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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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532.一日の終わりは湯船に

 今日は、見送りとは言え、フクロウの敷地へ続く門までは送らない。

 アムとは、近場の分かれ道で、さよならだ。


「いつでも遊びに来るのじゃぞ」

「はい。テラさん。じゃあね、マルク」

「ああ、アム、またな」


 軽く挙げた手を一振りし、美少年顔でキラリと笑うアムの姿は、(まぶ)しくて目が痛い。俺と居る時ぐらい、美少年の仮面は外して欲しいものだ……口が裂けてもそんな事は、言わないけど。

 赤い髪を揺らしながら立ち去るアムの後姿を、テラさんと二人、見送る。


「さて、わしらも帰るとするかのぅ」

「はい。訓練の続きをしないと」


 今日は、絶氷の棺の訓練はお休みである。

 ならば、その分の魔力は、炎の訓練に充てるべきだ。

 テラさんと二人、足は屋敷へ向け動き出した。


「うーむ。わしも何かマルクの役に立てれば良いのじゃがのぅ」

「居てくれるだけでも励みになりますから」

「それは嬉しいのじゃが、納得は出来ぬのじゃ」


 ふわりと広がる銀の髪から、長い耳がピンッと伸びていた。

 その張り具合から嬉しさよりも、納得出来ない事の方が大きいようだ。


「気にしなくても良いと思いますけどね」

「わしの矜持(きょうじ)の問題じゃからな」

「あの、無理とかはしないで下さい、テラさん」

「カッカッカ。分かっておる。わしに出来る事を考えておるだけじゃ」


 俺へ軽く顔を(かたむ)けながら、テラさんは口元をニヤリと歪めた。

 悪戯や悪だくみなら、まだいい。

 テラさんには、無理や無茶はして欲しくないな。

 その後は、屋敷に戻るまで『うーむ』という悩みの声を聞く事となった。

 自然と足は、訓練の為に庭へと進む。

 テラさんは、考え事をしながら休憩所の椅子に腰を下ろした。


「≪(かぜ)≫よ」


 日は落ち始めているが、まだ少し暑い。

 (わず)かに温度を下げた風を、休憩所の中を通しながら、ぐるりと循環させる。

 これで、テラさんも考えながら、ゆっくり休めるだろう。

 さて、俺は訓練に入るとしよう。

 

「≪魔力(まりょく)(かべ)≫、≪魔力(まりょく)結界(けっかい)≫、≪(かぜ)≫よ」


 空に魔力の壁。日除け、良し。

 周囲に魔力の結界。事故防止、良し。

 結界内に涼しい風を。涼、良し。

 後は炎を右手に宿すだけだ。集中しろ、集中。

 俺の中にある炎の想像を呼び起こす。

 それは炎帝竜さんの炎であり、子供の頃みた母の炎の剣であり、そして俺自身の炎だ。赤く、熱く、猛り燃え上がる、一つの炎。

 それを右手に生み出し、より強く、強く。


「≪炎帝竜(えんていりゅう)(ほのお)≫」


 呪文と共に生まれた炎は、俺の右手を焼かず、何ものも焼かず、俺がくべた魔力をひたすら喰らい続けた。

 訓練をひたすら続ける。何度でも、何度でも。




 テラさんが入った後のお風呂は、なぜか森の香りがする。

 湯船のお湯に手を刺し込むと、少し(ぬる)い。

 体を洗う時に、(ぬる)くなってしまったか。

 俺は刺し込んだ手から、お湯に魔力を流し、呪文を唱えた。


「≪(みず)≫よ」


 言葉に応え、魔力が魔法の力へと変わる。

 別に水を生み出している訳では無い。今は水を操っているだけだ。

 その中に炎の想像を加え、少しだけ湯船のお湯を温かくする。

 もう少し、もう少し……良し。

 この微調整こそが、魔道具では再現できぬ魔術師の(わざ)である。

 アムに言ったら、横っ(つら)()(ぱた)かれそうだな。

 俺は、足を入れ、そのまま腰を下ろした。

 体の先端から胸元まで、暖かさがジワリ、ジワリと伝わってくる。

 そして同時に、体の疲れが湯に溶け出していく錯覚があった。

 実際は、そんな事はない。そんな事はないが――


「ふぅ。気持ちいい……」


 錯覚で十分だ。

 体が温まると、少し緩くなった頭に考えが浮かんで来る。

 邪竜の事。

 みんなの事。

 俺の事。

 今日は、邪竜の魔力を感じた以外は、何の変哲もない一日であった。

 こんな何もない日が、続けば良いなと思う程に。

 だがそれが、このままでは続かない事は、分かりきっている。

 邪竜は、恐らくこちらへ来るとミュール様が言っていたが、その『恐らく』の精度は、かなり高いものだろう。

 それがどこぞやの魔術師の言葉ならともかく、ミュール様の言葉なのだから。

 十年前と同じであれば、村々を焼いて回りながら、邪竜の進む先は、王都。

 そう、ピュテルの町ではない。

 それでも……王都に居る、少ない知り合いの顔が浮かぶ。

 モーリアンさん。カミュ少年。ノワール。レオニード王。タキオンさん。メリィディーア様。トーマス少年。

 考え中、なんて言っていたけど、答え何て決まっているよな。


「助けないと……」


 死んでまで?

 答えに対し、次の疑問が、そう浮かんだ……浮かんでしまった。

 モンスターとの戦いは、いつだって命懸けだ。

 圧倒するだけの力が無ければ、油断一つで死ぬ。

 か細き力ならば、油断せずとも死ぬ。

 邪竜相手ならどうだろう?

 父と母がどうなったかは、話として知っている。ダニエルさん達からも聞いた。黒い炎に飲まれ、死んだ父と母の話は。

 戦いを避けたがる意識は、やはり恐怖からなのだろうか?

 その恐怖は死? それとも離別?


「ふぅ。分からん」


 風呂に入っただけで、答えが出るなら、苦労はしないな。

 みんなの事を思い浮かべよう。

 ガル兄もアムも、心配性なのは相変わらずだ。本当に、嬉しい事だ。

 夕食時の忙しそうなサンディも、疲れは見えず、元気で溌溂(はつらつ)としていた。

 リンダさんは、いつも変わらない。そこが、良い。

 ビィには、最近よく会えて、嬉しい限りだ。

 ハイスとは、結構長く顔を合わせていない気がする。仕事が忙しいのだろう。

 シャーリーは……いつだって可愛らしく、見ていて癒される。

 俺が日常を感じられるのは、シャーリーが居るからだろうな……何者にも代えがたい女の子だ。

 テラさんは、居てくれるだけで嬉しい。夕刻前の帰り道で、紛れも無い本心を伝えたつもりだったが、上手く伝わっていない気がしてならない。

 ミュール様は……実は、良く分からない。

 無職の俺に居る筈もない上司の様であり、友人の様であり、師匠の様であり、利害の一致した関係性の様でもある。


「本当に、わからないな」


 呟いた言葉が、浴室の中に響き渡った。

 他にも、色んな人の事が頭に浮かんで来るが、今は止めておこう。

 あぁ、自分の事は……どうでもいいな。

 魔法の訓練を、もっとしないと。

 湯船へ更に体を沈め、肩まで浸かる。

 お風呂は、心も体も癒してくれるが、悩みを解決はしてくれない。

 ふぅ。もう上がるか。


「マルクや。いつまで入っておるのじゃ」

「すぐ上がりまーす」


 思ったよりも、ぼぉーと考え事をしていた様だ。

 早く上がって、ゆっくり眠ろう。

 だけど、その前にもう少しだけ、湯船の誘惑に身を任せよう……。

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