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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十七章

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794.別れと空

文章修正

 トーマス少年とメリィディーア様、そして俺の三人で朝食を頂いた。

 王族貴族だからと、何か特別なメニューである訳ではなく、用意されたのは(いた)って普通の朝食であった。

 焼きたての白パン。砕いたナッツの香ばしい色鮮やかな温野菜達。体を温めてくれるしょうがの効いたスープ。そして小皿に盛られた果実。

 メニューそのものは普通であっても、一品一品美味(おい)しく堪能させてもらった。

 特にしょうがのスープが、朝に良い。

 朝食を味わう(なか)、トーマス少年からピュテル滞在中の思い出を聞く事となった。

 各ギルドの視察をした話と、メリィディーア様と回った町の観光。

 町の話を振られても苦笑いを浮かべる事しか出来ない俺よりも、むしろトーマス少年の方が、ピュテルの町に詳しいのではないだろうか……。

 そうとすら思えてしまう程に、トーマス少年は自身の体験を語ってくれる。

 舌を楽しませてくれる料理と、耳を楽しませてくれるトーマス少年の明るい声。

 うん、良い朝だ。

 朝食が終わり、語らいの時間は茶の一杯を(もっ)て終わりを迎えてしまった。

 そう……旅の出発は、早いものだ。

 護衛騎士達も、使用人の方々も、既に準備は終わっている。

 後はトーマス少年とメリィディーア様が馬車に乗れば、もう出発するだけだ。

 不満を(あら)わにしながらも、それを飲み込むトーマス少年と、共に外へ向かう。

 屋敷の扉を開くと、そこには聖騎士が列をなしていた。

 護衛騎士ではなく、彼らは太陽教の聖騎士達だ。

 彼らは、門の外に止めてある馬車まで続くよう左右にずらりと並んでいる。

 聖騎士達は一様に、少々横に長い肩当てが特徴的な鎧を着こみ、右手に太陽の紋章が入った中型の盾を身につけ、右腰に直剣を携えている。

 そして聖騎士の列の先、屋敷の門の前に一人の可憐な少女が立っていた。

 長いスカートがふわりと広がる、薄桃色をしたパーティードレスの様な格好をした小さな少女。

 それは、俺の数少ない友人であるエルであった。

 今日も金糸(きんし)の如き長い髪は二つに分けられ、エルの左右に流れている。

 エルの姿を見たトーマス少年は、独り、足早にエルの元へと向かう。

 これは一緒に行かずに、見送るのが正しい判断だろう。

 その判断は正解だったらしく、メリィディーア様や隊長さん、そしてバッツさんも俺と同じく()を緩め、トーマス少年を見送っていた。

 トーマス少年が近づくと、エルはふわりと広がるスカートを()まみ、膝を曲げ、可愛らしくお辞儀をした――瞬間、左右に並ぶ聖騎士の中の幾人かの顔が緩む。

 彼らエル親衛隊の事は……うん、放っておこう。

 聖騎士からトーマス少年へ目を移すと、エルの前で足を止めたトーマス少年が、折り目正しく返礼をしていた。


「見送り、感謝致します」

勿体(もったい)ない御言葉、痛み入ります。太陽教を代表し、僭越(せんえつ)ながらわたくしエールフリエールが、トーマス様とメリィディーア様の旅の安全を祈る事をお許し下さい」

「はい。共に祈りましょう」


 二人は目を(つむ)り、胸の前で自身の手を絡ませ、(わず)かに首を前に倒した。

 トーマス少年を追っていた俺達は、祈りの邪魔をせぬよう少し後ろで止まる。

 沈黙が、辺りを包み込んだ。

 祈りを終え目を空けたエルが、ゆっくりと右手を前に差し出し、口を開いた。


「トーマス様。是非また、ピュテルの町にお越し下さいませ」

「ありがとう。エールフリエール嬢。再び会える日を楽しみにしています」


 聖騎士達に見守られる中、エルとトーマス少年が手を重ね、互いに笑みを浮かべ合っていた。 

 十つの少女と八つの少年。

 二人の交流は本来微笑(ほほえ)ましい(はず)なのだが、どこか政治めいて見えてしまう。

 トーマス少年一行の出発前の、この式典めいたやり取りは、恐らく太陽伯の差し金だろう。改めて王家と太陽教の友好関係を示すと共に、彼らの出立時の警護も合わせて行う為、かな?

