795.去る馬車を見送り
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「トーマスさまー。今度こそ、王都で」
「はい! マルクさん。また会いましょう」
聖騎士が整列を続ける道の途中に立つ俺は、こちらへ手を振るトーマス少年に手を振り返しながら、彼らの去る姿を見守っていた。
護衛騎士が開いた馬車の扉を潜り、メリィディーア様とトーマス少年が馬車の中へと消えて行く。
響く笛の音と共に、馬車は動き出した。
幾つもの蹄が地を蹴る音が聞こえ、馬の歩みを教えてくれる。
トーマス少年らが乗った馬車を追う様に、別の馬車が続き、そして護衛騎士達の馬が最後尾につく。
俺は、彼らを追う様に屋敷の門から外へ出て、一行の去る背中を見送った。
「行ってしまいましたわね」
「はい。エル様」
「それにしても、マルクも大変ですわね。王族の見送りに駆り出されるだなんて」
「まぁ、頼まれた内容は、そうでしたけど……」
ミュール様から頼まれたのは、一つ。
朝一番にトーマス少年とメリィディーア様の滞在するこの屋敷へやってきて、出発の見送りをする事。
別に護衛でもなければ、ご機嫌取りでもない。
ただ、それだけ。
でもそれは『そう頼まれた』だけに過ぎない。
「俺は、小さな友人に会いに来ただけですよ、エル様」
「フフフッ。知らない間に友達が増えましたのね」
「相手が少年というのは、ちょっと気恥ずかしいですけど」
「年なんて関係ありませんわよ。わたくしとマルクだって、そうでしょう?」
「ですね」
触れる左手を見下ろすと、クリッとした淡褐色の瞳が、俺を見上げていた。
自信に満ちた笑みを浮かべながら。
『わたくし、マルクの友達になって差し上げましてよ』
記憶から蘇るエルの声が、頭の中に響き渡る。
そう、エルのお陰で、少しだけ視野が広くなった。
なれた、って言うべきかな。
カミュ少年も、チャックも、トーマス少年も……昔のままだったら、ただの子供としか見ていなかっただろう。
当たり前に守るべき、ただの子供とだけ。
友人でいられるのなら……そう在りたいな。
皆とも、エルとも。
「さぁ、次はわたくしの番でしてよ」
「あはは。やっぱりやります?」
「当然ですわ」
了承の言葉の代わりに、しゃがみ、両手を手を広げる。
するとエルは、体をピタリとくっつける様に、俺に抱き着いて来た。
二つまとめの髪を挟まぬ様に抱きかかえる……前よりも少し重くなった気がするが、それはエルの成長の証だ。
「フフッ。さぁ、空へ行きますわよ」
「あのー。ちょっと行ってきます」
エルへではなく、俺達を凝視し続けている聖騎士へ一応断りを入れておく。
すると、聖騎士の一人、四角い顔をしたツヴァイ氏が、返事をくれた。
「貴公に任せよう。エル様、あまり遅くならぬよう、お願いします」
「はい。エル様をお預かりします」
「分かってます、ツヴァイ。皆も、後の事は頼みますわ」
「ハッ。お任せください、エル様」
幾十にも響く聖騎士達の声を聞きながら、俺は垂直に跳び、魔力の足場に着地した。急ぎの用でもないのに、万が一地面を破壊したら、色々と不味いからな。
「では。≪風の羽≫、≪獣王の跳躍≫」
エルにも風の羽を纏わせ、俺は真上へと跳び上がった。
エルが怖がっていないかを心配――する必要など全くなく、むしろ楽しそうに目を開いてキョロキョロとしていた。
更に呪文を唱え、魔力の足場を蹴り壊しながら、空へと舞う。
先程と同じ程度の高さで、風の羽で昇る速度を減速させ、そのまま落下へと移行させる。ふわりと、ゆっくり。
「マルク。先程とは、少し違うでしょう?」
「さっきと違う……なる程。これを見たかったんですね」
「見せたかった、の間違いですわ」
空からならば、町を歩き、東門へと向かう馬達の姿が見える。
もしかして、俺ってそんなに名残惜しそうな顔をしていたのだろうか?
