509.御伽噺の騎士
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三つのカップは、直ぐに空になってしまった。
なので俺は、もう一度魔法の準備を進め、茶の準備をする事にした。
「モーリアンさん。ペンネールとの話し合いは、如何でしたか?」
「淀みの剣の守りは、概ね問題ない。ペンネールも口ではあれこれ言いながらも、学派長の役割は、良く、正しくこなしている」
「そうでなければ、彼女に任せた意味がありませんので」
そのミュール様の言葉には、信頼を感じる。
ペンネールさんは、どこかオドオドした印象の人であったが、恐らく優秀な人なんだろうな。そして良き人なのだろう。
「ボルケイヌにブラッケン……全く、奴らも馬鹿をしたものだ。ペンネールも、フクロウの協力には感謝をしている様だよ。私はどうでも良いがね」
「白蛇に嫌気がさしたら、いつでもフクロウに来て下さい。モーリアンさんとお弟子さんなら、歓迎しますよ」
「フッ。君が欲しいのは封印魔法だけだろう? だがその時は、ピュテルで隠居するのも悪くないかもしれないな」
モーリアンさんが、俺を見て目を更に細めた。
理由は分からないが、その優しい視線を真っ直ぐに受け止める。
隣から、楽し気なミュール様の声が聞こえた。
「マルク。あなたがピュテルに居るからですよ」
え? そんな理由?
だが、ミュール様が冗談で言っている様には聞こえない。
ピュテルの町にモーリアンさんが居たなら、楽しそうだな。
だがそれは、俺が嬉しいだけでは無いのだろうか?
「確かに、頻繁に会えるなら、俺も嬉しいです」
「ミネルヴァ。それは言う事ではないだろう」
「ウフフ。言わねば、マルクには伝わりませんよ」
「話が逸れた。戻そう」
モーリアンさんは、小さく咳ばらいをし、そう言った。
少し顔を赤らめている姿は、歳を関係なく可愛らしいものだ。
「フフッ。そうですね。では封印の件に戻りましょう。淀みの剣を封印するために足りぬ物は、何かありませんか?」
「必要なのは、封印に必要な膨大な魔力と、その受け皿となる大量の魔石だけだ。まぁ、タキオンが動いているから、フクロウの助力は不要だよ」
朝の話し合いでも、魔石の融通について、タキオンさんが約束していたな。
それと膨大な魔力か。
「モーちゃん。魔力が必要なら、俺の魔力を使っても良いですよ」
「魅力的な提案だが、必要ないよ。宮廷魔術師や白蛇の奴らも、自分や組織の為だけでなく、偶には世界の為に魔力を使うべきだと思わないかい?」
「世界の為、ですか?」
「そう、大袈裟に言っている訳ではないよ。マルク少年。正真正銘、世界の為さ」
モーリアンさんは、真っ直ぐに俺を見ながら大真面目に、そう言った。
世界の為、ねぇ……実感の湧かない言葉だ。
俺は、手の届くご近所だけでも精一杯であるのに。
「マルク。あなたは、あの淀みの剣を、どう見ますか?」
「どう見るか、ですか? 少しお待ちを」
魔法の茶を頭で作り続けながら、少し考えてみる。
パック先生は言っていた。あれは精霊を黒く変質させた原因であると。
あの時の黒い炎帝竜さんを見れば、それが精霊に向けられた場合どうなるかなど、一目瞭然だ。黒い魔力に抵抗を続けられたのも、炎帝竜さん程の強大な力を持った存在だからだ。
あの剣は、魔力そのものを侵し、変質させる剣だ。
あれを、人に、いや全ての存在に使えば、どうなるだろう……黒に飲まれた世界が頭に浮かぶ。
町も、人も、動物も、モンスターも区別なく飲み込む、黒に。
「悪意の持った者の手に渡れば、町も王都も黒に飲まれて消えますね……正直、人の世に、有ってはならない剣だと思います」
「正解です。黒い魔力に根本から作り替えられた存在を、同一存在と言えぬのならば、あの剣に侵された時点で、死と同義です。それは命も物も同じこと」
「他者を何とも思わぬ奴らの手に渡れば、ただあの剣で適当に斬り付けて回るだけで、王都ぐらいは簡単に崩れ去るだろうね。本当に、君が回収してくれて助かったよ、マルク少年」
ミュール様もモーリアンさんも、誇張なしにそう言っている様だ。
危険な代物を入手したと、あの時思ったが、俺の想像の及ばぬ程に危険な代物らしい……そんな物を双頭の白蛇に預けて大丈夫か?
