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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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803.アムとガランサの用事

 朝食後、俺はガル兄とアムに魔法の茶を振る舞いながら、残したドライフルーツを噛み締めていた。

 噛む度に杏子(アプリコット)の凝縮された甘さと酸味が口に広がり、甘いのにスッ通る爽やかな香りが鼻を抜けて行く。

 味を堪能した後は、茶を一口……口に残る風味と茶が、良く合う。

 果実と茶は、やはり良い組み合わせである。

 このドライフルーツは全部食べずに、シャーリー達にも残しておこう。

 ふと、視線が台所へと向いてしまった。

 今、シャーリーとテラさんは、朝食の後片付けの真っ最中である。

 俺も一緒に手伝いたかったのだが……残念ながら二人に追い出されてしまったので、手伝いようがない。

 仕方が無いので、ガル兄達の用件を聞くとしよう。


「ふぅ……で、二人は何の用で来たのさ?」

「その前に、僕も一つ貰っていいかい?」

「別に良いけど。アム、自分の分はさっき食べただろ」

「それとこれとは、話が別さ」

「俺も一つ」


 左右から伸びた手が、俺の正面の小皿からドライフルーツを(かす)め取る。

 アムとガル兄は、揃って口に放り込み、先程の俺の真似をする様にドライフルーツをゆっくりと噛み始めた。

 まぁ、俺が食べる分が無くなっただけだから、別に良いけどさ……。

 (しばら)く待つと、俺の両耳に、気の抜けた吐息が届いた。


「これも中々いいな」

「少し味の軽いマルクのお茶に、アプリコットの香りがピッタリと合っているね」


 ガル兄もアムの堪能したようで、結構、結構。

 そうだ。

 今度、自分でドライフルーツを買ってみるか……何処(どこ)で売っているのだろう?


