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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十八章

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808.幕間~遺跡の中で・前編~

誤字修正

「クソッ。何でこんな所にいやがる」


 イプシロンパーティーの戦士ザガの言葉に、答えを持つ者はいなかった。

 ファルコンパーティーとイプシロンパーティー、彼ら十名の視線は、大部屋の奥に吸い込まれており、誰もが事態の把握に努めていた。

 遺跡深部まで、あと三階層。

 たとえ彼らが最深部へと辿り着いたとしても、まだ、そこに居る(はず)の無かった存在。双子の悪魔。

 それが今、彼らが踏み入った大部屋の奥で、二体、優雅に飛んでいた。

 (かた)や赤き肌に、炎の蛇を巻き付けた悪魔。

 (かた)や青き肌に、氷のドレスを(まと)う悪魔。

 共に女性の姿を形どっており、共に品を感じさせる美しい顔をしていた。

 長い耳を揺らしながら空を跳ぶ双子の悪魔は、人としては巨躯を誇るザガよりも頭一つ大きな体格を感じさせぬ速さで、空を舞い、踊り続ける。

 彼女達の通る後を追いかける炎と吹雪が、赤と青、熱と冷気で彼女達を彩る。

 まだ、遠くを舞う二体の悪魔の余波が、空気を乱し、風を生んだ。

 走る熱と冷気の風が、半裸のザガの肌を撫でる。

 不快さに目を細めながらも、ザガは双子の悪魔を観察していた。

 進むか引くか……リーダーの判断を待ちながら。

 この場に居る全員は、既に気付いていた。

 憤怒(ふんど)を帯びた燃える赤き瞳も、冷血に満ちた凍える青き瞳も、自分達の存在を認識している事に。

 ゆえに自分達を誘うように、この部屋から出ず、空中を舞い続けているのだと。

 上下左右、自由に動く双子の悪魔の動きを見定めるザガの耳に、落ち着き払ったファルコンの声が届いた。


「引くことをお勧めします、イプシロン」

「いや。奴らが上に来ているという事は……狙いは外だろう」

「外。何処(どこ)へ行く気でしょうか?」

何処(どこ)だろうと、やる事は変わらない。俺達は戦うだけだ」


 己がパーティーのリーダーであるイプシロンの声に、ザガは顔を向けることなく「(おう)」と短く答えを返した。

 了承の声を上げたのは双曲刀を(もち)いる女戦士ヘレナも灰色のローブを羽織る魔術師セイドも、そして藍色の髪で片目を隠した回復術士ツィツィも同じであった。

 灼髪を(かす)かに揺らし、イプシロンが息を(こぼ)す。

 意を決したイプシロンの声が、小さく、確かに響いた。 


(みんな)、行くぞ。ファルコン、お前達は――」

「我々も付き合いますよ。彼女達を見過ごしては、鉄骨竜の名折れです」


 ファルコンに同調し、四つの声が上がる。

 どれも意思の(こも)った返事だと感じ、ザガの(いか)つい戦士の顔に笑みが浮かぶ。

 だが、ザガは即座に気を引き締め直し、後方のイプシロンへ問う。


「で? どうする? イプシロン。突っ込んでも死ぬだけだろ」

「セイド、バートム、炎と氷の守りを頼む」

「俺は氷の守りは知らないぞ、イプシロン」

「氷の守りは私目(わたくしめ)にお任せを」


 魔術師セイドの言葉に、三十後半程に見える枯れ木のような男、ファルコンパーティーの魔術師バートムが己の胸に手を当て、(うやうや)しく答えた。

 続けてファルコンが声を上げる。

 

「サイレンは、備えを。ツィツィさんには申し訳ないが、負担をかける事になる」

「構わないわ」


 無言で(うなず)くサイレンと、無表情でファルコンの提案を受け入れるツィツィ。

 短い作戦会議に参加する必要のないザガは、戦いの時を待ちながら炎と吹雪を巻き散らし続ける双子の悪魔を監視し続けていた。

 ザガは、空を飛ぶ悪魔にどう攻撃を当てるかを考えながら、ファルコンの言葉に耳を(かたむ)ける。


「ありがとう。残る(みな)は、前へ」

「臨機応変に行くしかないわね」

「ハハッ。空飛ぶ相手にゃ、前も後ろもないけどね」


 答えたのは、引き締まる肉体美を皮鎧に秘めた女戦士ニケと、防具は小盾しか身につけていない軽装の戦士トラップであった。

 全くだ、と思いながらも、ザガは口には出さない。


「ならばもう行くとしよう。イプシロン、合図を頼みます」

「分かった。()(よん)……」


 (ゼロ)へと近付くイプシロンの声に、ザガの不安は膨れ上がって行く。

 イプシロンパーティー。

 イプシロン、ヘレナ、セイド、ツィツィ、そして自分。

 ファルコンパーティー。

 ファルコン、ニケ、トラップ、バートム、サイレン。


(生き残れれば、良いんだけどな)


