523.魔法の師
日除けの魔力の壁。涼む風。念のための魔力の結界。
そして燃える右手。
炎の力を高める為の訓練……なのだが、隣でアムが首を捻っている。
「また、マルクは変な訓練をしているね……それ、熱くないのかい?」
「燃やすものは選んでいるから、問題ないぞ」
「平然と言うね……簡単じゃないよ、それ。真似事なら簡単だけどさ。≪炎≫よ」
そう言って、アムは己の右手を眼前にかざし、そこに赤い炎を生み出した。
炎が、赤い髪をより赤く染める。
それは魔力の壁により作られた日除けの下では、より輝いて見えた。
その魔法の炎は、アムの右手を燃やす事は無い。
そして、アムはつまらないものを捨てるかのように手を振り、右手を包む炎を消し去った。魔力の残滓が、火花の様に散り、空気の中に溶けていく。
「本当に、ただの真似事さ」
「それも綺麗な魔法だけどな。まぁ俺は、ミュール様に直接教わったからだよ」
操作と選別は、主に地竜と戦う為に教わったのだが、恐らくミュール様はその先も見据え、俺に教えを与えてくださったのだろう。
アムは、少し嫌そうな表情を隠さずに、俺を見ている。
ミュール様に対して、思う所があるのかもしれない。
それでも、俺が初めてミュール様と出会ったあの時、アムの中にあった『氷の女王』への畏怖の感情とは違うものに思える。
その感情の名が何かは、俺には分からないけど。
「ミネルヴァ様に直接、ねぇ……それは一体、何の為にだろうね?」
「さぁ? ミュール様にも何か思惑は有るのかもしれないけど……俺は、手を借りてるだけだよ。俺がやりたい事の為にさ」
「まぁ、それはいいさ。君が君の考えで師事しているなら、僕は止めないよ。でも、その炎は、ミネルヴァ様の魔法じゃないよね?」
「おっ。流石に良い目をしてるな」
魔法を見ただけで、違いが分かるとは。
アムは、フッと息を払った。
「その訓練もだけど、一体誰に教えを受けたんだい? まさか、テラさん?」
「いや、これは炎帝竜さんだよ」
「……ん? 何を言っているんだい? どうやったら竜に魔法を教わるのかな?」
「ん? 普通に」
あれ? フクロウの瞳と北の山に住む炎帝竜さんは、協力関係にあった筈……学派員には、それほど広まってない話なのか?
えっと、一から話した方がいいのだろうか?
「ええと。アム。炎帝竜さんってのはな……」
炎帝竜さんは、竜ではあるがモンスターでは無く、精霊に近い存在である事。
人語を自在に操り、威厳ある姿に似合わず気さくな竜である事。
母も魔法を教わった事。そして、俺も教えを受けた事。
パック調査隊の事や、モーリアンさんから聞いた話は、別に良いだろう。
「……てな訳で、この炎と訓練は、炎帝竜さんから教わったものなんだよ。あっ、あんまり言い広めるなよ。お前だから話したんだからな」
俺は燃える右手を見せながら、アムに炎帝竜さんの事を伝えた。
驚き、頷きながら話を聞いていたアムが、ふと、ジトリと俺を見た。
「マルク。あちこちに師を作る事を、僕は感心しないよ」
「普通、魔法の師は何人も作らないか……俺って恵まれてるよな」
母の教えだけではない。
テラさん。ミュール様。炎帝竜さん。皆、素晴らしい師匠達である。
普通は、モーリアンさんに師事するムウやカミュ少年、そして、俺の母を師とするアムの様に、魔法の師は一人だけだ。
「恵まれている、か……マルクらしい言い回しだね」
「素直に言ってるだけだって。実際、俺と同じ教えを受けられる魔術師なんて、そうそう居ないだろ?」
「教えに耐えれる魔術師なんて居ない、の間違いだよ。今も垂れ流している魔力といいね」
「あはは。この魔力量だけは、俺の数少ない自慢の一つだからな」
「魔力量だけは、本当に羨ましいよ。特に、絶氷の棺の習得訓練をしているとね」
そういえば、魔法球を貸してから、その進捗を一度も聞いていなかったな。
まぁ、母の魔法であり強力な氷結の魔法『絶氷の棺』は、一日二日で習得できる魔法ではない……していたら、俺がへこむ。
「順調か?」
「まだまだだよ。邪竜が目覚めるのが、もし一月遅かったならば、僕も君の力になれたのにね」
「だから――」
「まだ『分からない』だよね?」
美少年顔でクスリと笑っているが、アムの中では、もう答えが決まっているようだ。俺が、どうするかの答えが。
「さっきは、ガランサとテラさんが居たから言わなかったけどね……」
アムは、そこで言い淀む。
そして、暫し沈黙を守った後、意を決した目で俺を見つめ、続きを言った。
「マルクは、マルクだけは、邪竜とは戦うべきじゃないと思っているよ」
「ガル兄も似たようなこと、言ってたよ」
「きっとガランサとは、考えが違うよ。僕は、あんな町の……王国の人々の為に、マルクが戦うべきじゃないと考えているのさ」
あんな、ねぇ……アムが、町民や国民をどう見ているかに、俺は何も言えない。
俺も、ろくな感想は持っていないからな。
「別に俺は『人々を守る』なんて高尚な意思で戦ってる訳じゃないぞ」
何の為に戦ってるのか問われても、困るけどな。
アムは、俺の言葉には直接答えずに、次の質問をする。
「マルクは、不思議と町が落ち着いている事を知っているかい?」
「あぁ……ミュール様がそんな事、言ってたな」
邪竜の目覚めにより放たれた不快な魔力は、たとえ魔術師でなくても違和感を覚えた筈だ。町の人々だって、異変を感じ取っていても可笑しくはない。
それでも、ミュール様曰く『想像よりは落ち着きを保っています』らしい。
「その理由の一端を、フクロウ内や、この屋敷に着くまでに耳にしてね……」
そこで言葉を止め、アムは、眉に小さく皺を寄せた。
その表情から、ろくでもない話だと言う事は、分かる。それでも続きを尋ねる。
「何を聞いたんだ?」
「邪竜は……『マルクが何とかしてくれる』ってさ……」
ん? 何だそれ?
邪竜に立ち向かうという事の意味を、理解しながら言っているのか、そいつ?
それは、死を意味するのに……。
「何と言うか、無責任な奴だな、そいつ」
「そいつ、じゃないよ。そいつら、さ」
あぁ、フクロウと屋敷までの道中で聞いたんだっけ……そんな事を言っていたのは、一人、二人じゃないと……恐怖で混乱し、暴れ出すよりは、まだマシか。
それでも、無責任にあれこれ言われるのは、気分の良い話ではない。
アムが、俺を見て小さく笑った。
眉間に皺の寄った顔から戻って嬉しいが、何故だ?
また俺が、変な顔でもしていたか?
「フフッ。マルクが町の人の話なんて、気にする必要はないさ」
「別に気にしてないって」
町の人が、俺に何を望んでいるか? なんてどうでも良い話だ。
実害がなければ、少し気になるだけである……。




