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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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804.そのお茶の価値

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 スミス兄弟に会う約束の時間よりも少し前。

 合流の為にガル兄の工房を訪れた俺は、人差し指の先の先から冷たい茶を放ち、ティーポットに注いでいた。


「へぇ。これがアラクネの糸を織り込んだ織物か……肌触りも良いじゃねぇーか」

「ゆっくりお確かめ下さい」

 

 この応接室の卓で顔を突き合わせる二人の声が、自然と聞こえてくる。

 はてさて……何故(なにゆえ)、俺が茶を用意しているのだろうか?

 魔法を止め、二つのカップへ向け、ティーポットを(かたむ)けると、注ぎ口から鮮やかな茶が流れ始めた。

 流れる茶から、茶で満ち行くカップへと、視線が移る。

 この(ふち)飾りの美しいカップは、ガル兄の工房に置いてある中でも上品な物だな。

 それだけの茶器を用意する程の、大事な客人なのだろう。


「おまたせしました」


 卓に付き、顔を突き合わせる二人の側へ、茶で満ちたカップをそっと置く。

 先に客人へ。そしてガル兄が雇う使用人であるカエデさんへ。

 椅子から俺を見上げるカエデさんは、今日もスラッとした長身を執事服で包み込んでいた。執事服を着ているのは、単なる彼女の趣味だ。

 軽い会釈と共に、後ろで一纏(ひとまと)めにした、長く、(つや)やかな黒髪が揺れる。


「ありがとうございます、マルク様。嗚呼、そのお優しさを、外道の極みたるガランサ様にも分けて頂きたいものです」

「外道か? まっ、あいつは、あれで良いんだよ。あれで」


 そう答えたのは、カエデさんの対面に座る二十前半程の女性であった。

 紫がかった髪を極端に短く切り揃えた彼女は、勝気な性格を表すかの如く、力強い目でカエデさんを見つめている。

 勝気な目だけでなく、戦士と言われても違和感のない鍛え上げられた肉体と、健康的に焼けた小麦色の肌もまた、彼女の性格の一部を示していた。

 彼女の名は……何と言うのか、忘れてしまったな。

 何処(どこ)かで一度会った憶えがあるのだが、思い出せない。

 まぁ、俺にはあまり関係のない事だろうし、気にしなくても良いか。

 茶を用意し終えた俺は、客人へ一礼し、退室を告げる事にした。


「それでは、失礼します」

「ちょっと待ちな」


 座ったままの彼女は、手に触れていた美しい布地を卓上へ戻しながら、睨むような目で俺を見上げる。

 特に、彼女に何かをした憶えは無いのだが……。


「はい。何でしょう?」

「お前、それで良いのかよ?」

「……それで、とは?」

「カエデに良いように使われて、情けなくはないのか、お前」

「全く。茶を振る舞うのは趣味みたいなものですから」


 俺の返答に対し、彼女はポカンと口を開けたまま、点となった目を俺へ向けた。

 固まってしまった彼女の表情は、(あき)れを隠そうともしていない。

 それにしても、変な事を聞く人だな。

 まぁ、俺自身、何故(なにゆえ)茶を淹れる事になったのか、分かっていないのだけれど。

 彼女は、固まった表情を(ほぐ)しながらカエデさんへ向き直り、呟いた。


「ったく、こんな気の抜けた野郎に……親父もおじ様も、正気か?」


 それは、俺へ向けた言葉ではなかったらしい。

 どうやら呼び止めた理由は、さっきの質問だけみたいだな。


「では改めて、失礼します」

「ああ。茶、ありがとよ」 


 カップへ手を伸ばす彼女と、口元を抑え、笑うカエデさんを残し、俺は応接室を後にした。

 そのまま作業場に居るガル兄の所へ向かっていると、ふと、俺が茶を淹れる事になった理由が思い浮んだ。

 カエデさん、お茶を淹れるのが面倒だったんだな……きっと。




 カエデは、紫髪の女性ブリジットがお茶を飲む姿を、楽し気に観察していた。

 女性としては少々太い首の内側で、静かに(のど)が動く。

 口元からカップを離した顔には、先程までの力強い表情は残っていなかった。

 緩んだ顔に似た、柔らかな息が、ブリジットの鼻から抜けて行く。

 だが、ブリジットの気の抜けた表情は(またた)く間に変化し、すぐに元の勝気な表情へと戻ってしまった。


「まあまあってとこだな」

「ブリジット様は、もう少々渋いお茶の方がお好きでしたね」

「男も茶も、一本筋が通ってる方が良いに決まってんだろ」


 そう言いながらも茶を(あお)り、ティーポットへと手を伸ばすブリジットを見て、カエデは(おのれ)のカップへと視線を落とした。

 マルクの用意した魔法のお茶を見つめながら、カエデは思考を巡らせる。

 このお茶を、どうにか商品化出来ないものかと。

 だが、幾ら真剣に考えようとも、答えは見つからない。

 このお茶で金を儲ける算段は幾らでも思いつくカエデであったが、それがただの皮算用でしかない事を重々承知していた。

 儲けが如何(いか)に莫大であろうとも、分け前が如何(いか)に多かろうとも、マルク本人が首を縦に振らないと、理解してたからである。

 決して……。

 だが、その想像もまた、カエデにとっては愉快なものであった。

 カエデは笑みを浮かべると、静かにカップを口へ運んだ。

 口に広がる薄い酸味と渋み。

 そして(のど)を通り抜ける清涼感。

 お茶の通った道を戻るかの様に、豊かな香りが体の内から沸き上がり、カエデの鼻の奥をくすぐる。

 体の中に広がる温かな魔力もまた、カエデの心に癒しを与えていた。


「やはり、マルク様のお茶は、良い」


 我が(まま)を言って正解だったと、カエデは心の中で(うなず)いていた。

 飲みかけのカップを卓へと置いたカエデは、自分を興味深げに見るブリジットへと視線を戻した。


「なぁ? カエデから見て、あいつ、どうなんだ?」

「そうですね……マルク様は面白い方ですよ」

「面白いねぇ。ピュテルの騎士があんなんで良いのか、俺には分からねぇな。もっと頼りになりそうな奴なら、親父達の行動も理解出来るんだけど」

「フフフッ。ブリジット様は、面白い事を仰いますね」


 笑うカエデの言葉に、ブリジットの口元がニヤリと歪む。

 そこに挑発的な色は見えず、ただただ楽しそうに曲がっていた。


「どう面白いってんだ?」

「ことモンスターに対して、この町で最も頼りになる男をさして『もっと頼りになりそうな奴なら』だなんて可笑(おか)しなことを。フフフ」

「俺だって、あの男が強いって事ぐらい知ってるよ」

「恐らく、その想像では足りぬ程に。でなければマグナ様とノック様も、マルク様の為に力を尽くす事は無かったでしょう」

「カエデが言うなら、そうなんだろうな……ふぅ。やっぱ、まあまあだな」


 視線を逸らし三杯目を注ぐブリジットを、カエデは微笑(ほほえ)み、見つめていた。

 上がるお茶の評価に引きずられ、織物の評価も上がる事を、密かに願いながら。

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