様、俺への用事とは?」


 聞く前から、少しは予想がついている。

 俺の問いに(うなず)いたノック氏は、予想通り、握っていた剣を俺へと差し出した。


「この剣を、試してもらいたい」

「試し斬りならば、俺よりも腕の立つガル兄に任せた方が良いかと」


 俺は差し出された剣を受け取らずに、そう進言した。

 試し斬りは、信頼の置け、そして達者な人に行わせるべき大事(だいじ)だ。

 少なくとも俺がやるべき事ではない。

 だが、ノック氏の目は真剣そのものであり、真っ直ぐに俺を見据え続ける。


「ガランサでは駄目だ。俺は、いや俺達は、この剣の試しを少年に頼みたい」

「右手の不調は、御存じですか?」

「知っている」


 知って(なお)、俺に剣を振るえと言っているのか。

 期待に応えられるか分からないが……そこまで言うなら、受けよう。

 了承の言葉の代わりに(さや)(つか)を掴み、俺は、剣を受け取った。

 ノック氏が手を離すと、重さが俺の手に伝わって来る。

 普通の鉄の直剣よりも、軽いな。

 先端と口を金属で保護した(さや)には、女性の横顔の意匠が施されていた。

 (さや)に比べれば質素に見える(つば)(つか)であるが、(つか)は握りやすく、そこからは質実剛健さが(うかが)えた。

 (さや)から剣を抜き、右手に握る(つか)を立て、切っ先を天へと向ける。

 日の光を浴びる刃が、眼前にて青白く輝く。

 幅が細い両刃の剣身は、鏡の様に世界を反射し、俺の姿を映し出していた。

 剣に映る父譲りの鋭い目が、剣の傾斜に合わせ、歪んで見える。

 特別な趣向は感じないな……俺は、こういう剣が好きだ。

 それに、飾り気のない剣ではあるが、剣自体が宝石の様にも思える美しさを持っているので、きっとこれでいいのだろう。

 この剣は恐らく、ダンジョンで発見された未知の鉱石を使ったものだな。

 銅でも、鉄でも、銀でも、金でも、精霊銀でもない。


「試しは、何で?」

「鉄の鎧を。お前達」

「「ハッ!」」


 ノック氏とマグナ氏が巨体を横へずらすと同時に、スミス兄弟の後方に二人の青年が現れ、全身に鎧を(まと)った木製人形を設置し始めた。

 木製人形は、成人男性程の大きさをしており、(ひさし)を上げた兜の下から、のっぺらな顔を覗かせている。

 試し斬りに、人や動物を斬るという話を聞いたことがあるが、今回は違う様だ。

 正直、相手が木製人形で良かった。

 いきなり鉄の鎧を斬れというのは、難度が高すぎる気もしなくはないが、生物を斬る事に比べれば(はる)かに気が楽だ。

 もう剣を握った以上、やるしかない。

 俺に手を伸ばすガル兄へ(さや)を預け、両手で(つか)を握り直す。

 剣を前に構えたまま、鎧の正面へと移動し、俺は足を止めた。

 あと二歩踏み込めば、剣の距離だ。

 念の為、周囲が安全かどうかを確認する。

 青年らは遠くへ離れ、スミス兄弟は既にガル兄の近くへと移動していた。

 よし、大丈夫だな。

 

「では、いきます」

「ああ。頼んだ」

「我らスミス兄弟の(ひさ)しき合作。存分に振るって()せてくれ」


 息を吐き、体の力を抜く。

 なぜだろう……鉄の鎧を切れないなんて想像は、一欠片(ひとかけら)すら浮かばなかった。

 出来る。

 俺は確信と共に、前へと進む。

 一つ、二つと地を踏み締め、青白い剣を、鉄の鎧の肩口へと振り下ろす。

 抵抗を感じたのは、ごく、ごく(わず)かでしかなかった。

 弧を描く剣の輝きは、鉄の鎧の左肩へと侵入すると、そのまま胸を裂き、腹を裂き、右横腹から脱し、再び太陽の元へと姿を現した。

 すぐさま手首を返し、左から右へ切り払う。

 剣は、木製人形を守る(はず)の鉄の鎧を、呆気(あっけ)なく両断した。

 まるで、宙を舞う落ち葉でも切ったかのような手応えの無さ。

 二撃を終え、再び剣を正面に戻した時、ようやく木製人形が動き始めた。

 切断した二つの線に沿う様に、鉄の鎧と木製人形の上体がずれ、落下した。

 鎧と体が、地面を叩き、大きな音を鳴らす。

 残った下半身は、鎧を身につけたまま直立していた。

 その鉄と木の断面の鋭利さが、剣の鋭さを如実に表している。

 これは、俺の技術ではない。

 この剣の、力だ。

 正面に構えた剣には、傷一つ無く、変わらぬ剣身を青白く輝かせていた。

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