「マルク。大丈夫ですよ。モルス、炎帝竜、マルクと渡り、事が大きくなる前に回収したお陰で、多くの者の耳に入る前に封印出来ますから、心配は無用です」
「白蛇が信用できないのは、分かるよ、マルク少年。だが、今、君の与り知らぬ所で淀みの剣の守りに就いている人達は『正しき者』と呼べる人達だと私が保証しよう。だから、そんな不安げな顔をする必要はない」
「そんな顔、してましたか?」
「ええ」「ああ」
二人は、余裕に満ちた微笑で、俺を見ていた。
柔らかで、落ち着く大人な笑顔だ。
モーリアンさんはともかく、ミュール様は、見た目的には俺より少し上にしか見えないのに、振る舞いと内面から大人が滲み出ている。
お茶目な所も好きだが、落ち着いたミュール様も、良い。
「お二人ほどの方が、心配無用と言うなら、大丈夫ですね」
「そうだよ。全てを君が背負う必要は無い」
「ですがマルクは、手が届くなら伸ばしてしまう男ですから。困ったものです」
「ミュール様。俺は、そんなに何でもかんでもな節操無しじゃ無いですって」
「なら、私だけを守ってくれませんか?」
ミュール様を守る? その必要があるのかはともかく、必要ならば守る。
それは間違いない。
だが『だけ』となると、答えが出ない……。
沈黙しても、取り繕っても仕方が無い。素直に答えよう。
「すみません。他にも手を貸したい人が居るので」
「フフッ、分かってます。マルクが、誰か一人の為だけに名と命を懸ける御伽噺の騎士になど成れぬ事は……昔から、知っていますから」
「おや? ミネルヴァも、中々にロマンティックだね」
「空想と情熱は、魔法の原動力ですよ」
「ハハッ。確かにそうだね」
ミネルヴァ様も、騎士に憧れる気持ちはあるのか……意外だ。
困難にも一人で立ち向かいそうな、そんな印象があった。
いや、だからこそ騎士に憧れるのかもしれないな。
まぁ、今のが本心ではなく、ただの冗談の可能性の方が高いだろうけど。
「ふぅ。また話が逸れてしまった。逸れたついでに、お茶を貰っても良いかな? マルク少年」
「あっ、はい……≪自然の息吹≫」
想像の中の茶の抽出を止めるのを、忘れていた。
二人からカップを受け取り、呪文と共に茶を注ぎ入れる。
先程よりも濃い香りが、鼻を刺激した。
茶としては、今度も成功しているだろう……問題は、味だ。
三つのカップに、七割ほど茶を満たし、魔法を止め、二人へ渡す。
「「ありがとう」」
清涼を感じる声と、柔らかな声が重なった。
この声だけで、茶を出した甲斐があるというものだ。
さて、お味は……渋い。
「少し濃い。渋いのも、まぁ味わいかな」
「安定しませんね。望んだ変化ならば良いですが、望まぬ結果ならば精進を」
今回のは、改善の為の変化ではなく、望まぬ結果だ。
上達するには、何度も繰り返して、体と魔力に染み込ませるしかない。
「はい。反復練習あるのみ、ですね」
「それが魔法訓練の基本です」
「本当にそこだけは、ミネルヴァと意見が合う所だよ」
この渋い茶も、覚えておこう。
渋くても飲んでくれる二人の姿を目に焼き付けながら、俺も茶を飲む。
渋いのは、淀みの剣の事を考えたからなのだろうか?
それとも、単純に想像の時間を間違ったからなのか?
基本を習得出来たら、後に試してみよう。
飲む人の笑顔を引き出せるように。