 とは言え観客などいないので『大司教の孫であるエールフリエール様が、王の孫のトーマス様を見送った』という事実だけで十分、という判断なのだろう。

 さてと、俺もそろそろ別れの挨拶をしないと。

 トーマス少年らから目を離し、隣に立つメリィディーア様へと向き直った俺よりも早く、彼女の翠玉(エメラルド)の如く透き通った瞳が俺を捉えていた。


「マルク様。見送りはここまでで構いません。長くなれば名残(なごり)惜しくなってしまいますもの」

「では、ここで。メリィディーア様、再び会える日を楽しみにしています」

「うふふ……トーマス様とは王都での再会を約束したのに、わたくしには約束して下さらないのですか?」


 緑色の目をキョトンとさせながら小首を傾げているが、この仕草は狙ってやっているな……何となく、そう思ってしまった。

 まぁメリィディーア様の真意はともあれ、会う約束くらいならば別に良いか。


「私が王都へ出向いた際には、是非……問題はどうすれば会えるのか、ですけど」

「マルク様ならば、自由に王城へ出入りしても問題ありませんよ」

「あはは。ご冗談を……冗談ですよね? メリィディーア様」


 (ほが)らかに笑うメリィディーア様を見ても、それが冗談なのか否か分からない。

 困惑する俺を見かねてか、隊長さんが助け舟を出してくれた。


「マルク殿。出来るならば警備の者に確認の上、可否の判断を」

「はい、そうします。隊長さんもお元気で」

「マルク殿も無理をなさらぬよう。再び肩を並べ戦場に立てる事を願っています」


 そんな日が来ない方が良い。

 並んで、共に戦わねばならぬ程の強敵が現れる日なんて。

 そう思っても、口にはしない。

 隊長さんは、誇りを持って戦う人なのだから。

 俺が口にするのは、承諾の言葉で、十分だ。


「はい。再びナイト・クラウスの剣技を、この目にしたいものです」

「それは正面からですかな?」

「それは勘弁願います。是非(ぜひ)、隣で」


 渋みの効いた隊長さんの顔に、(しわ)が増えてしまった。

 眉間や鼻筋ではなく、目元と口元に、柔らかな(しわ)が。

 差し出された隊長さんの右手に(おのれ)の右手を重ね、ゆっくりと握る。

 精霊銀の小手は硬く冷たいものの、その友好の意思は十分に伝わって来た。

 また会いたいものだ。

 今度は、襲撃も何もない、平穏な時に。

 

「日々の武運を」

「日々の安全を」

 

 隊長さんの言葉に願いを返し、俺達は手を離す。

 なぜだろう……メリィディーア様からの視線が、不思議と厳しく感じた。

 表情も柔らかく、(ほが)らかな雰囲気を変わらないのだが……なぜだろう?

 俺が緑の瞳の真意を知ろうとメリィディーア様を見つめていると、俺の服の右袖を()まんだ誰かが、クイクイと引っ張り始めた。

 それが誰の仕業かは、聞こえた足音で分かっている。

 トーマス少年だ。

 見下ろすと、トーマス少年が、その利発そうな顔で俺を見上げていた。

 トーマス少年の目もまた、何かを訴えかけている……うん、分からん。

 こういう時は聞く方が早い。

 俺はしゃがみ、トーマス少年に目線を合わせ、素直に聞いてみる事にした。


「トーマス様。どうかしましたか?」

「あ、あの。マルクさん……一つお願いしても良いでしょうか?」

「ええ。なんなりと」


 はて? 何だろう?

 俺の承諾の言葉を聞いたトーマス少年が、目を輝かせながら言う。


「町を、空から見てみたいんです」

「空から……」


 俺は別に構わないが、果たして警護の観点からすれば大丈夫なのだろうか?