 減る数字に合わせ、ザガの手が強く、強く大槌(おおつち)を握りしめた。


「……(いち)(ぜろ)


 不安を掻き消し、ザガは先陣を切る。

 まだ、魔法の守りが無い今、炎と氷に晒されれば、ひとたまりもない。

 それでもザガは、双子の悪魔へ向け、走る。

 巨躯を揺らし、石畳を鳴らすザガに対し、双子の悪魔が動きを止めた。

 標的を定めた双子の悪魔が、ザガへ向け、飛ぶ。

 左右に揺れ、その軌跡に赤と青を生み出しながら。


「熱く、赤き火の精よ。我らに恐れを拭う加護を、≪火精霊(ひせいれい)加護(かご)≫」

「シャラガムさん。貴方(あなた)の魔法、お借りします。≪氷結晶(こおりけっしょう)加護(かご)≫」


 二人の魔術師の声が、同時に響き、ザガの全身に二つの魔法が広がる。

 共に戦う者の魔法を信じ、ザガは雄叫(おたけ)びを上げた。


「うおぉぉぉぉぉ」


 右斜め上と、左斜め上。

 迫る二体の悪魔が肉薄する瞬間に合わせ、ザガは立ち止まり、己の大槌を振る。

 力任せに振るわれた大槌は、赤と青を薙ぎ払う。

 だが、大槌が捉えたのは、彼女達の残す炎と吹雪だけであった。

 ザガを挟むように左右に分かれた双子の悪魔は、綿毛を吹くかの如き小さな吐息をザガへと放った。

 瞬間、ザガは炎の蛇を巻き付けた赤い悪魔へ向け、走り出す。

 それは戦士の直感を信じた行動。

 走るザガは、空中に浮かぶ赤い悪魔の唇から炎が放たれる瞬間を目撃した。

 炎は一瞬にして広がりをみせ、ザガの視界を(おお)い尽くす。

 守りの魔法の上から体を焼く、強烈な炎。

 だが、ザガは怯まず、臆せず、炎の中を走り、赤き世界の中で、跳んだ。

 跳び上がる巨躯(きょく)

 ザガの背に力が満ち、太く強靭(きょうじん)な両腕が、大槌(おおつち)に弧を描かせた。

 大槌(おおつち)を握る手に、手応えが伝わる。

 鈍く響く音と共に、ザガの体を包み、視界を奪っていた炎が消滅した。

 開けたザガの視界の中で、奥へと、赤い巨女が吹き飛んでいる。

 だが、赤い巨女は、空中で軽く身を(ひるがえ)し、再びザガへと向き直ってしまう。

 曲がるべきでない方向へ曲がっていた悪魔の左腕が、元の形へと戻って行く。


(足りねぇよな)


 赤い火の粉を周囲に散らしながら、憤怒の瞳で己を見つめる赤い悪魔と視線を交わしながら、ザガは石畳へ着地した。

 既に打ち据えた(あと)が消えた悪魔に舌打ち、ザガは動き出した。

 赤い悪魔へ鋭い突きを放つイプシロンを見ながら、ザガは『良し』と心で(うなず)く。

 炎と氷の悪魔。

 まとめて戦えば、自分達に勝ち目など無いと戦闘報告を見て、知っていた。

 ザガも、皆も。

 (わず)かな時間だけでも分断を。

 朱の槍を(かわ)す悪魔を、二本の曲刀を抜いたヘレナが追う。

 合流はさせない。逃がしもしない。

 ザガは、焼けた体を襲う痛みに耐えながら、ヘレナの後に続いた。

 赤い炎の舞う中、三人の戦士は駆け、踊る。

 青い悪魔と戦うファルコンパーティーを信じ、背を任せて。

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