533.幕間~再びの五長会議~
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ある屋敷の一室にて、五人の人物が集まっていた。
円卓には、五つの椅子が用意されており、既に全て埋まっている。
魔工石により照らされた室内は明るく、互いの姿もはっきりと見えた。
五人のうちの一人。見目麗しき男が、長い銀の髪を背もたれに触れさせながら、青い瞳で他の四人を見た。
この男の名は、レイディーン。
ピュテルの町を代理統治する太陽伯である。
町の長であり、太陽教の重鎮でもある彼は、開口一番に謝罪を述べた。
「このような夜分遅くに、申し訳ありません。まずは集まって頂いた感謝を」
「良いわよ。今日のお仕事は、もう終わってるから」
お道化る様に欠伸をしながら、甘い声で太陽伯へ言葉を返したのは、この場に置ける紅一点、プリシラであった。
商業ギルド『白馬の蹄』のギルドマスターである。
彼女は、ふわりとした薄い桃色の髪と棘の無い顔つきをしており、おっとりした印象を感じさせた。少し眠そうに目を細め、太陽伯を見ている。
プリシラの眠そうな目が覚めるような大声が、室内に響き渡った。
「俺も問題ない。だが今回、我ら精霊銀は、門外漢だな」
声の主は、筋骨隆々な巨体の上に、それに似合う彫刻じみた彫りの深い顔を乗せた男、ノックであった。
工房ギルド『精霊銀の槌』のギルドマスターである。
彼は背筋を伸ばし、岩の様に動かない。
「御託はいい。さっさと始めろ」
そう、しゃがれた声で吐き捨てる様にそう言ったのは、不機嫌そうな顔を隠そうともしない髭面の大男、ギルマスであった。
冒険者ギルド『鉄骨龍の牙』のギルドマスターである。
太陽伯を睨みつけても埒が明かぬとギルマスは、その視線を老人へと向けた。
その視線を受け、見事な白髭を貯えた老人が進行を促す。
「寝不足は老体に堪える。太陽伯、始めるとしようではないか」
豊富な長い白髪と表情一つ見せぬ荘厳な顔つきの老人の名はフィンスティング。
魔法学派『フクロウの瞳』の学派長である。
七十七の年を重ねた力強い視線は、太陽伯の青い瞳を貫いていた。
太陽伯は、平然と小さく頷く。
「では、五長会議を始めましょう。議題はもうお分かりですね」
「フンッ。邪竜の事だろう」
「はい。本日、邪竜の復活をアポロ様が感じ取りました。まずは、噂、ではなく真実として認識して頂きたい」
「真実もなにも、この国のみならず、近隣国の全ての民が、邪竜の復活は知っているだろう」
大きな声で水を差したのは、ノックであった。
その言葉を聞き、プリシラがクスッと笑い、口角を上げる。
「ノック君。確実な情報って大事よ」
「そうだな。すまない、邪魔をした」
「いえ。精霊銀の言葉の通りです。知らぬのは子供か幼子か……いえ、話を進めましょう。鉄骨龍、冒険者の動きと鉄骨龍の対応を皆に」
太陽伯の視線を受けたギルマスは、鼻で笑うように息を吐き出した。
「フンッ。既に知っているだろうが……我ら鉄骨龍としては、静観だ」
「それで良いのか?」
咎めるような視線を投げつけながら、ノックは大声でギルマスに問う。
それを、つまらぬものを見るが如き冷めた目で、ギルマスは視線を返す。
「十年前に我ら鉄骨龍が、どれ程の血を流したのか知らぬわけでは無いだろう。そして、その対価に何を得た? 何もだ。痛みも血も、次は王国軍や騎士、そして金獅子が払う番だ。それで守れないなら、そこまでだろう。王都の事など知るか」
ノックの顔に皺が寄り、渋いものを噛んだ様に変化した。
そしてノックが声を上げようと口を――その前に、プリシラの声が響く。
「ねぇ、ギルマス君。そもそも十年前とは、状況が違うよね? 邪竜って、本当に王都へ向かうの?」
