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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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524.アムの考え

 アムは、目を伏せながら落ち着いた声で話し始めた。


「僕もディムローズ家の娘……貴族の端くれだからね。力ある者の務め、と言う事も理解しているよ」

「ああ」


 俺は、小さな相槌だけを返す。

 アムが、自分から貴族である事を口にするのは、珍しい。

 恐らく真剣な話なのだろう。


「だけどそれはね、貴族の地位、王よりの領地の拝領、家名の(ほま)れ、得られる金銭、そして生業(なりわい)。それらが得られてこそ成り立つものなんだ。それらが無い『務め』なんて、ただの欺瞞(ぎまん)だよ」

「まぁ、無償の施しじゃ、飯は食えないからな」


 家や土地を守っているなら、当然の事だろう。


「自ら強くなろうともしないのに、守って貰うのは当然。命を懸けるのは、マルク、君だ……これは、とても(いびつ)だと思わないかい?」

「まっ、昔は仕事でやってた事だからな……あまり考えた事、無かったよ」


 少なくとも、冒険者ギルドを通して出された依頼は、それなりの金銭が支払われている。それは、一部を除いては、命を懸ける冒険者の手に渡る金だ。

 命を懸けて戦う代わりに、金と名誉を得る。

 非常に、分かり易い。

 金を払ったのだからと、好き勝手言う頭の可笑(おか)しい依頼者も居るのだが……それはまた、別の話だ。


「そう、仕事なら対価が支払われるべきだ。でも、今の君は、違うだろう?」

「悲しいかな、(いま)だに無職だな」


 もう冒険者を辞めてから、二月ほど経っただろうか?

 (いま)だに何処(どこ)にも属さず、俺は無職のままである。


「金も、名誉も、称賛も、職も、助けも、何もしない人達なんか、君に助けられる価値は無いよ」

「助けられる価値ねぇ……難しい事考えてるんだな」


 そんな事を気にしていたら、助けられない命が多すぎる。

 それでも、アムの言いたい事は、分かった。

 命を懸ける価値があるか、ゆっくり考えろって言いたい訳だな。

 言いたい事を言い終えたのか、アムは少女の顔に苦笑いを浮かべ、言った。


「強欲な女だと勘違いしないでくれよ」

「しないって。俺の為に言いたくない事も、言ってるんだろ? ありがとうな。まだ、少し時間が有るから考えてみるよ」

「ああ。もうバンディウス家の人間が、知らぬ誰かの為に命を失う必要なんてないんだ。それは本来、国や貴族が払うべき代価だからね」

「相変わらず格好良いな、アム」


 言葉を間違えれば、自らが泥を被るかもしれないのに、言うべき事を言ってくれる。律儀で、情に深い、格好良い奴だ。

 昔も今も、変わっていなくて、嬉しくなる。


「僕は、君の隣に立っていたいからね……命を懸ける戦いの隣に、立っていたかったよ」

「それは、ありがた半分、困った半分だな。出来れば安全な場所に居てくれ」

「知っているさ。僕じゃ力不足だって」

「違うっての。お前を守りたいんだ」


 言ってて気恥ずかしかろうとも、これは、嘘偽りのない本心だ。

 だが、これだけだと、告白じみた言葉になってしまう。

 アムは、別段反応していないが、俺は言葉をつづける事にした。


「知っての通り、俺は基本突撃するから、隣に立たれると守れなくなるんだ……魔術師は、安全な後ろから前衛を助けるものだろ?」


 とは言え、これは戦う魔術師の話だ。

 アムは、魔法の実力はあっても、戦いの経験は乏しい。

 だから、もっと後ろに。

 アムにとって安全な所。今は、シャーリーやガル兄と同じ場所に。


「今は、邪竜との戦いでは、この町がそうだって言いたいんだね」

「そう。無理して戦いに出る程、馬鹿なことはないって」


 そう。無理して、無茶して……結果出来上がるのは、昔の俺だ。

 アムの望みが何であれ、俺と同じ失敗をさせる訳にはいかない。


「それは、俺を見ればわかるだろ?」

「フッ、危険や面倒を背負いすぎてるのは、自分でも分かっているんだね」

「少しはな……って、やっぱり俺が邪竜と戦う話になってないか?」


 ガル兄もアムも、戦うなと言っておきながら、なぜか俺が戦いに行く事前提で話をしている。

 アムが目で訴えている……何を今更、と。


「君は、邪竜討伐に行くよ……行ってしまうよ。僕やシャーリーが止めてもね」

「俺自身は、まだ考え中なんだけどな」


 まぁ『止める』という行為は、裏返せば『行くと思っている』って事だよな。

 自分でも分かっている。

 何となく戦う事になるのだと……戦わないと、大勢の命が散ると。

 だが、戦いに行く理由が、何となくでは御免だ。

 だから今は『分からない』と言う事にしている事も、自分で分かっている。

 またアムが、俺を見て笑っていた。

 美少年の仮面を外し、少女の笑顔で。


「フフッ。なら僕と……シャーリーとガランサとテラさんとで、皆で逃げてみるかい? 邪竜とは無関係な遠くの国にでも。マルクと一緒なら、何処(どこ)でだって生きていけるよ」

「それは、魅力的な話だな……」


 そう。生きるのは、このピュテルの町である必要は無い。

 皆が居てくれるなら、何処(どこ)でだって生きていける……でも――


「それでも駄目だ。置いていくものも、皆に置いていかせるものも多すぎる。アムも、パトリシアさんやソニアさんを放っておけないだろう?」

「だね。シャーリーもガランサも、きっとテラさんにも。一杯あるだろうね」

「全部抱えては、行けないよな」

「残念ながらね」


 この町を離れられない理由が、皆にもあるだろう。

 店だったり、立場だったり……一番大きいのは、絡み付いた縁かな。

 人と人との縁は、切り(がた)い。

 俺には俺の縁があって、アムにはアムの縁がある。

 シャーリーにもガル兄にも、テラさんにもミュール様にも。

 繋がった縁を全て抱えては飛べないし、縁を切って生きていける程、俺は賢くも強くもない。

 結局、考えは守る事に収束してしまう。保守的な男だ、俺は。

 そして、守る為には戦わないといけない。

 ならば俺は――考えを中断するように、アムが言った。


「決断は、事態を見守ってからでも遅くはないよ。君は行くって断言しておいて何だけどさ」

「ああ。元から、そのつもりだよ。ミュール様からも情報は貰うつもりだから」

「そう。今は、自由に過ごすべきさ」


 俺は(うなず)き、半分意識から離していた右手の炎を見る。

 変わらず燃える炎は、俺の右手を焼くことなく、燃え上がり続けていた。

 だが、これでは訓練には、ならない。


「悪い、アム。少し集中するよ」

「邪魔をしてしまったね」

「いや。アムと話せて嬉しいさ」

「それは、他の女の子に言ってあげなよ」

「お前に言いたいんだよ」

「そっ、か……」


 その言葉を最後に、沈黙が広がった。

 俺を訓練に集中させるために、アムは口を(つぐ)んだのだろう。

 俺は、視線だけでなく、意識も炎へと向ける。

 炎よ、待たせて悪い。

 俺は、右手の炎に魔力を注ぎ込んだ。

 もっと熱く燃え上がらせるために。

 戦う戦わないに関係なく、今の俺に出来るのは、己を鍛える事だけなのだから。

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