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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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510.仮面を外して

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 話をしていると、扉の開く音がした。

 来客を(しら)せる黒猫か?

 とも思ったが、足音が聞こえる。これは、カミュ少年のものだ。

 そのまま食堂を覗き込むように、青い髪を揺らしながらカミュ少年が現れた。

 カミュ少年の目は、モーリアンさん、俺、ミュール様と捉え……最後に再び俺を見た。カミュ少年と視線が重なる。


「兄ちゃん。やっぱ暇そうだな」

「暇じゃないよ。お茶か?」

「何でお茶なんだよ。明日の分まで買い出しに行きたいから、兄ちゃんに店番代わって欲しいんだよ」


 (あき)れた顔をしながら、カミュ少年が要望を突きつけて来た。分かり易くて良い。

 だが、そうか、茶じゃないのか……。

 まぁ、(ほっ)していないのであれば、仕方が無い。

 俺は、離席の許可を取る為にミュール様とモーリアンさんへ目を向けた。

 二人共、温かい目をしている。言葉で聞くまでもないな。


「ミュール様、モーちゃん、すみません」

「フフッ、構いませんよ。話すべき事は、私達二人で済ませますので」

「マルク少年、こちらこそすまない。弟子よ、気を付けて行ってくるのだぞ」

「いってきます、師匠」


 俺は、二人に軽く頭を下げ、席を立った。

 そして、モーリアンさんに笑いかけるカミュ少年の元へ向かう。


「そういえば、兄ちゃん。夕食はどうすんだ?」

「夕食……」


 どうするか決めて無いな。

 王都で取るか、ピュテルの町へ戻って食べるか……考えるよりも聞くべき事だ。

 俺の事情は、二の次である。

 振り返り、ミュール様へ視線を送ると、ミュール様が静かに目を(つぶ)り、首を横に振った。なるほど、夕食前にはピュテルへ戻ると。

 目を開いたミュール様へ、(うなず)きを(もっ)て返事をし、カミュ少年と共に歩き出す。


「すまん。その前に帰るよ」

「そうか……まっ、仕方ないよな」


 カミュ少年の小さな姿が、ガッカリを隠しきれていなかった。

 一人よりも二人、三人、四人で食べた方が、食事は美味しいものな……大勢だとまた別であるが。

 俺でも、賑やかしの一つくらいにはなる。

 だが今日は、残念ながら駄目だ。


「今度ゆっくり出来る時に、一緒に料理を作ろうじゃないか。なっ」

「へへっ。働き手、確保だぜ」


 俺を見上げ、歯をのぞかせながら、ニコリと少年が笑った。

 俺の口元も少し緩んでしまっているのが、分かる。


「欲しいのは、そっちか。猫の手くらい貸してあげよう」

「猫の手なら足りてるっての」


 カミュ少年は店内に戻ると、すぐに外へ向かおうとした。

 買い物の準備は終わっているらしい……お小遣いは、また断られるだろう。

 なので俺は、扉を閉めながら、助力を申し出た。


「荷物持ち、いるか?」

「兄ちゃんまで来たら、誰が店番すんだよ」


 御尤(ごもっと)もである。

 俺は、椅子へ腰掛けながら、カミュ少年を見送る事にした。


「あはは、だな。カミュ、いってらっしゃい」

「おう、いってきます」


 カミュ少年は、元気にそう言って、正面の板張りの壁へ足を進めた。

 足が、体が、壁へ吸い込まれる様に入り込む。

 そのまま、体全てを壁の中へと隠した。

 店の中に残ったのは、今もカウンターの上で丸くなって眠る黒猫と、ポツンと座る俺だけである。

 店内に客はおらず、外光も差さぬ店内では、今の日の色すら分からない。

 まぁ何時(なんどき)であれ、カミュ少年が戻るまで店番をするだけか。

 独り、ゆったりとするのも、嬉しい事だ。

 膝の上に黒猫が居ないのが残念だが……眠る黒猫を起こすなんて、滅相も無い。




 四人掛けの卓で対角線状に座りながら、ミネルヴァとモーリアンは、出て行くマルクとカミュを見送った。

 そして、扉が閉まる音と共に、微笑の仮面を被りながらミネルヴァが口を開く。


「マルクを店番にするなんて、贅沢ですね」

「フッ。マルク少年は、普通の少年だよ。それは君も知っているだろ?」

「ええ。唯々(ただただ)……マルクが、普通の少年でいられれば()いのですがね」


 モーリアンは、そう言うミネルヴァを眠そうな目で見ながら、笑みを(こぼ)した。

 

