577.話し合いにはお茶を
サブタイトルが500話と被っていましたので変更しました
里の長であるユーディアナ様の家も、他の家と変わらない。
いや、気持ち大きい気もするな。
ケルンさんは、やはり来訪の報せとして扉を叩くことは無く、ユーディアナ様の家に入っていった。里では、これが普通なのだろう。
「失礼します」「お邪魔するのじゃ」
「なっ! ユーディアナ様!」
先に入ったケルンさんが、何か騒いでいる。
ケルンさんを追って食卓のある部屋へ向かうと、ケルンさんに詰め寄られているユーディアナ様がいた。
肩より少し長く、波打つ銀の髪は、ユーディアナ様の流れる輪郭を際立たせている。実年齢は不明だが、見た目は六十程に見える女性だ。
だが、年を感じさせない立ち姿から、その衰えぬ活力が見え……ん? 前にお会いした時と違って、どこか、変だ。
ケルンさんに詰め寄られ、困った顔をしているからではない。
少し、元気がない?
顔も少し赤い気がする……お疲れなのだろうか?
「まだ起きてはいけません。早く寝室へお戻り下さい」
「ケルン。森と里に係わる大切な話し合いを、私抜きで行うつもりですか?」
「それは、御尤もですが……」
どうもユーディアナ様は、体調が優れないらしい。
口籠るケルンさんを援護するように、テラさんが口を挿んだ。
「これ、ユーディアナ。意地の悪い事を言うでない」
「テッラリッカ、マルク様、よく来て下さいました。ごゆっくり……っと言いたい所ですが、状況が状況ゆえ、お許しを」
「いえ、お気になさらずに」
俺とテラさんへ向け、丁寧に腰を折るユーディアナ様の動きは、緩慢だ。
テラさんは、頭を上げたユーディアナ様に近づき、彼女の手に触れた。
「うむ、それは気にする事ではないのじゃ。なる程のぅ……お主が体調不良ゆえ、パラサイトを焼くのに手間取っておるのじゃな」
「逆だ。奴らが多すぎる所為で、ユーディアナ様が無理をなされたのだ」
「本当に、お恥ずかしい限りです」
責任感の強い人なのだろうが、体調不良を恥じる必要などないだろう。
それが、問題解決の為に努力した結果なら尚の事だ。
まぁ、こう考えていても相手には伝わらない。そのままを口にしよう。
「ユーディアナ様、体調不良に恥も何も無いですから。ゆっくりお休み下さい」
「ええ、奴らの事は、我々にお任せを」
「そうじゃ。休まぬのなら、無理にでも寝床へ放り込むぞい」
「あら、テッラリッカ。貴女に後れを取る程、衰えてはいませんよ」
ユーディアナ様とテラさんが視線を交えている。
テラさん……なにも、体調不良の人相手に火花を散らさなくても……。
しかし、これでは埒が明かないな。
ユーディアナ様は、無理にでも話し合いに参加しようとするだろう。
そしてテラさんとケルンさんは、ユーディアナ様に休んで欲しいと……三人が話し続けていても、平行線のままかな?