その疑問にギルマスは、沈黙を返答とした。
代わりに答える太陽伯の口は、少々重く、鈍い。
「国は……保有するダークマターを利用して、他国への誘導を検討しているようです。愚かな事を考えるものです」
「十年前の仕返し……じゃないよね。国を守る為か……趣味悪いけど、嫌いじゃないわよ」
「俺は好かん」
「他国の事など、どうでも良いだろう」
プリシラ、ノック、ギルマスが、太陽伯の言葉に、それぞれの反応を示す。
そして学派長が、白い髭を手で撫で付けながら、口を開いた。
「だが、それは無駄だ」
「え? どういう事? お爺ちゃん」
目を見開いたプリシラの問いに、学派長は淡々と答える。
「十年前も、邪竜が目指していたのはダークマターではなく、王都北の遺跡だからだ。ダークマターは、再生と目覚めに関わるだけで、邪竜の誘導など出来ぬよ。邪竜は、存在そのものが黒い魔力によって出来ているゆえ、ダークマターの魔力には惹かれはせん」
「また、村が焼かれるのね……」
プリシラは、静かに目を伏せた。
ノックとギルマスは、眉間に皺をよせ、口を噤む。
顎に手を当て、学派長の言葉を聞いていた太陽伯が、学派長へ短く問う。
「王には?」
「伝えてある。行動までは関与しない」
「そう、ですね。国には国の意思と思惑があるでしょうから。この話は、言葉を重ねても無意味ですね。では、次にフクロウの動きを、お聞かせ願えますか?」
「邪竜は、一組織で戦える相手ではない。ゆえに他の者の動きに同調するしかあるまい。だが、学派員の中に、邪竜と戦う意思のあるものは居らんよ」
「お爺ちゃんやミネルヴァちゃんも?」
「ああ。動くのは戦うべき者達が戦ってからだ。それと副学派長は動かん。たとえ己が死のうがな」
学派長の戦わぬという宣言を聞き、ギルマスが声を上げた。
挑発するかの様に、不躾な視線を学派長へ向けて。
「フンッ。必要な時に役に立たんなら、何の為の力だ。恐れられた力も、振るわねば、ただの置物かお飾りだな」
「ならば、鉄骨龍とお主も、戦いに行けばよかろう」
その学派長の言葉には、十年前に戦いへ赴かなかったギルマスへの棘が含まれていた。そして、当然それを感じ取ったギルマスは、歯を鳴らす。
視線を交わし、火花を散らすギルマスと学派長。
血気盛んな二人の様子に溜息を吐き、プリシラが止めに入った。
「はいはい。喧嘩はだーめ。そういう事言いだしたら、皆してお手手つないで死にに行くお話になっちゃうから、ねっ? 今大事なのは、正しい情報の共有でしょ」
「だな。プリシラ殿。今知るべきは、教会の判断だ」
「すまぬな、白馬よ」
「チッ! 太陽伯、聞かせろ」
四人に注視された太陽伯は、その圧に顔色一つ変えず、一人一人に青い視線を向け、柔らかな語気で返事をした。
「討伐隊が結成されれば、回復術士と一部の聖騎士は送り出す事になるでしょう。討伐隊無しでは、我々だけで動く事はありません」
「教会も消極的、と。ピュテルの町周辺の守りは、任せて良いのよね?」
「はい。聖騎士団にお任せ下さい」
「フンッ。実際にモンスター共の矢面に立つのは、我ら鉄骨龍だがな」
吐き捨てるギルマスの言葉に、否定の反応は無かった。
言葉を投げつけられた当の太陽伯も、首を縦に振っている。
これ以上教会の話は不要、とばかりに、学派長が次の議題を提示した。
「では、白馬よ、物の動きはどうなっている?」
「えー。もう話は終わりでいいでしょ、ね、お爺ちゃん」
「物が無ければ、人は、生きる事も戦う事も出来ん」
「むー、分かったわよ……」
プリシラの説明が続く。
物の動きに問題は無く、籠城する程度の物資は確保してある事を。
長達の話し合いは、遅くまで続いた。
始まった時すら、人々が寝静まる時間であったにも関わらずに。




