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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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534.たとえそれが夢幻であれど

 独り自室にて、お茶の香りで目を覚ました俺は、食堂へと向かった。

 そこにはいつもの様に、サラリとした美しい金の髪を(なび)かせ、柔らかに緩めた目で父を見るマリア母さんの姿があった。

 母の隣に座るのは、黒い髪に端整な顔つき、その中にひときわ目立つ鋭い目を持ったセツナ父さん……並んで座ると、絵になる二人だ。

 父と母の前には、カップが二つ。

 湯気立つお茶が、香りを俺の鼻にまで届けてくれる。

 (わず)かに憶えている、母のお茶の香りを。


「今日は遅かったな。おはようマルク」

「フフッ。お寝坊さんね。おはよう、マルク」

「うん。昨日、炎の魔法の訓練をし過ぎてね。ちょっと疲れたのかもしれない……おはよう、父さん、母さん」


 分かっている。

 これが夢だと言う事は。

 この卓と椅子しかない殺風景な食堂に、父と母が居る(はず)がないのだから。

 とうの昔に、死んでいるのだから。

 塵一つ残ることなく……。

 それでも俺は、二人の前に座る。

 丁度、毎朝シャーリー達と朝食を取る、いつもの席に。

 座った俺の前には、いつの間にかお茶が出されていた。

 母を見ると、口角を上げ、笑っていた。


「いただきます」


 俺は一言告げ、カップを取る。

 鼻をくすぐる香りは、柔らかで、甘い。

 だが、口に含むと、広がるのは香りだけで、味は無味であった。

 これは、母のお茶がこうである訳ではない。

 俺の記憶が、味を作り出せなかったのだろう。作り出したくないのだろう……。


「あったかい」

「そう、よかったわ。ねぇ、マルク。あなたのお茶を飲ませて」

「そうだな。母さんの茶も美味いが、マルクのも飲みたいな」

「ちょっと待って」


 夢なんだから、普段より速く出来る(はず)だ。

 魔力の準備と共に、想像の中で茶を用意する。

 三杯分の湯の中で、とっておきの茶葉を躍り踊らせる。

 時を加速させるかのように、抽出を早め、それでも美味しく出来る様に。

 丁寧(ていねい)に、丁寧に。

 父と母に、雑な茶は出せない……良し。


「≪自然(しぜん)息吹(いぶき)≫よ」


 態々(わざわざ)指で()し示さず、カップの上から直接茶を注ぎ入れる。

 何もない空間から流れ出る茶が、カップを満たしていく。カップを反射するように、周囲に香りを広げながら。

 カップの七割ほどで魔法を止め、俺は口を開いた。


「召し上がれ」


 父と母は、無言でカップを掴み、喉が一度だけ動く。


「ふっー、美味しい」

「あぁ、美味い。母さんの茶には、まだ届かないけどな」

「もぅお父さんったら、素直に褒めなさいよ」

「別に良いよ。俺の望みは、叶ったから」


 柔らかに微笑む母も、鋭い目を緩める父も、全て自分の夢の幻だ。

 それでも、こんな光景を、見てみたかったな。

 俺も一口、茶を飲む。

 温かで、薄い酸味と渋味。そして、口に広がる果物の様な芳醇(ほうじゅん)な香り。

 美味しい茶を、父と、母と共に。

 ただ、(しばら)く……ゆっくりと……。

 茶を飲み終えた母が、穏やかな声で、言った。


「ねぇ、マルク。考えはまとまったの?」

「まだ、かな?」

「時は、待ってはくれないぞ」


 父の言葉と共に、唐突に光景が様変わりする。

 殺風景な食堂で、座って茶を飲んでいた(はず)が……今は、遠くに見える戦場を眺めながら、俺は独り立ち尽くしていた。

 視線の先には、竜を(かたど)った黒い影……実像は見えない。

 そして、その前で言葉を紡ぐ母。剣を構える父の姿があった。

 銀の刀身を(きら)めかせ、ただ敵を見据える父。

 普段着ない黒のローブを身に(まと)った母。

 それは、最後に町で見た、二人の姿と一致している。

 夢なんだから、当然か。

 この後どうなるかは、ダニエルさんとジギさんから聞いた。

 父も母も、死ぬ。

 黒い炎に飲まれて。

 俺は、どうするべきなんだ?

