547.Aランク冒険者達は
誤字修正 文章修正 誤字報告感謝
満面の笑みを浮かべながら魔法の茶を飲むムウをキオに任せ、俺は、バルザックさんとサラスさんの待つ居間へと向かった。
右手にティーポットとカップを、左手にクッキー皿を持って。
「お待たせしました」
居間へ入ると、バルザックさんが馬の絵を真正面から眺めており、一方サラスさんは、ソファでだらけきっていた。
その細い体を背もたれに預け、ぐったりしている。
俺は卓へ荷物を置き、既に並べて置いてある二つのカップへ、茶を注ぎ入れた。
「サラスさん、お疲れですね」
「依頼で王都へ行って、邪竜の所為で、そのままとんぼ返り……疲れるわよ」
「魔術師は鍛え方が足りねぇんだよ」
馬の絵の前から戻って来たバルザックさんが、サラスさんの隣へドシッと座る。
揺れるソファに合わせて、だらけたサラスさんが体を起こした。
「あんたらがタフなだけよ。ありがと、マルク」
「へぇ、これが魔法で出した茶ねぇ……美味ぇのか?」
「それは、飲めば分かりますって」
二人はカップへ手を伸ばし、そのまま口へと運んだ。
俺も飲んでみる……熱さにも似た温かさの中にある、小さな渋みが、ほど良い。
それに魔法を使うたびに、茶の香りが強くなっている気がする。
だがそれは、魔法の安定性の無さを示しているのかもしれない……難しいな。
「ふぅ、中々いいじゃねぇか」
「あぁ……疲れが取れるわねー。これ、いいわ」
「ただ、前の茶の方が、味は良いよな」
バルザックさんから、真っ直ぐな感想が返って来た。
俺は同意の為に、首を縦に振る。
やはり、シャーリーの淹れてくれたお茶に比べると、味が一つ落ちる。
「ええ。まだ、良い茶葉で淹れた茶には、勝てません」
「へへっ。まだ、か。良いじゃねーか」
そこそこ熱い茶であるが、バルザックさんは既に一杯目を飲み干していた。
そして、剛腕が繊細に動き、二杯目の為にティーポットを傾ける。
鋭く、厳しい目が嬉しそうに曲がっているのは、見ていて嬉しいものだ。
「バルザック……私の分も、残しておきなさい」
「そこまでがぶがぶ飲まねぇよ」
そう言いながら、二杯目を口にし、喉を動かすバルザックさん。
こうして茶を飲む二人を見ながら、ゆったりまったりするのも良いが……そうもいかないな。きっと、二人も忙しいだろう。
ならばと、こちらから用件を切り出す事にした。
「屋敷に来た理由は、聞くまでも無く邪竜の事ですよね」
「ああ、マルク。おめぇも行くんだろ?」
「そのつもりです」
「やっぱり、そうよね」
やはり用件は、討伐隊への参加の確認だったか。
クッキーに手を伸ばす二人は、どちらも『当然だよな』と言わんばかりの顔をしていた。俺への印象は、誰も彼も同じの様である。
俺も二人に倣ってクッキーを一つ摘まもう。
邪竜の前に、チコさんの菓子屋に行かないとな。
「まぁ、恐らく、王都の奴らの予想通りに移動すんだろうな」
「全く、面倒よね」
バルザックさん達は、王都でも情報収集をしていたのだろう。
なら、情報屋から聞いた話は、しなくても良いか。
おっと。俺の参加を告げたは良いが、バルザックさん達がどうするか、聞いておかないと。
「鉄骨龍は動かないらしいですけど、バルザックさん達はどうするんですか?」
何枚目か分からぬクッキーを飲み込み、バルザックさんは平然と言った。
「行くぜ。俺達だけ、な」
「昨夜もそれで揉めたのよ。ギルマスとね」
サラスさんはそう言いながら、クッキーを口に放り込んだ。
続きは口にするつもりは、無いらしい。
代わりに言葉を続けるのは、バルザックさんだ。
「ビーチェのとこか俺達か、どっちか片方しか討伐隊に行かせねぇって言い出しやがってな。全く困ったもんだぜあの狸」
バルザックさんが『ビーチェ』と呼んでいるのは、ベアトリーチェさんの事だ。
Aランク冒険者ベアトリーチェパーティー。
鉄骨龍に四組いるAランク冒険者の中で、唯一女性がリーダーを務めるパーティーである。
調査、護衛、収集、討伐、捕縛……何でもこなせる人達だ。
精霊銀の細剣に自ら多彩な魔法を込め、最前線で戦うベアトリーチェさんの姿は、蝶が舞うかの如く美しく、そして毒蜂めいて恐ろしいと評判である。
そうか。
ベアトリーチェさんも、邪竜討伐へ行くつもりだったのか……。
ベアトリーチェさん達が死の危険から遠ざかる事を、喜ぶべきか?
