546.伝わらぬ説明
「マルク茶」
唐突に投げかけられた言葉を聞き、ムウを見る。
するとムウは、前髪で隠れて見えない目を俺に向けながら、空のカップを両手で持っていた。これは催促だ。
「分かったよムウ。今――」
「おーいマルク! 居るなら出てこい!」
扉を叩く音と共に、大きな声が響き渡った。
この渋い声は、バルザックさんの声だ。
「すまんムウ。ちょっと待っててくれ。キオ達も悪いな」
「バルザックさんっすね」
頷くムウと暢気なキオ、そして背筋をピンッと伸ばしたワコ、グルドン、ゼノリースを置いて、俺は出入り口へと急ぎながら、声を上げた。
「すぐに開けます」
出入り口を開けると、そこには彫りの深い顔の奥から、敵を射殺す鋭い眼光を放つ男、バルザックさんが立っていた。
大柄で、筋骨隆々な体つきは、それだけで屈強な戦士と分かる姿である。
流石に今日は、背に巨大な大剣を背負っていない。
まぁ、屋敷に持ってこられても、困るのだが。
そして、バルザックさんの後ろにもう一人。
笑いながら手を振る褐色の美女、魔術師サラスさんの姿が見えた。
彼らは、Aランク冒険者であり、特にバルザックさんは『巨人殺し』の異名を持っている凄腕の冒険者である。
「よぉ、居たな、マルク。入るぞ」
「おはよう、マルク。お邪魔するわね」
「おはようございます。食堂には、キオ達が来ているので、居間へどうぞ」
ずかずかと屋敷に入ったバルザックさんの足が、止まっていた。
何事かと思えば、キオパーティー五名が、廊下でバルザックさんを待ち構えていたのだ。そのまま、内四人は、腰を曲げ、礼を始めた。
「バルザックさん、サラスさん、お疲れさまっす」
「「「お疲れ様です」」」
腰を深く曲げる四人の横で、ムウも、会釈するように体を曲げていた。
「おぅ、お疲れさん」「お疲れ」
別に鉄骨龍に上下関係は無いのだが……まぁ、先輩は敬うべきなのだろう。
あれ?
俺ってそんなに敬われた事、無い様な……まぁ、お一人様の万年Cランク冒険者だったのだから、致し方なしか。
特に今は、元冒険者の無職、でしかないからな。
「お前達も、マルクに用事か?」
バルザックさんの問いに答えたのは、ワコであった。
「はい。ですが、もう済みましたので、私達は帰らせて頂きます。マルク先輩は、バルザックさんのご自由にどうぞ」
「「「どうぞ」」」
うん、ワコ、お前達……人の自由を勝手に切り売りするのは、止めような。
俺の思いとは関係なく、バルザックさんは、ガハハと笑っていた。
そして背をビシッとする四人とは違い、不満そうな顔をした少女が一人。
目元が見えなくても、ムウの感情表現は、豊かだ。
十中八九、俺の魔法の茶を飲めぬ事に、ご立腹なのだろう……そうだな。
「キオ、悪いがムウと一緒に残って貰って良いか?」
「いいっすよ」
「うん」
「良し。ワコ、グルドン、ゼノ、二人を借りるぞ」
ワコ達も、俺が二人を留めた理由が分かったのだろう。
三人は、硬直していた顔を、僅かに緩めた。
「先輩。キオとムウを頼みます」
「ああ。じゃあ、またな」
「「「失礼します」」」
少し緊張が解れたと思ったら、再びカチカチと堅い動きで、ワコ達は屋敷から出て行った……まぁ、相手はバルザックさんだから、仕方が無いか。
理解は、出来る。
「キオ、ムウ。食堂で茶を飲んだら、後は好きにしていてくれ。バルザックさん達は、先に居間へ……の方が良いですよね」
「んー。だな。いこうぜ、サラス」
「あんまりこの子達に聞かせる話じゃないわよね」
バルザックさんとサラスさんは、居間へと向かった。
廊下に残ったのは、俺とキオとムウだけだ。
さて、食堂へ戻るとしよう。
「ムウ。今、用意するからな」
「ありがとう」
「先輩って、良い人っすよね」
「むしろお前がな」
もう用事も無いのに、ムウの為に二つ返事で残った奴が何を言うか。
食堂へ戻るとそこには、空の五つのカップに、俺の飲みかけのお茶が一つ。
そして、いつの間にか空になっているティーポットと、皿に残ったクッキー。
片付けの前に、茶の準備とバルザックさん達だな。
俺はティーポットを取り、台所へ行き、中を――「≪水≫よ」――軽く濯ぐ。
こっちは、キオとムウの茶を淹れるティーポットだ。
カップ二つと、もう一つティーポットを取り出して、清潔である事を確かめる。
いつの間にか、ムウが隣に来ていた。
ワコ達の飲んだカップを、持って来てくれたらしい。助かる。
「ありがとうな」
「マルク茶」
「あはは。分かってるって。≪自然の息吹≫よ」
呪文を唱えると、用意していた魔力が魔法へと変わり、二本の指の先の先から茶が流れ出した。その分、想像の茶が少しずつ減っていく。
元々、五人と、ムウが飲む大量の茶、と考えていたので、多めに用意してある。
二つのティーポットの中に注がれる色鮮やかな茶が、容器から跳ね返る様に、香りを外へと漏れ出させていた。
悪くない香りだ。
遠くからドタドタと走る音が聞こえる。
何だ? と思っていたら、突如、サラスさんが飛び込んで来た。
そして、二つのティーポットに注がれる茶を、睨むように見て、言う。
「来た時から魔力を感じると思ったら、いつからそれ使えるようになったのよ!」
「ついこの間……サラスさんに相談してから三日? 四日後ぐらいですかね」
「マルク、あんた相変わらず無茶苦茶ね」
サラスさんに相談してから、本格的に覚えようと動いたのだ。
今、この魔法を使えるのは、サラスさんのお陰でもあるな。
想像上の茶、全てをティーポットへと注ぎ入れ終え、俺は魔法を止めた。
二つのティーポットの中には、二人と三人が飲むには多すぎる量が入っている。
だが、ムウもバルザックさんも、かなり飲むから大丈夫だろう。
「ムウ、温かいままでいいか?」
「いい」
まだ、茶を飲んでいないのに、ムウの口角がニヤリと上がっていた。
楽しみにしてくれるのならば、俺にとっては嬉しいだけだな。
「で? マルク? 魔法の使い方、教えなさいよ」
「えっと。頭の中で湯を用意して、その中で茶葉を躍らせて、暫く待つ。後は、そのまま出す感じで」
「マルクに聞いた私が馬鹿だったわ。先に居間に行っておくわね」
サラスさんは、呆れた様にそう言い、二つのカップを持って台所を出て行った。
「やはり、駄目か」
俺が魔法の説明をして、サラスさんに伝わった例がない。
ムウを見てみると、首を横に振っていた……ムウにも伝わらないか。
こうして二人の優秀な魔術師に否定されると、アムが魔術師である俺を評する時に使う『危ない奴』という言葉を、強く実感してしまうな……。
まぁ、気にしていても、仕方の無いこともあるさ。
俺は、嬉しそうなムウを引き連れ、キオの待つ食堂へと戻る事にした。