 守りの魔法を? それは誰の為に?

 自分? それとも父と母に?

 それとも、周囲で倒れる顔が黒く塗りつぶされた冒険者達の為に?

 俺の体は、自然と走り出していた。

 竜へ、真っ直ぐに。

 それは、己の死を意味する行動だ。分かってる。

 それでも……夢でも……見捨てられる訳が無い。

 そこに居るのが、父でなくとも、母でなくとも。

 俺の手には、いつの間にか燃え盛る炎の剣が一本。

 母から受け継いだ、一本の剣が、赤々と燃え上がっていた。

 今一度、強く握りしめ、俺は呪文を唱えた。


「≪獣王(じゅうおう)跳躍(ちょうやく)≫」


 放った魔力が地を(えぐ)る。

 代わりに、俺の体は、黒い影の竜へ向け、跳んでいた。

 そして、迫る竜へ向け、炎の剣を振り下ろした。

 体の進む勢いのまま、炎の剣は、竜の肉を焼き切る。

 そして黒い影は、炎の浸食されるかの様に食われ、塵も残さずに消えていった。

 本物も、こんな弱ければいいのにな。

 こんな弱ければ、父も母も死なずに済んだのに……。


「何をしたいのか、決めたのね」

「さぁ? どうだろう……それでも、俺は守りたいんだ……俺が好きな人達を」

「ああ、俺達二人の意思は、思いは、俺達のものだ。マルクは、自分の道を進め」

「あはは。夢だからさ。言って欲しい言葉を、自分に言ってるだけなんだよね」


 俺がそう言うと、母がクスクスと楽しそうに笑い出した。


「夢だからって、何でも思い通りにはならないのよ」

「俺達は幻でも、お前の心の中で、響く声は本物さ。胸を張って、真っ直ぐ行け」


 笑う母と、目に弧を描く父。

 その姿は、本物であって欲しい。


「第一な、俺達はお前が邪竜に戦いを挑むのは、反対なんだぞ」

「そうそう。態々(わざわざ)危険な真似をしなくても、世界なんて、どこかの誰かが救ってくれるんだから、マルクは、お茶でも飲んでゆっくりしてる方が似合ってるわよ」

「そっか……ありがとう」


 もっと多くの言葉を返さないといけないのに、それしか言えない。


「マルク。まぁ、お前は、俺達の息子だからな……育て方間違ったかな?」

「間違ってないわよ。どんな風に生きたって、私達の息子なんだから。大丈夫よ」

「いま、無職だけどね」

「マルク。自分なりで良いから、稼ぎ口は見つけなさいよ」

甲斐性(かいしょう)が無いと、その、後で困るぞ……」


 父の目が、母から離れる様に明後日の方向を向いた……何故(なにゆえ)

 まぁ、良いか。気にする事ではないだろう。

 言葉は、胸に。

 何になれるかなんて分からないが、約束しておかないとな。


「分かった。まぁ、取りあえず邪竜倒してから考えるよ」

「ええ。そうしなさい」

「俺達は、お前の中で、見守ってるからな」

「俺の心配性は……父さん譲りかもね」


 そう言いながら、俺は炎の剣を消した。

 炎の照らす赤が消えると同時に、世界は消える。

 父の姿も、母の姿も。

 俺は独り、真っ暗闇の中で、ただ、立っているだけだ。

 光も、音も、何もない。

 俺は力を抜き、ゆっくりと待った。

 目覚めをもたらす、穏やかな揺れを。

 そして、想像する。

 目覚めた時に見える光景を……眩しくて、明るい、シャーリーの笑顔を。

 この夢は、目覚めと共に消えるだろう。

 それでも、この意思は、消えない。

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