548.頑なな思い
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「じゃ、向こうで会おうぜ」
「マルク。私達で邪竜をぶっ殺すわよ」
「あはは。はい、では現地で、また」
去るバルザックさんとサラスさんの背中を、出入り口にて見送る。
歩きながら、軽く手を振る背中は、大きく、頼もしい。
再会は、討伐隊の元へ行ってからになるだろうな。
バルザックさん達は、今日一日休んだ後、再び王都へ向け出発するそうだ。
一日掛けての道程を、行って、帰って、また行って……本当に大変だな。
サラスさんは、腰の心配をしていた。
痛めぬように、祈っておこう。
馬も新しく借りるらしい……そして、浮かぶ疑念。
俺は、いつピュテルの町を出れば良いのだろうか?
まぁ、夕方からミュール様との訓練だ。
その時にでも、状況確認も合わせ、相談するとしよう。
「あっ。もう帰っちゃったっすね……ちょっと話したかったっす」
食堂から顔を出したキオが、残念そうにそう言った。
その下から顔を出すムウは、無表情である。
「すまん。お前たちの事、忘れてた……うぉっ」
近くに寄って来たムウに、脇腹を指で突かれた……何の意思表示なんだ?
恐らく、怒っているのだろうな。
「もしかして、茶が美味しくなかったか?」
ムウは首を横にブンブンと振り、呟いた。
「美味」
「そっか。なら良かった」
「先輩の茶、温かくて美味かったっすよ」
「喜んで貰えて何よりだよ」
今日の茶も気に入って貰えたのなら、良き事だ。
キオは、食堂からムウの隣に移動し、俺へ頭を下げた。
「バルザックさんも帰ったので、俺も失礼するっす。茶も全部飲んでしまったっすから。ごちそうさまでした、っす」
「お粗末様。茶は、いつでも淹れてやるから、飲みに来い」
「っす。是非」
顔を上げ、笑うキオの顔は、まだあどけない。
まぁ、元気が一番だな。
ん? ムウの視線に気付いて――目元は見えないが――俺は視線を合わせた。
「どうした?」
「片付け」
「あー。俺がやるから気にするな。ほら、ワコ達が心配してるぞ」
ムウは大きく頷くと、俺の横を抜け、開けたままの出入り口へと移動した。
キオもそれに並び、二人して俺の方を向く。
「先輩。また来るっす」
「また」
「おう。またな」
並び、立ち去るキオとムウを見送り、俺は出入り口の扉を閉めた。
そして鍵を掛ける。
これは、癖と言うか、日常だな。
さてと、片づけをするか。
来客があると、自分が残った時に、少し寂しく思えてしまう。
卓の上に残る、茶を楽しんだ後を見れば、特に。
「本当に空だな」
食堂のティーポットを持ち上げ、空である事を確認した。
六杯分はあったはず……ムウ五杯にキオ一杯だな、恐らく。
あの小さく細い体に、よく入るものである。
自分の緩んだ口元を戻しながら、俺は台所へと向かった。
シャーリーとテッラリッカは、手を繋いで町を歩いていた。
二人の持つ荷物は少なく、屋敷で作る予定の料理の材料だけである。
残りは全てシャーリーの家へと、運んだ後だからであった。
「のぅ、シャーリーや」
「ん? なぁにテラさん」
「本当は、マルクと買い物に行きたかったのでは無いのかえ?」
「ううん。テラさんと一緒で、楽しかったよ」
柔らかく笑うシャーリーの笑顔を見て、テッラリッカは、そこに嘘は無いと感じた。だからこそ、テッラリッカは不思議に思う。
「シャーリーは変わらんのじゃな。アムもガランサも、町の者は少なからず、邪竜の目覚めによって、変わっておるのじゃ」
「お兄ちゃんやテラさんも?」
「うむ。マルクもわしも、悩む段階からは、既に抜け出しておるがのぅ……故にお主が不思議なのじゃ」
「んー? 何でだろうね?」
繋ぐ手が、僅かに揺れる。
考え始めたシャーリーの歩調に合わせる様に、テッラリッカは、歩みを緩めた。
そしてテッラリッカは、少し斜め上を見ているシャーリーを観察する。
明るい茶の髪が、日の光で薄く見える様を眺めながら。
「んー? たぶんでいい?」
「うむ。雑談じゃからのぅ。嘘でも間違いでも構わんのじゃ」
「嘘は吐かないよ」
シャーリーが口を尖らせ、テッラリッカへ向けた。
お道化る姿を愛らしく思い、テッラリッカの口角が上がった。
「じゃな。すまんのぅ。して、お主の心中とは如何に」
「そんな変な話じゃ無いよ。お兄ちゃんとは、いつも通りでいたいから、かな?」
「ふむ……シャーリーや、お主が望めば、マルクは全ての用事など捨てて、お主の側に居ると思うのじゃが……そうして欲しくは無いのかえ?」
「そうなったら、嬉しいかな。でも、それだと、お兄ちゃんがつまんないよ」
「マルクなら、むしろ喜ぶと思うのじゃがのぅ」
テッラリッカの呟きに、シャーリーが笑った。
繋ぐ手から、揺れがテッラリッカに伝わる。
「アハハ。かも、ね。でもそれはきっと、テラさんとでも同じだよ」
「わしは、そこまでマルクと長い付き合いではないのじゃ」
「時間を気にするお兄ちゃんじゃないよ。これは、絶対」
「そうだと、嬉しいのぅ」
テッラリッカが、握る手を少し強める。
シャーリーも、それに合わせ、ギュッと手を握り返した。
そこに痛みは無い。
「シャーリーや。マルクは、行ってしまうのじゃぞ……そしたら、当然、死は予見される未来の事じゃ」
「うん。マリアおばさん達も、それで亡くなったからね」
「なら、もっと、マルクの側に――」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんは必ず帰って来るから。だから、いつも通りで」
手が更に強く握られた。
テッラリッカは、その手に、何かを返そうとは思わなかった。
シャーリーの望むままに。
「頑なな所は、本に、似ておるのぅ……」
「だってお兄ちゃんの幼馴染だからねー」
「そうじゃな。そうでなければ、あ奴の幼馴染は務まらんのじゃ」
「うん」
シャーリーの笑顔は眩しかった。
その笑顔を見るテッラリッカは、少し不安に思いながらも、その笑顔を眺めていた。手は、決して離さぬ様に、繋いだままで。