戦力の低下を、悲しむべきか?
ピュテルの町に、実力者が残ってくれるのだ。嬉しい事、としておこう。
「まぁ、手持ちの戦力を減らしたくないんでしょう。モンスターは、邪竜だけじゃないですからね」
「あれ? 怒らないのね。意外」
「あはは。あれの政治に付き合う義理は、もうないですから」
「ハハッ、だな。で、ビーチェに邪竜討伐を譲って貰ったって訳さ」
バルザックパーティーとベアトリーチェパーティーの予定は分かった。
後、Aランクは、ワンダーパーティーとファルコンパーティーだが……ワンダーさんは、聞くまでも無い気がする。
まぁ、ベアトリーチェさんの話も出たし、話の流れで聞いておくか。
「ワンダーさんは、ダンジョンですよね」
「爺は爺で大変みたいだしな。元々、外の厄介事には興味ねぇだろうし」
「邪竜の目覚めに合わせて、ダンジョン内で異変が起こる可能性を考えて、って事らしいわよ。まっ、ダンジョンの事は、ワンダーさんに任せましょ」
「後は、ファルコンの野郎だが……」
バルザックさんが、そこで口を閉じた。
何か言いにくい事が……まさか! 死んで――獣の眼光が、俺を睨んだ。
「あっ? 違ぇよマルク。あいつ等、ピュテル防衛の後から音信不通なだけだぜ。いつもの事と言えば、いつもの事なんだけどな」
「たしか……東の海の古代遺跡を調べるとか言って、出てったきりよね」
「あいつ等、長ぇ時は、二月ぐらい戻って来ねぇからな」
「俺、ファルコンさん達の事、あんまり知らないんですよね」
モンスター討伐や、護衛などの荒事が得意な、バルザックパーティー。
ダンジョン探索には、モンスター討伐が付き物の、ワンダーパーティー。
単純に仕事が多くて、人の手が足りない、ベアトリーチェパーティー。
三パーティーからは、偶に助っ人依頼が出ていたので、俺も少しは交流がある。
だが、ファルコンパーティーは、洞窟や遺跡の調査を主な仕事としている。
モンスター討伐の手助けに行った事はあるが、正直どんな人かは憶えてすらいない。二十半ばの美形な男性だ。
アムや太陽伯よりは、柔らかな顔をしていた憶えがある。
うろ覚えだが。
「遺跡狂いの変人よ」
「ちと変わってっけど、普通の奴だぜ」
意見が二つに分かれているが、変わっている人で間違いないらしい。
だが、こういう人物評は、心に留めて置く程度で良い。
「まぁ、会う機会があったら、自分で判断しますね」
「ああ、そうしろ」
バルザックさんは、茶を一口飲み、会話を仕切り直す言葉を言った。
「まっ、Aランクで動くのが俺達だけだと、戦力が、ちっとばかし厳しいけどな」
「金獅子や騎士団も、あんまり当てに出来ないのよねぇ」
「フクロウと白蛇も動いているらしいですけど……どこまで通用するかは、分かりませんよね」
少し落ち込む空気の中で、茶を飲み落ち着く。
それはサラスさんも同じらしく、カップから離した口から息を溢していた。
「正直なとこ、人数が集まっても、死人が増えるだけよね」
「だよな。少数精鋭で行くしかねぇよ。十年前みたいにな」
その瞬間、サラスさんの手刀がバルザックさんの腹へと打ち込まれた。
だが、打ち込んだサラスさんの方が、痛そうに手を擦っている。
バルザックさんの体は、さぞ硬かろう。
だが、俺の事を気にして放たれた手刀は、少し嬉しい。
「別に気にしてませんから。父と母が邪竜に殺された事実は、事実ですけど」
「全く、無神経なのよこいつは」
「邪竜の話するのに、避けては通れねぇだろ? あの時のセツナさん達と同じことを、俺達もやってんだからよぉ」
今から『やる』ではなく『やってんだ』なのか……何をだ?