「なぁ、アム――」

()かさなくても、用件は言うよ」


 視線の先のアムは、俺の言葉を遮りながら、その整った顔を軽く崩した。

 いや、俺が聞きたいのは、ドライフルーツの入手先――アムに教えて貰うよりも後でシャーリーに聞いた方が良いな。

 それに、アムの話の腰をいきなり折るのも気が引ける。

 口を挿まぬ俺を見て、アムは両手でカップを包み込みながら言葉を続けた。


「僕のは用件と言うよりも、お知らせかな。ちょっとした用で王都に行くから、知らせておこうと思ってね。黙って行くと、君は不安がるだろう?」

「ならないって……とは言えないな。最近、外がちょっと物騒だし」


 不敵な笑みを浮かべていたアムの目が、虚を突かれたように点へと変化した。

 そのままアムは、パチパチと(まばた)きをしながら、俺と視線を交わし続ける。

 何も変な事は言ってないのに、可笑(おか)しな奴だな。


「冗談で言ったけど、僕のこと心配してくれるのかい?」

「当たり前だろ。便利な御者(ぎょしゃ)は要らんかねー。お安くしとくよ」

是非(ぜひ)一緒に、と言いたい所だけど、今回はミネルヴァ様の用事のついでに連れて行ってもらうから、護衛は必要ないよ」

「そっか」


 俺の()()ない返事を聞き、アムは爽やかな美男子顔を取り戻した。

 その内側の感情は、美男子の仮面を張り付けたアムからは伝わってこない。

 こいつの考えと感性は、俺には理解できない所が多い……って、それは誰に対しても同じだな。


「君との二人旅も良いけど、それはまた今度にでもとっておくとしよう」

「今度ねぇ……いつになるやら」


 まぁ、アムも社交辞令で言っているのだろうから、その『いつ』が訪れる事はないのだろう。

 少し、残念だな。

 王都からの帰り道……二頭の馬が奏でる軽快な(ひづめ)の音を聞きながら、御者(ぎょしゃ)台で穏やかに語らう一日……休憩のため立ち寄った村での昼食……。

 アムとの唯一の二人旅を思い返す俺の代わりに、ガル兄が口を開いた。


「アム。出発は、いつなんだ?」

「今日の昼食前。ガランサも一緒に来るかい?」

「王都か……最近行ってないな。まっ、遠慮しとくよ。ミネルヴァ様に(にら)まれたくないしな」


 ガル兄の中の『ミネルヴァ様』像が気になるが、それよりも、アムの出発時間を聞いて納得する気持ちの方が強かった。

『明日の訓練はお休みです』とだけ俺に告げた昨日のミュール様の涼やかな声が、頭の中で響き渡る……王都に行く用事があったんだな。

 今日は大人しく、屋敷で訓練に(いそ)しむとしよう。


「フッ、ガランサも僕みたいに、巻き添えで目を付けられてしまえば面白いのに」

「おいおい、アム。俺までマルクの巻き添えにする気か? 冗談はやめてくれ」


 アムよ。

 お前の望み通り、ガル兄はもう、ミュール様に目を付けられている(はず)だぞ。

 あの不味(まず)い赤色ポーションの所為(せい)で……まっ、これは言わない方が良いよな。


「ガル兄の王都行きは置いておくとして――」

「行かないぞ」


 うん。態々(わざわざ)遮らなくても分かってるよ、ガル兄。

 俺はガル兄の声に(うなず)きだけを返し、アムへ向け言葉を続けた。


「アム、気を付けてな」

「お土産(みやげ)は期待しないでおくれよ」

「要らないって。仕事だろう?」

「前と同じく、騎士団にスクロールをね」


 納品と実演と、恐らく要望を直接聞く為だろうな。

 茶を(あお)り、口を(うるお)したアムが、小さく息を吐き出す。

 俺は空になったアムのカップを指差し、茶を注ぎ入れながら、(ねぎら)う事にした。


「研究室を持つってのも、大変だな」

(みな)()えさせる訳にはいかないからね。取引先は大事にしないと」

「分かるぞ、アム……」


 二度、三度と(うなず)くガル兄が、しみじみとした声で共感を表していた。

 魔法学派『フクロウの(ひとみ)』に若くして研究室を持つアムと、工房ギルド『精霊(せいれい)(ぎん)(つち)』に同じく若くして工房を持つガル兄。

 二人には、背負いこんだ苦労と言う共通点があったみたいだ。

 そんな責任を背負うなんて、俺には土台無理な話だな……。

 だがしかし、アムは()(かく)、ガル兄の工房で雇っているのって、カエデさんだけだよな……まぁ、突っ込むのは野暮か。

 俺は無言を貫きながら、スッと横から差し出されたガル兄のカップを指差し、茶を注ぎ入れた。

 時として、沈黙も必要なのである。


「フフッ、精霊銀の出世頭がよく言う。僕の話は終わりとして、ガランサは何かマルクに用があったんだろう? その話は良いのかい?」

「おっと。そうだった。なぁ、マルク。今日って暇か?」

「うん。何もやる事ないから、一日魔法訓練でもしてようかと」


 まぁ、何事も、無ければ……なんだけどね。

 突如ガル兄が、扉を叩くかの様に、手の甲で俺の肩をコンッと叩いた。


「お前、(たま)には遊んで、ゆっくり休めよ。ってそうじゃなかった。ちょっと昼前に俺と一緒に行って欲しい所があってな」

「見送りは要らないよ」


 ガル兄に合わせ、アムが俺へ先手を打つ。

 そんなこと言わなくても逃げないし、見送りよりも用事を優先するって。


「どっちも了解。で、どこに? 正装で行った方が良い場所?」

「お前は普段着のままで良いよ。行くのは、スミス兄弟の所さ」

「あー、なる程。だから今日のガル兄,ちゃんとしてるのか」

「ハハッ、普段のガランサは、もっとだらけているのかい?」

「マルク。人聞きの悪い事を言うな」

「格好ね、格好」


 兄ノック・スミスと、弟マグナ・スミス。

 今現在、精霊銀一の鍛冶師と謳われているスミス兄弟……だった(はず)

 特に兄のノック・スミス氏は、精霊銀のギルドマスターを務める方である。

 所属する組織の(おさ)の元へ俺を連れて行くのが、今日のガル兄の役目って訳か。

 髪型がいつもよりビシッと決まっているのも、(うなず)ける。

 

「アム、楽しそうだね」

「笑い話なら、わしらも混ぜてくりゃれ」


 片付けの終わったシャーリーとテラさんが、それぞれ自分のカップを持って、俺とアムの正面に座った。

 俺は、その二つのカップの上に茶を出現させ、注ぎ入れる。


「ありがとう、お兄ちゃん」

「カカッ。相変わらず器用じゃのぅ」

「どういたしまして。ちなみにガル兄の格好の話だよ」


 二人は、得心が行ったように笑みを浮かべ、その柔らかな口を動かした。


「ガランサさん、いつもよりビシッ! ってしてるもんね」

「うむ。普段は首元を開け、だらしなくしておるのにのぅ」

「へぇ。ガランサは、もっとしっかり者だと思っていたけど、意外だね」

「シャーリーにテラさんまで……誤解を()けるのはマルク、お前しかいない」

「あっ、ドライフルーツを一緒にどうぞ」


 俺はガル兄の言葉をあえて無視しながら、ドライフルーツの小皿を押し、二人の元へと届けた。

 シャーリーとテラさんは、俺のやって欲しい事をすぐに理解してくれたらしく、茶を飲む前に杏子(アプリコット)を一つまみし、口へ運んでくれた。

 嗚呼、二人が喜ぶ顔が、もう頭の中に浮かんでしまっている。

 隣で何かガル兄が騒がしいけど、誤解を()くのは後でいいだろう……。

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