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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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523.魔法の師

 日除けの魔力の壁。涼む風。念のための魔力の結界。

 そして燃える右手。

 炎の力を高める為の訓練……なのだが、隣でアムが首を(ひね)っている。


「また、マルクは変な訓練をしているね……それ、熱くないのかい?」

「燃やすものは選んでいるから、問題ないぞ」

「平然と言うね……簡単じゃないよ、それ。真似事なら簡単だけどさ。≪(ほのお)≫よ」


 そう言って、アムは己の右手を眼前にかざし、そこに赤い炎を生み出した。

 炎が、赤い髪をより赤く染める。

 それは魔力の壁により作られた日除けの下では、より輝いて見えた。

 その魔法の炎は、アムの右手を燃やす事は無い。

 そして、アムはつまらないものを捨てるかのように手を振り、右手を包む炎を消し去った。魔力の残滓(ざんし)が、火花の様に散り、空気の中に溶けていく。


「本当に、ただの真似事さ」

「それも綺麗な魔法だけどな。まぁ俺は、ミュール様に直接教わったからだよ」


 操作と選別は、主に地竜と戦う為に教わったのだが、恐らくミュール様はその先も見据え、俺に教えを与えてくださったのだろう。

 アムは、少し嫌そうな表情を隠さずに、俺を見ている。

 ミュール様に対して、思う所があるのかもしれない。

 それでも、俺が初めてミュール様と出会ったあの時、アムの中にあった『氷の女王』への畏怖の感情とは違うものに思える。

 その感情の名が何かは、俺には分からないけど。


「ミネルヴァ様に直接、ねぇ……それは一体、何の為にだろうね?」

「さぁ? ミュール様にも何か思惑は有るのかもしれないけど……俺は、手を借りてるだけだよ。俺がやりたい事の為にさ」

「まぁ、それはいいさ。君が君の考えで師事しているなら、僕は止めないよ。でも、その炎は、ミネルヴァ様の魔法じゃないよね?」

「おっ。流石に良い目をしてるな」


 魔法を見ただけで、違いが分かるとは。

 アムは、フッと息を払った。


「その訓練もだけど、一体誰に教えを受けたんだい? まさか、テラさん?」

「いや、これは炎帝竜さんだよ」

「……ん? 何を言っているんだい? どうやったら竜に魔法を教わるのかな?」

「ん? 普通に」


 あれ? フクロウの瞳と北の山に住む炎帝竜さんは、協力関係にあった(はず)……学派員には、それほど広まってない話なのか?

 えっと、一から話した方がいいのだろうか?


「ええと。アム。炎帝竜さんってのはな……」


 炎帝竜さんは、竜ではあるがモンスターでは無く、精霊に近い存在である事。

 人語を自在に操り、威厳ある姿に似合わず気さくな竜である事。

 母も魔法を教わった事。そして、俺も教えを受けた事。

 パック調査隊の事や、モーリアンさんから聞いた話は、別に良いだろう。


「……てな訳で、この炎と訓練は、炎帝竜さんから教わったものなんだよ。あっ、あんまり言い広めるなよ。お前だから話したんだからな」


 俺は燃える右手を見せながら、アムに炎帝竜さんの事を伝えた。

 驚き、(うなず)きながら話を聞いていたアムが、ふと、ジトリと俺を見た。


「マルク。あちこちに師を作る事を、僕は感心しないよ」

「普通、魔法の師は何人も作らないか……俺って恵まれてるよな」


 母の教えだけではない。

 テラさん。ミュール様。炎帝竜さん。皆、素晴らしい師匠達である。

 普通は、モーリアンさんに師事するムウやカミュ少年、そして、俺の母を師とするアムの様に、魔法の師は一人だけだ。


「恵まれている、か……マルクらしい言い回しだね」

「素直に言ってるだけだって。実際、俺と同じ教えを受けられる魔術師なんて、そうそう居ないだろ?」

「教えに耐えれる魔術師なんて居ない、の間違いだよ。今も垂れ流している魔力といいね」

「あはは。この魔力量だけは、俺の数少ない自慢の一つだからな」

「魔力量だけは、本当に羨ましいよ。特に、絶氷の棺の習得訓練をしているとね」


 そういえば、魔法球を貸してから、その進捗(しんちょく)を一度も聞いていなかったな。

 まぁ、母の魔法であり強力な氷結の魔法『絶氷(ぜつひょう)(ひつぎ)』は、一日二日で習得できる魔法ではない……していたら、俺がへこむ。


「順調か?」

「まだまだだよ。邪竜が目覚めるのが、もし一月遅かったならば、僕も君の力になれたのにね」

「だから――」

「まだ『分からない』だよね?」


 美少年顔でクスリと笑っているが、アムの中では、もう答えが決まっているようだ。俺が、どうするかの答えが。


「さっきは、ガランサとテラさんが居たから言わなかったけどね……」


 アムは、そこで言い(よど)む。

 そして、(しば)し沈黙を守った後、意を決した目で俺を見つめ、続きを言った。


「マルクは、マルクだけは、邪竜とは戦うべきじゃないと思っているよ」

「ガル兄も似たようなこと、言ってたよ」

「きっとガランサとは、考えが違うよ。僕は、あんな町の……王国の人々の為に、マルクが戦うべきじゃないと考えているのさ」


 あんな、ねぇ……アムが、町民や国民をどう見ているかに、俺は何も言えない。

 俺も、ろくな感想は持っていないからな。


「別に俺は『人々を守る』なんて高尚な意思で戦ってる訳じゃないぞ」


 何の為に戦ってるのか問われても、困るけどな。

 アムは、俺の言葉には直接答えずに、次の質問をする。


「マルクは、不思議と町が落ち着いている事を知っているかい?」

「あぁ……ミュール様がそんな事、言ってたな」


 邪竜の目覚めにより放たれた不快な魔力は、たとえ魔術師でなくても違和感を覚えた筈だ。町の人々だって、異変を感じ取っていても可笑(おか)しくはない。

 それでも、ミュール様(いわ)く『想像よりは落ち着きを保っています』らしい。


「その理由の一端を、フクロウ内や、この屋敷に着くまでに耳にしてね……」


 そこで言葉を止め、アムは、眉に小さく(しわ)を寄せた。

 その表情から、ろくでもない話だと言う事は、分かる。それでも続きを尋ねる。


「何を聞いたんだ?」

「邪竜は……『マルクが何とかしてくれる』ってさ……」


 ん? 何だそれ?

 邪竜に立ち向かうという事の意味を、理解しながら言っているのか、そいつ?

 それは、死を意味するのに……。


「何と言うか、無責任な奴だな、そいつ」

「そいつ、じゃないよ。そいつら、さ」


 あぁ、フクロウと屋敷までの道中で聞いたんだっけ……そんな事を言っていたのは、一人、二人じゃないと……恐怖で混乱し、暴れ出すよりは、まだマシか。

 それでも、無責任にあれこれ言われるのは、気分の良い話ではない。

 アムが、俺を見て小さく笑った。

 眉間に(しわ)の寄った顔から戻って嬉しいが、何故(なぜ)だ?

 また俺が、変な顔でもしていたか?


「フフッ。マルクが町の人の話なんて、気にする必要はないさ」

「別に気にしてないって」


 町の人が、俺に何を望んでいるか? なんてどうでも良い話だ。

 実害がなければ、少し気になるだけである……。

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