575.襲い来る木製人形
人の子供程の大きさの木製人形は、その顔の造形すらない頭部をこちらへ向け、飛び跳ねながら近づいて来る。
俺は独り、前へ出る。
敵の動きが分からない以上、テラさんが戦える空間を作るべきだろう。
テラさんが接近戦をする心配は無いだろうが、念の為だ。
「≪炎帝竜の炎≫」
纏う魔力の上から、両手に滾る赤い炎を宿す。
叶うならば炎帝竜の大剣を使いたかったが、接敵まで時間がない。
先陣を切って飛び込んできた木製人形へ向け、一歩、二歩と踏み込み、右の拳を打ち込む。
拳にて燃える炎が、木製人形の突き出した鋭い手を溶かし、胴を抉り取った。
空中で姿勢を崩した木製人形が、燃えながら俺の後ろへ流れ、落ちる。
こいつはもういい。次だ。
「≪魔力の槍≫」
前へ進みながら、二十の槍を頭上に並べ、その場に待機させる。
明らかに俺へ狙いを定めている三体は、問題ない。
だが、残りの四体の動きが、どちらへ行くか分からない。
更に森であるのが厄介だ。
少し離れた位置でも、木々の盾が、放つ槍を阻害する。
幸い奴らは、跳躍、着地を繰り返しており、素早くとも直線的だ。
二十の槍を置き去りにして、更に前へ。
正面に横並びで二体、その奥に一体。
横並びの木製人形が、前傾姿勢を深め、矢の様に跳んだ。
俺は右へと一足で躱しながら、交差する一体を、左手の炎で撫でる。
焼き払うのは、木製人形だけだ。
燃え落ちた一体よりも、俺へ飛び掛かった勢いそのままに通り抜けた一体へ集中する。
奴が着地をする機を狙って、待機させていた魔力の槍の一本を放つ。
放たれた槍が木製人形の胴に突き刺さり、俺の方へと木製人形を吹き飛ばした。
吹き飛んできた木製人形が、地面に転がる。
俺は、その場へ駆け寄り、起き上がろうとする木製人形へ拳を振り下ろした。
燃える拳が槍の穿った胴を貫き、拳が大地を突く。
炎が木製人形へと移り、そのまま全身へと燃え移っていった。
炎帝竜の大剣のように、消えぬ浸食の炎では無いが、この炎とて炎帝竜さんから伝授された強力な炎だ。森に燃え移れば、大惨事となる。
そうしない為のミュール様の教えであり、魔力制御だ。
炎に包まれながら、あがき、鋭く尖った手を俺へ伸ばす木製人形。
だが、その手は俺に触れる事無く、塵と化し、消えていった。
拳を大地に付けたまま、残心している暇などない。
俺は、交差の際に左手で燃やした敵が、炎と共に消えている事を一瞥し、他の敵の位置を確認する。
一体は、変わらずこちらへ狙いを定め、飛び掛かる機を窺っている。
残りの四体は、左右に分かれて、後ろにいるテラさん達を狙っているようだ。
ならば俺のやるべき事は簡単だ。
正面の一体へ突撃しながら、待機させていた魔力の槍を一本、正面の敵へ放つ。
俺を追い越しながら飛んだ槍は、命中叶わず、地面に突き刺さった。
回避のため横へ軽く跳んだ木製人形へ、更に槍を放つ。
命中すれば御の字だが、命中は期待しない。
目的は――回避と攻撃を合わせた奴の跳躍は、奴と俺の距離を狭める。
相手を動かす為の一射。
迂闊に跳んだ動きは、単調で御しやすい。
俺の顔目掛け跳ぶ木製人形を、右の拳で迎撃する。
魔力と炎を纏った拳は、奴の腕を砕きながら溶かし、そのまま肩を砕いた。
燃えながら吹き飛び、俺から離れていく木製人形は、そのまま空中で炎に飲まれ消えた。
魔力の残滓一つ残さずに。
さて、残りの四体は恐らく――見回した俺の目に、緑の蔓に絡めとられ、身動きの取れぬ四体の木製人形の姿が映る。予想通りだ。
それも、魔力の槍で狙いやすい位置で、捕縛してある。
待機させていた残り十六の槍を、全て木製人形へと放つ。
魔力の槍は、拘束を解かんと暴れる木製人形の頭を砕き、胴を穿ち、足を砕いた。
中々に硬い木製人形とて、四本の直撃を受ければ、死ぬらしい。
死と共に塵へと還る様子は、モンスターの様だが……やはり魔石がない。
恐らく、ロードゴブリンの生み出すゴブリンと同じような物だろう。
モンスターの生み出したモンスター。
奴らは魔石を落とさない。
まぁ、事情は青年達に聞けばいいか。
今は、周囲の警戒を続けよう……とはいえ、近くに敵がいる様子はない。
しかし、アルケーの森に魔力が満ちている所為で、魔力感知による索敵が出来ないのが、本当に困りものだ。
近接距離まで近づけば、流石に分かるんだけどな……。