自然と首を傾げていた俺へ、サラスさんが説明をしてくれた。
「私達って、十年前、マリアさん達に追い返されたのよ。あなた達を邪竜討伐には行かせないって。今度は私達が、同じことを今朝もして来た訳」
「無駄死には、ねぇに越したことは無いだろ? あの時のセツナさん達の気持ちが、ちっとばかし分かっちまったよ」
「そっか。バルザックさん達の所にも……」
自分達も共に邪竜討伐へ行く、とバルザックさん達に申し出た冒険者達が、居たのだな……で、全員追い返したと。
しんみりとした顔で、三杯目の茶を飲むバルザックさん。
「ねぇ。もしかして、さっきの子達って」
「あぁん! キオ達もかよ! あいつ等は、十年早ぇよ」
「流石に断りましたよ」
「まっ、当然だな。誰かを守りながら戦える相手じゃねぇだろうしな……俺達だけで何とかするしかねぇよ」
バルザックさんの言葉に頷く自分が、それ程、焦ってもいない事に気付いた。
クッキーをサクッと食べながら、考える。
正直、戦力不足は否めない。
だが、バルザックさん達が共に戦ってくれるなら、百人力だ。
後は状況を確認して、皆と作戦を立て、全力で燃やし尽くすだけだな。
サラスさんが伸ばす手よりも先に最後のクッキーを奪取したバルザックさんは、何かを思い出したかのように目を見開き、俺を見た。
「って、聞きてぇことが有って来たんだよ。忘れる所だったぜ」
「討伐隊への参加の確認は、さっきしましたよね……何でしょう?」
「マルクが行くのは分かってたけど、それとは別に聞きたい事があったのよ」
そう言いながら、バルザックさんの手からクッキーを奪うサラスさん。
クッキーは、そのまま口の中へと消えていった。
バルザックさんは、奪われたクッキーを気にする素振りも無く、鋭い視線で、俺を真っ直ぐに見据え、口を開いた。
「なぁマルク。おめぇ、復讐の為に行くんじゃねぇだろうな」
聞きたい事って、それなのか……聞いてどうなる事でもないだろうに。
二人の視線が、俺に突き刺さっている……素直に答えるべきだな。
「違いますよ。王都にも知り合いがいますし。まぁそれに……命懸けで戦う人達の事は、出来るだけ手助けしたいじゃないですか」
金や信念の為に命を懸けるなら、勝手にすればいい。
だが、他者の命の為に戦える人は、助けたい……と思う。
俺の言葉を聞いたバルザックさんは、肩を揺らし、笑い始めた。
「アーハッハッハッ。そうか、なるほどな。なら良いんだよ」
「あー。ちなみに復讐の為だって言ってたら……」
「んー? おめぇの四肢をベキッと折って、一カ月ぐらいドレイクの所にぶち込んでやろうかと思ってたぜ」
「私は、ちょっと習得途中の魔法の実験台にしようかなって」
「えぇ……何それ怖い……止めて下さいよ、二人共」
どうやら何気ない答え一つで、生命の危機に瀕する所だったらしい……。
恐ろしや、恐ろしや。
二人は楽しそうにしているが……本当に、やりそうだからなぁ……。
「フッ、そうでもしないと、マルクってば勝手に行っちゃうでしょ」
「だな。手足折ろうが、這ってでも行きかねねぇ」
「俺はそんなに、危険人物じゃないですって」
バルザックさんとサラスさんが、俺の言葉を鼻で笑った。
息の合った動きである。
「何か言ってやがるぜ、こいつ」
「ほんと、困った子よね、マルクって」
「一体、お二人は、俺をどんな男だと思っているんですか?」
「どんなって、なぁ……」「どんなって、ねぇ……」
顔を見合わせ、呟く二人を見て、ろくでもない男だと認識されている事は、良く分かった……そしてそれが、身から出た錆だと言う事も。