 確認の為に隊長さんへ視線を送ると、隊長さんは渋い顔を大きく(うなず)かせ、それを俺への返答とした。これは問題ないという事か。

 不用心にも程があるが……トーマス少年きっての願いならば、叶えよう。


「分かりました。≪(かぜ)(はね)≫」

「おっ! おおぉ……」


 俺の魔力が風の力へと変わり、俺とトーマス少年の体を包み込んだ。

 風の羽は、空へ跳び上がる時には必要な魔法である。

 安全第一、だな。


「さぁ、私に掴まって下さい」

「はい」


 トーマス少年の腕が俺の胸をギュッと締め付ける。

 うん。空に飛ぶのだから、そのくらいしっかりしていた方が良い。

 まぁ、トーマス少年の掴みが甘くとも、落とすつもりはないけど。

 俺はトーマス少年を両手で抱え、立ち上がった。

 流石にまだ八歳。

 鍛えていても体は軽い。

 遠くから視線を感じ、そちらを一瞥(いちべつ)すると、エルが俺を睨みつけていた。

 あれはきっと『(ずる)いですわよ』と言っているのだろうな……後で、エルにも同じことする羽目(はめ)になりそうだ。

 まぁ今は良いか。

 出発が遅れぬ様に、急ごう。

 俺は軽く真上に跳び、足元に魔力の足場を作り出した。


「では、舌を噛まぬ様に」

「はい」

「行きます。≪獣王(じゅうおう)跳躍(ちょうやく)≫」


 足元へと放たれた魔力が足場を破壊し、それとは真反対の上方へと魔法が俺を跳び上がらせる。

 素早く空へと昇った俺とトーマス少年。

 屋敷の前には、護衛と馬車の列が出来ていた。

 使用人らが乗る馬車。トーマス少年達の乗る馬車。護衛騎士らの乗る馬車。そして馬上から皆を守る多数の護衛騎士達。

 この一団に喧嘩を売る者がいたら、それはかなりの愚か者だな。


「マルクさん。もっと、上へ」

「はい。≪獣王(じゅうおう)跳躍(ちょうやく)≫」


 呪文を言い終わる前に、一度魔力の足場を生み出し、即座に魔法で破壊する。

 そして代わりに、俺とトーマス少年は更に上空へと跳ぶ。

 トーマス少年の望み通りに、二度、三度と跳んだ俺達の眼下には、ピュテルの町が広がっていた。

 町の中央に(そび)える白い大聖堂すら、少し小さく見える。

 石の防壁に守られた町を見下ろしながら、俺は風の羽に魔力を込めて落下速度を大幅に落とし、静かに降下を始めた。

 そして更に風の羽を操り、全周囲を見回す様にゆっくりと回転を始める。


「わぁー。これがピュテルの町……マルクさんが守った町なんですね」

「皆で守った……いえ。いつでも、誰かが守り続けている町です」

「モルス教の襲撃だけじゃなく……ですか?」

「はい。悪人からも、モンスターからも。いつだって、誰かが命懸けて守ってくれている。この町も、村も、国も、きっとそうだと、俺は思っています」


 俺は、その一助(いちじょ)でしかない。

 冒険者だった頃も、そして今も。

 俺の言葉に声を返すことなく、トーマス少年は目を輝かせていた。

 どうやら空からの景色は、お気に召したらしい。


「マルクさんは、この町……いえ。王国の事、好きですか?」

「正直に?」

「はい、正直に」


 トーマス少年は、あえて俺に目を合わせずに、そう尋ねる。

 正直に、か……なら答えは一つだ。


「この町は好きじゃないですし、この国の事は、どうでもいいです」

「それでも、マルクさんは守るんですね」

「はい。ここピュテルには……王都には……王国には、大事な人達が居ますから」


 景色を眺めていたトーマス少年が、俺に真っ直ぐな視線を向け、言った。

 迷いのない、ハッキリとした声で。


「マルクさん。やっぱり僕は、マルクさんは凄い人だと思います」

「俺は、トーマス様に『凄い』と言って貰えるほど、上等な人間じゃないですよ」


 ただ、戦い続けていただけの男だ。

 凄いと言うべき人達は他に居る……いや、俺の周りにいる人達は、(みな)そうだ。

 だが、俺の言葉を否定する様にトーマス少年が笑った。


「アハハ。マルクさんマルクさん。それを決めるのはマルクさんじゃ無いですよ。大事なのは、周りにいる(みな)さんがマルクさんの事をどう思っているか……僕はマルクさんの事、尊敬しています」

「ありがとう、トーマス様。その言葉は、しっかりと受け取っておきます」

「はい!」


 力強く返事をするトーマス少年は、ニカリと笑いながら俺から視線を外し、再び景色を(なが)め始めた。

 本当に立派なのは、トーマス少年の方だ。

 空から町を(なが)め楽しむ姿は、きっと孤児院の子供達と何も変わらない、普通の子供にしか見えない。

 まだ八つ。されど八つの立派な少年。

 俺は景色よりも、抱えるトーマス少年を見ながら、ゆっくりと落ち続けた。

 (しば)し待ち……そして、残念な提案をしなければならなかった。


「さぁ、そろそろ降りましょう」

「……マルクさん。この魔法って僕が使っても?」

「駄目です。跳ぶという事は、落ちるという事ですから……下を」


 言葉に従い下を見たトーマス少年の腕が、俺の胸を更に強く締め付ける。

 そのまま落ちる想像をしたのだろう。

 その恐怖と想像は、人としても魔術師としても大事なものだ。

 好奇心は魔術師の力の(みなもと)である……だが、その(おそ)れと好奇心の天秤を崩さぬように、無理せず頑張って欲しいな……。

 魔術師としてのトーマス少年を心配する気持ちを隠しながら、俺は風の羽の力を緩め、落下速度を上げた。

 落下と共に、別れの時も近づく。

 トーマス少年には、元気でいて欲しいな。

 王都を、王国を守りたい理由が、また一つ増えてしまった。

 だけど、こんな気分なら、悪くない。

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