今は、敵も居ないようだし、戻るとしよう。
俺はテラさんの所へ戻りながら、全ての魔法を解除した。
「カッカッカ。葛の束縛は罠としても使えるのじゃ」
「テラさん、お見事」
「うむ。マルクとわし、二人ならば当然の結果じゃ」
両手を腰に当て、胸を張るテラさんは、俺の言葉に大きく頷いた。
しかし、拘束用の魔法は、便利だな……俺も覚えたいものだ。
だが葛の束縛は、植物生成魔法の延長線上にある魔法だろう。
俺には、まだまだ遠い魔法だ。
おっと。こんな事を考えている暇は無いのだった。
テラさんと共に、傷を負った青年達の元へと向かう。
「マルク様。そしてテッラリッカさん。助かりました」
「この恩は、いつか」
「通りがかりじゃ。恩など要らぬ」
「ええ、まずは傷を見せてください」
正面から見る二人は、やはり美形であった。
美しき銀の髪に、無駄な肉の無い流麗な顔の輪郭。整った鼻筋と目……流石、理不尽の里の人達だ。
まぁ、男女問わず、俺の周りには何故か顔の造形の良い人ばかり集まっているからな……今更気にしても仕方のない事だ。
顔を見ていても無意味なので、近づき、二人の状態を見る。
一人は右腕が折れ、左肩が裂け、血が流れている。
もう一人が、頭皮が切れて出血が酷い。
どちらから治癒する? 決まっている。
「≪癒しの水≫」
俺は両手に癒しの水を生み出し、左手は傷の深い肩へ、右手はもう一人の頭部へ動かした。そう、両方治癒する方が手っ取り早い。
癒しの水を触れさせ、手は、患部に触れない様に。
そのまま魔力を込め、癒しの水を広げ、患部を覆う。
「他に、傷は?」
「いや、他には――」
「正直に言わんと、逆に迷惑じゃぞ」
「すみません。組み付かれた時に、腹を蹴られました」
頭部からの血が止まった青年が、申し訳なさそうに言った。
テラさんの言う通り、ちゃんと言って貰わないと迷惑だ。
傷を放っておいて勝手に死なれても、困る。
癒しの水が暫く残り続ける様に、更に魔力を込め、頭部から手を放す。
そのまま青年の腹部へと右手を動かし、癒しの水で腹を包み込む。
雑な治癒だが、取りあえず里へ戻るまでの応急処置だ。
頭を怪我した青年は、これで十分だろう。
問題は、左肩が裂けた青年だ。
こちらに集中しよう。
左肩を覆う癒しの水の魔力は、もう十分だ。
しかし、出血は止まっているが、これでは現状維持でしかない。
とは言え、俺は、深手の傷を治癒をする便利な魔法なんて知らない。
俺は、両手を患部から放した。
今は、ぶらりと垂れ下がった右腕の治癒が先だな。
肘から手首までの間……折れているのは、丁度真ん中あたり。
青年の右肘に手を当て、そこから癒しの水を伸ばす。
肘から先を全て包むように、癒しの水を纏わせ、魔力を込める。
痛みで歪んでいた青年の顔が、ようやく落ち着きを見せ始めた。
「マルク様、ありがとうございます」
「まだですよ」
「うむ。添え木をしたら、里へ戻るのじゃ。それまでは油断するでないぞ」
テラさんは、そういいながら青年の腕に添え木し始めた。
邪魔にならぬように、俺は手を放しながら自らの手に纏う癒しの水を消す。
当然、全ての患部には、魔法を残して。
テラさんの処置は手早い。
骨の位置を確認しながら、滑らかな動きで骨折部を木と蔓で固定した。
そして添え木に力が掛かるように、蔓で右肩と繋ぐ。
青年の折れた右腕は、肩から伸びる蔓に支えられ、彼の腹の前で落ち着く。
慣れた手つきだ。
俺がやると、もっと雑な添え木になってしまうだろう。
ドレイク先生にも小言を言われたっけ……まぁ、それは横に置いておこう。
「他に痛む所は?」
「いえ」
短い言葉だが、青年の声には活力を感じる。
うん、もう大丈夫だろう。
後は、本職である回復術士に任せよう。
「良し! マルク、お主ら。奴らがまた出る前に、里へ戻るぞい」
「「「はい」」」
テラさんが先頭、俺が一番後方につき、里へ向け歩き出した。
怪我をしている二人の足取りも、安定している。
さて、最後尾についた俺は、後方の警戒に集中せねばならない。
奴らがまた来るなら、俺の背からだろう。
魔力感知が利かぬ以上、耳と直感が頼りとなる。
土草を踏む足音に、葉の擦れる小さな音。
時折聞こえる動物達の動く音にすら、警戒を強める。
何も無いとは言え、誰かを守って進むというのは、やはり疲れるな……。




