524.アムの考え
アムは、目を伏せながら落ち着いた声で話し始めた。
「僕もディムローズ家の娘……貴族の端くれだからね。力ある者の務め、と言う事も理解しているよ」
「ああ」
俺は、小さな相槌だけを返す。
アムが、自分から貴族である事を口にするのは、珍しい。
恐らく真剣な話なのだろう。
「だけどそれはね、貴族の地位、王よりの領地の拝領、家名の誉れ、得られる金銭、そして生業。それらが得られてこそ成り立つものなんだ。それらが無い『務め』なんて、ただの欺瞞だよ」
「まぁ、無償の施しじゃ、飯は食えないからな」
家や土地を守っているなら、当然の事だろう。
「自ら強くなろうともしないのに、守って貰うのは当然。命を懸けるのは、マルク、君だ……これは、とても歪だと思わないかい?」
「まっ、昔は仕事でやってた事だからな……あまり考えた事、無かったよ」
少なくとも、冒険者ギルドを通して出された依頼は、それなりの金銭が支払われている。それは、一部を除いては、命を懸ける冒険者の手に渡る金だ。
命を懸けて戦う代わりに、金と名誉を得る。
非常に、分かり易い。
金を払ったのだからと、好き勝手言う頭の可笑しい依頼者も居るのだが……それはまた、別の話だ。
「そう、仕事なら対価が支払われるべきだ。でも、今の君は、違うだろう?」
「悲しいかな、未だに無職だな」
もう冒険者を辞めてから、二月ほど経っただろうか?
未だに何処にも属さず、俺は無職のままである。
「金も、名誉も、称賛も、職も、助けも、何もしない人達なんか、君に助けられる価値は無いよ」
「助けられる価値ねぇ……難しい事考えてるんだな」
そんな事を気にしていたら、助けられない命が多すぎる。
それでも、アムの言いたい事は、分かった。
命を懸ける価値があるか、ゆっくり考えろって言いたい訳だな。
言いたい事を言い終えたのか、アムは少女の顔に苦笑いを浮かべ、言った。
「強欲な女だと勘違いしないでくれよ」
「しないって。俺の為に言いたくない事も、言ってるんだろ? ありがとうな。まだ、少し時間が有るから考えてみるよ」
「ああ。もうバンディウス家の人間が、知らぬ誰かの為に命を失う必要なんてないんだ。それは本来、国や貴族が払うべき代価だからね」
「相変わらず格好良いな、アム」
言葉を間違えれば、自らが泥を被るかもしれないのに、言うべき事を言ってくれる。律儀で、情に深い、格好良い奴だ。
昔も今も、変わっていなくて、嬉しくなる。
「僕は、君の隣に立っていたいからね……命を懸ける戦いの隣に、立っていたかったよ」
「それは、ありがた半分、困った半分だな。出来れば安全な場所に居てくれ」
「知っているさ。僕じゃ力不足だって」
「違うっての。お前を守りたいんだ」
言ってて気恥ずかしかろうとも、これは、嘘偽りのない本心だ。
だが、これだけだと、告白じみた言葉になってしまう。
アムは、別段反応していないが、俺は言葉をつづける事にした。
「知っての通り、俺は基本突撃するから、隣に立たれると守れなくなるんだ……魔術師は、安全な後ろから前衛を助けるものだろ?」
とは言え、これは戦う魔術師の話だ。
アムは、魔法の実力はあっても、戦いの経験は乏しい。
だから、もっと後ろに。
アムにとって安全な所。今は、シャーリーやガル兄と同じ場所に。
「今は、邪竜との戦いでは、この町がそうだって言いたいんだね」
「そう。無理して戦いに出る程、馬鹿なことはないって」
そう。無理して、無茶して……結果出来上がるのは、昔の俺だ。
アムの望みが何であれ、俺と同じ失敗をさせる訳にはいかない。
「それは、俺を見ればわかるだろ?」
「フッ、危険や面倒を背負いすぎてるのは、自分でも分かっているんだね」
「少しはな……って、やっぱり俺が邪竜と戦う話になってないか?」
ガル兄もアムも、戦うなと言っておきながら、なぜか俺が戦いに行く事前提で話をしている。
アムが目で訴えている……何を今更、と。
「君は、邪竜討伐に行くよ……行ってしまうよ。僕やシャーリーが止めてもね」
「俺自身は、まだ考え中なんだけどな」
まぁ『止める』という行為は、裏返せば『行くと思っている』って事だよな。
自分でも分かっている。
何となく戦う事になるのだと……戦わないと、大勢の命が散ると。
だが、戦いに行く理由が、何となくでは御免だ。
だから今は『分からない』と言う事にしている事も、自分で分かっている。
またアムが、俺を見て笑っていた。
美少年の仮面を外し、少女の笑顔で。
「フフッ。なら僕と……シャーリーとガランサとテラさんとで、皆で逃げてみるかい? 邪竜とは無関係な遠くの国にでも。マルクと一緒なら、何処でだって生きていけるよ」
「それは、魅力的な話だな……」
そう。生きるのは、このピュテルの町である必要は無い。
皆が居てくれるなら、何処でだって生きていける……でも――
「それでも駄目だ。置いていくものも、皆に置いていかせるものも多すぎる。アムも、パトリシアさんやソニアさんを放っておけないだろう?」
「だね。シャーリーもガランサも、きっとテラさんにも。一杯あるだろうね」
「全部抱えては、行けないよな」
「残念ながらね」
この町を離れられない理由が、皆にもあるだろう。
店だったり、立場だったり……一番大きいのは、絡み付いた縁かな。
人と人との縁は、切り難い。
俺には俺の縁があって、アムにはアムの縁がある。
シャーリーにもガル兄にも、テラさんにもミュール様にも。
繋がった縁を全て抱えては飛べないし、縁を切って生きていける程、俺は賢くも強くもない。
結局、考えは守る事に収束してしまう。保守的な男だ、俺は。
そして、守る為には戦わないといけない。
ならば俺は――考えを中断するように、アムが言った。
「決断は、事態を見守ってからでも遅くはないよ。君は行くって断言しておいて何だけどさ」
「ああ。元から、そのつもりだよ。ミュール様からも情報は貰うつもりだから」
「そう。今は、自由に過ごすべきさ」
俺は頷き、半分意識から離していた右手の炎を見る。
変わらず燃える炎は、俺の右手を焼くことなく、燃え上がり続けていた。
だが、これでは訓練には、ならない。
「悪い、アム。少し集中するよ」
「邪魔をしてしまったね」
「いや。アムと話せて嬉しいさ」
「それは、他の女の子に言ってあげなよ」
「お前に言いたいんだよ」
「そっ、か……」
その言葉を最後に、沈黙が広がった。
俺を訓練に集中させるために、アムは口を噤んだのだろう。
俺は、視線だけでなく、意識も炎へと向ける。
炎よ、待たせて悪い。
俺は、右手の炎に魔力を注ぎ込んだ。
もっと熱く燃え上がらせるために。
戦う戦わないに関係なく、今の俺に出来るのは、己を鍛える事だけなのだから。