だが、厚意は真っ直ぐに受けよう。
「もうしばらく、見送っていましょう」
「ええ。その後は、町中を跳び回って貰いますわよ」
「あはは。はい」
無茶をいう所は、相変わらずだな。
でも今は、もう少しだけ眼下の彼らを見送っていよう。
王都へと帰る小さな友人を、我が友人と共に。
馬の歩みに合わせ回る車輪が、時折馬車に振動を伝える。
だが、座り心地の良い馬車の中は、瀟洒な内装も合わさり、快適であった。
柔らかな背もたれに身を預ける事をせぬメリィディーアは、背筋を伸ばしたまま正面を向いていた。
そこには、膝を突き合わせたトーマスがいた。
落ち着きを持ち、行儀正しく座る少年の表情は明るく、パッチリとしたその目が普段よりも輝きを増している様に、メリィディーアには思えた。
メリィディーアは、隣に座る世話係の女性を気にも留めず、トーマスへ向け、柔らかな笑みを向ける。
「トーマス様。ピュテルの町は、いかがでしたか?」
「有意義で、そして、とても楽しかったです」
子供らしい少々丸みを帯びた顔が、更に丸く変化した。
無邪気さを隠す様に笑う姿を見て、それが嘘ではないとメリィディーアは知る。
「きっと、成長したトーマス様を見て、シモン様もお喜びになられますよ」
「そうなら、いいなぁ。でも父様は厳しいから」
嬉しさと疑念。
その両方を隠そうとしないトーマスの表情は、不思議な形に歪んでいた。
メリィディーアは、レオニード王の次男であるシモンの姿を、王ともども息子に甘い姿を思い出しながら、トーマスの杞憂を内心で笑う。
「王都に帰ったら、いっぱい話してあげて下さい。シモン様にも、王にも」
「はい……でも、何から話せば良いでしょうか?」
「トーマス様が見聞きした事ならば、何であろうとも」
「なら、マルクさんの事を」
「はい。それも良いかと、ウフフ……」
閃いたとばかりに目を見開いたトーマスを見て、メリィディーアは優雅な笑みを口から零れさせる。
恐らく、レオニード王は大層喜ぶだろうなと、予想を重ねながら。
「メリィ姉様は、楽しかったですか?」
「わたくしは……」
逆に問われ、言葉に詰まるメリィディーア。
静かに目を閉じ、緑色の瞳を隠したメリィディーアは、思い出す。
メリィディーアとして過ごした前夜祭を、トーマスと町を観光した一日を、ノワールとして過ごした友との何気ない時間を、マルクと遊んだ時間を……。
目を開き、メリィディーアは心から、声を発した。
「楽しかったですよ……とても」
「良かった。僕も一人の紳士としてメリィ姉様をエスコートできたでしょうか?」
「はい。立派な紳士でしたよ」
頬を薄く赤らめ、目を逸らすトーマスを見たメリィディーアは、今朝の出来事を思い出していた。
自分とアムで選んだ服を、態々着て、屋敷を訪れたマルク。
この身が、メリィディーアかノワールか分からずとも、ただ在りのままに語らうマルク。
そっと立ち去るトーマスの心遣いを無下にし、音もなく、素早く捕獲へと動く、大人げないマルク。
(マルクちゃんったら、本当に仕方が無いなぁ……あの話、本気で進めようかな)
照れ臭そうに頬を掻くトーマスを見つめながら、メリィディーアは考えていた。
どうすれば、以前、冗談半分で言ったマルクとの婚約話を、王に認めさせることが出来るだろうかと……。
同時に、メリィディーアの想像の中に、マルクの姿が浮かび上がっていた。
酷く困った顔をした、マルクの姿が。
メリィディーアは、咄嗟に右手を動かし、その透き通る様な手で口元を隠した。
愉快そうに歪む自分の唇を、隠すために。
王家を示す獅子、そして二本の杖を重ねたハイディルム家の紋章が描かれた馬車は、護衛騎士らの万全な警備に守られながら、ピュテルの町から去って行く。
馬の歩みに合わせ、ゆっくり、王都へと。