この場合、俺が口を挿むべきか……多少の無礼は、許して貰おう。
「なら話し合いは、ユーディアナ様の寝室にて」
「マルク! それは――」
「カーカッカ。それは良いのぅ」
笑うテラさんに遮られた言葉は『無礼にも程があるぞ』だろうな。
御尤もである。
「テッラリッカ、お前まで――」
「良い案ですね。では、私はお茶を用意しましょう」
「お主は寝室じゃ。マルク、茶を頼む」
「はい。テラさんはユーディアナ様を」
「任せい」
「あら、困りました」と狼狽えるユーディアナ様の手を引き、テラさんは部屋を出ていく。
俺は、二人を見送りながら、茶の準備を始める事にした。
十分な魔力と、想像を。
ティーポットを用意し、茶葉を六匙、そして少し多めに湯を注ぎ入れる。
頭の中で茶葉が躍り、少しずつ湯の色に変化が生まれる。
「マルク。お前の発言一つで、面倒になったな」
ケルンさんが眉間を揉みながら、そう言った。
体調不良のユーディアナ様を、今回の問題解決に巻き込みたくは無いのだろう。
「たぶんですが、放っておく方が面倒なります」
「そうか?」
「はい。ちゃんと話し合った方が良いですよ」
俺の知り合い達が聞けば『どの口が言ってる』と思うかもな。
だが、大事な事だ。
「フッ。そうかもな。ならば俺達は、茶を用意するとしよう」
「それならば、既にお茶の用意は始めてますので」
俺が自分の頭を指差すと、ケルンさんは口元を小さく歪めた。
「その魔力か?」
「はい。なのでカップを」
「外には、変な魔法があるんだな」
ケルンさんは、そう言いながら小さな笑みを浮かべ、部屋を出ていく……いや、そもそもこの魔法って、テラさんが母に教えた魔法なんだけどな……まぁいいか。
「し、失礼致します」
「お待たせしました」
緊張と共に寝室へ進むケルンさんの後ろから、空のカップを持ち入室する。
ユーディアナ様の寝室を見て、少し親近感が沸いた。
今現在、上体を起こしたユーディアナ様が薄毛布に包まれている、大きめの寝台が一つ。その枕元に小さな卓が一つ。
他は、服の棚一つに、書き物が出来る机と椅子が一つずつ。
机の上には、魔工石の灯りを設置する為の細い台が置いてあった。
正直な所、質素というべき室内だろう。
ゆえに落ち着く空間だ。
「ありがとう御座います、マルク様。ケルンも、ありがとう」
「これは、私の楽しみの一つですから」「いえ、私は何も」
「ほれ、椅子は一つじゃ。早いもの勝ちじゃぞ」
寝台の端に座るテラさんが、椅子を指さす。
どちらが座るべきか、決まっている。
「俺はお茶の用意が。ケルンさん、どうぞ」
「すまんな」
椅子を寝台側へ向け、座るケルンさんから目を放し、俺は、木製のカップを机へ置いた。手持ちのままでも注げなくはないが、態々危険を冒す必要は無い。
「≪自然の息吹≫よ」
右手人差し指の先の先から、茶を注ぎ入れる。
色付いた液体が流れ出て、木製のカップを満たしていく。
カップから反射でもするかの様に、茶の香りが鼻をくすぐった。
四つのカップを七割ほど満たし、残りの茶は頭の中で保留としておこう。
おかわり不要なら、後で自分で飲むとするかな。
「ユーディアナ様、こちらへ置きますね」
「ふぅ、良い香り」
ケルンさんの前を横切り、寝台横の小さな卓へカップを置く。
テラさんとケルンさんには、直接持って貰おう。
木製のカップは、茶の熱を直接伝えず、底面が少し熱い程度であった。
「話し合いには、お茶が必要じゃ」
「頂くとしよう」
話し合いへ向け、口を潤すかの様に、三人はカップを口へ運んだ。
俺も一口。
口の中に広がる味わいの中に、小さな渋みが良い変調を生んでいる。
そして果実の如き甘い香りが、口から鼻へと抜け、香りが味へと変化した。
うん。まだまだだが、悪くない茶だ。
声にならぬ三人の吐息が聞こえる。
それが、何よりの茶の感想だろう。
柔らかなユーディアナ様の目元が、更に緩む様子を見れば、尚の事、言葉による感想は必要なかった。
寝室に茶の香りが漂い、それと共に穏やかな空気が流れていた。
だが、まったりし続ける訳にもいかない。
無礼ついでに、俺が事を運ぶことにした。
「では、ケルンさん。聞かせて貰えますか? アルケーの森を襲う問題を」
もし早く手を打たねばならぬ問題ならば、茶を飲んでる余裕は無いのだから。




