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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十三章

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576.まずは怪我人を

文章修正

 アルケーの里は生い(しげ)った森の中にあるが、見た目は普通の村と変わらない。

 里は、獣除けであろう木の柵に囲まれ、木製の家々が立ち並んでいる。

 里に戻れたからか、少し垂れていた青年二人の長い耳に張りが戻っていた。

 テラさんもそうだが、彼らの耳は表現豊かで少し(うらや)ましくなる。

 しかし今、俺に長い耳がついていたら、少し垂れ下がってしまっていただろう。

 正直、少し疲れた。

 モンスター一体すら出会わずに里へ到着出来たのは、大変喜ばしい事である。

 減ったのは、勝手が違う中、後方の警戒を続けていた俺の神経だけだ……。

 だがそれは、怪我人二人の無事で十分釣り合いの取れた疲れであるから、まぁ、良しとしておこう。


「では、我々は報告へ――」

「この(たわ)け! まずはドーンの所じゃろうが」

「す、すみません」


 頭に癒しの水をつけた青年の言葉に、テラさんが怒りを(あら)わにした。

 怪我人でなければ、臀部(でんぶ)にキツい一撃が飛んでいた事は容易に想像がつく。

 恐らく、その『ドーン』という人が里にいる回復術士なのだろう。

 耳をピンッと張りながら歩くテラさんを先頭にして進む。

 里の人々の視線は……変わってないな。

 恐らくこの里で、テラさんに対する悪感情が少ないのは、里を守る戦士達、そして共に地竜と戦った面々だろう。

 では? ドーンという人は、どうなのだろうか?

 少し心配になったので、俺はテラさんの隣へ移動した。

 隣を歩くテラさんが、小さく首を(かし)げながら俺の顔を見上げた。


「ん? どうしたのじゃ?」

「ただ、テラさんの隣を歩きたかったので」

「フッ、そうか……(ほん)に、お主は優しいのぅ」

「そういうのじゃ無いですよ」


 この心配性は、優しさとは違うと思う。

 その大部分は、俺の独りよがりだ。


「カッカッカ。ならば、ただの甘えん坊さんじゃな」

「ええ。(たま)には、男も甘えたくなるものなんです……手を握っても?」

「うむ。良い良い」


 差し出す手に、テラさんの少し小さな手が重なる。

 本当に……こんな優しくて暖かい手を、なぜ皆、嫌えるのだろうな……。

 事情は知らない。聞くつもりもない。

 もしこの里がテラさんと敵対するならば、俺はテラさんを守るだけだ。

 自分の意思が決まっていれば、何も迷う心配は無い。

 所々で出会う里の人達の表情が『不快』から『不可解』に変わっている。

 まぁ、血で染まった怪我人二人を後ろに連れながら、手を繋ぎ歩く姿は……確かに不可解かもしれない。

 だが、これで良い。

 テラさんにも、このまま俺の我が(まま)に付き合って貰おう。

 手を(つな)ぎ、(しばら)く歩くと、テラさんから声が掛かった。


「目的地はあそこじゃ。マルクや、もう大丈夫じゃぞ」

「そうか……残念」


 俺が少し冗談っぽく言うと、テラさんは笑いながら俺の手を離した。

 近づきながら目的地を眺めてみるが、極々普通の家だ。

 木造の素朴な平屋である。

 少し薄そうな扉に近づいたテラさんは、来訪を知らせる合図無く、勢い良く扉を開き、中へと入った。


「ドーン。怪我人じゃ」


 飛び込んでいったテラさんを追うように、先に怪我人二人を室内へ通し、俺も「失礼します」と扉を(くぐ)る。

 扉の先は、既に部屋であった。

 奥の壁には棚がずらりと並び、左側の窓の前に机が一つ。

 入って右側には、寝台が二つ並んでいた。

 生活空間というよりは、仕事部屋――いや診察室なのだろう。

 そして、机の前の椅子に座る女性が一人。

 背もたれの無い椅子に座る彼女は、組んだ長い足と鋭い視線を、突然の来訪者である俺達へ向けた。

 彼女は、左目を隠すように髪を流した三十程の女性であった。

 銀髪に長い耳、そして整った顔も、里の人々と変わらない。

 美形ばかりで、見分けがつかなくなりそうだ……目が痛い。

 俺達一人一人へ視線を向けた女性は、少しかすれた声で言った。


「唐突だな、テッラリッカ……お前らは、こっちへ来い」

「「はい。ドーン先生」」


 怪我人であるにも関わらず、二人の青年は背筋をピンッと伸ばし、覇気のある声で返事をした。肩を裂かれた青年は、痛みからか体がビクッと跳ねている……何やってるんだこの人?

 青年二人は、色気のある声に導かれ、ドーン氏に近づいていく。

 その奥から、ドーン氏の視線が俺へと突き刺さった。


「それとお前がマルク・バンディウスだな。その水は邪魔だ。消して出ていけ」

「はい。それでは失礼します」

(まった)く……」


 テラさんの(あき)れた様な声を聞きながら、俺は、怪我人二人に(まと)わせた癒しの水を解除した。

 癒しの水がスッと彼らの体の中へと吸収されると共に、彼らが(うめ)き声を上げる。

 痛みを抑えていた魔法が解けたのだから、当然だ。

 さて、治療の邪魔になるし、俺は退散するとしよう。

 退室の言葉も伝えたので、一度、ドーン氏に頭を下げ、俺は再び扉を(くぐ)った。

 俺の後ろから共に出てきたテラさんが、ゆっくりと扉を閉める。


「マルクや、すまぬのぅ。あ奴は悪い奴では無いのじゃ。許してやっておくれ」

「気にしてませんから。それに良い人なのは、何となく分かりましたし」


 ドーン氏の視線は鋭かったが、そこに嫌悪や侮蔑(ぶべつ)を感じなかった。

 テラさんにも、怪我をした青年達にも、俺にも。

 不愛想な言葉も、別に印象は悪くない。

 癒しの水が、他の方法を使った治癒にとって邪魔なのは本当の事だし、治癒に魔法や法力、特別な技術を使うのならば、部外者に見せられないのも当然だ。

 それに、テラさんを見たときにピョコッと跳ねた耳を、俺は見逃さなかった。


「フフッ。マルクもついに、色香(いろか)(まど)わされたかのぅ」

「違いますって……さてと、これから何処(どこ)へ行きましょう?」


 本来の目的は、テラさんが背負う弓を返却する事。

 それに付随(ふずい)した目的が、俺から礼を伝える事。

 そして森に来て増えた目的が、あの木製人形の事。

 行くべき場所は二か所。

 アルケーの里の(おさ)であるユーディアナ様の元か、戦士達を指揮するケルンさんの元か……結局の所、両方行くことになるだろうが、テラさんの意見も聞きたい。


「ふぅむ……まずはユーディアナの家じゃな。弓を返さねば自由に動けぬ」

「では、ユーディアナ様の元へ」

「出発じゃー」


 テラさんの掛け声に合わせ、歩き出す――その時、年齢三十中ほどに見える短髪の男性が、遠くからこちらへ向かって歩く姿が見えた。

 厳しそうな顔に少々の(しわ)を浮かべた男性は、目的の人物、ケルンさんであった。

 ケルンさんの服、その(えり)と長袖の(すそ)から、巻かれた包帯が見えた。

 互いに歩み寄り、近づく。

 小さく手を振るケルンさんに対し、俺は軽く腰を曲げ、頭を下げた。


「ケルンや。お主、怪我を――」

「テッラリッカ、後で話す。マルクも、来てくれたんだな」

「はい。弓のお礼をしたくて」

「その事は気にするな。俺達の勝手だ。だがしかし……出来ればお前たちが来る前に、問題を片付けておきたかったんだがな……」


 ケルンさんは眉を(ひそ)めながら、その顔に(しわ)を増やした。

 ケルンさんを見るテラさんの顔も、渋い。


「ケルンや、何があったのじゃ。あれほどパラサイトの種が動き回っておるなど……それにこの森の魔力の事も、ちゃんと聞かせて貰うからのぅ」

「分かっている。共に(おさ)の所へ」

「もちろんじゃ」「はい」

「助かる」


 少し表情を緩め、そう言ったケルンさんは、顔を隠すように先を歩き始めた。

 俺とテラさんも、その後ろを歩く。

 しかし『パラサイトの種』とは何だろうか?

 あの木製人形を指しているのは、分かるのだが……いや、聞くが早いな。

 けど、まずはユーディアナ様の元へ。

 聞くのは、その後でも良い。

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