「幸い、もう今回の件では、これ以上マルク少年へ負担を掛けずに済みそうだ」

「突発的な出来事とは言え、炎帝竜を救った時点で、栄誉を受けるべき程に良き働きをしてくれましたからね」

「叶うならば、マルク少年には人と人との争いには、関わって欲しくない」

「モーリアンさんも、先日の件、ご存じでしたか」


 モーリアンは、空のカップを撫でながら、言った。


「マリアとセツナを(つう)じてしか知らないが……彼女達と共に世を駆けた二人だったからね……ダニエルも、ジギも……あんなことをせずに、ただ、黙って、世界を見ているだけで良かったのに……」

「あの二人を……ダニエル氏をマルクに殺害させたのが私と知れば、モーリアンさんは怒りますか?」

「私は、マルク少年の事を知らな過ぎる。それでも、誰かの命令だけで人を(あや)める男では、無いと思っているよ」


 そして、二人の間には、沈黙が流れた。

 どちらも声を出さない。

 モーリアンはカップを撫で、ミネルヴァは、使用者の去った、空のカップを眺めていた。取っ手が左側に向いたカップを。

 沈黙を破ったのは、モーリアンであった。


「ミネルヴァ。お茶を頼めるかな?」

「三杯目になりますよ?」

「マルク少年のお茶は別腹だよ。だから一杯目さ」

「フフッ。≪自然(しぜん)息吹(いぶき)≫よ」


 ミネルヴァが呪文を唱えると、モーリアンの目の前のカップに、鮮やかな液体が注がれ始めた。それはミネルヴァの魔力を基点とし、何もない空中から流れ出る魔法のお茶であった。

 それは、ミネルヴァの前に置かれたカップも同様である。

 魔法が止まると同時に、二人はカップを口へ運ぶ。

 聞こえるのは、か細く鳴る、(のど)の音だけ。


「ふぅ。マルク少年の魔力とは、正反対だな」

「お嫌いですか?」

「いいや。暖かも冷たいも、どちらも心地良いものだよ」

「あら、嬉しい」


 カップを置くミネルヴァに対し、モーリアンは二口目を飲む。

 そして、カップと肩を下ろしたモーリアンは、(つぶや)く。


「モルスの奴らは、来るかな?」

「それは、彼ら次第でしょう」

「ピュテルから王都へ向かう(おとり)に喰い付くか――」

「こちらに気付き、白蛇(しろへび)を襲うか」

「ピュテルを狙う可能性は?」


 ミネルヴァは、静かに横へ首を振る。


「そこまで愚かならば、簡単なのですがね。念には念を入れ、既に警備は増やしています」

「そうか、ならいいんだ」


 そう安堵した様に息を吐くモーリアンを見て、ミネルヴァは、柔らかに笑った。

 正面の空席を見つめるモーリアンには、その笑みは届かない。


「モルスの者が動かず、明日の封印を迎える可能性もありますよ」

「油断は出来ないよ。(よど)みの(つるぎ)を奪われ、邪竜の復活に利用されては、事だ」

「それでも……恐らくですが、邪竜の復活そのものは阻止できませんよ」


 ミネルヴァは、変わらぬ涼しげな声で、そう言った。

 多くの村を焼き払い、恐怖を撒き散らした邪竜の復活を聞いても、モーリアンは平然と言葉を返す。


「だが、時間は稼げる。一月か、一年か……時を稼げれば、多くの者が、力を蓄える事が出来る」

「その力は、本当に邪竜へ向けられるのでしょうか……」

「そう、であると信じているよ」

「少なくとも時間があれば、マルクは、より強くなるでしょう」


 モーリアンの眠そうな目が、ミネルヴァを捉えた。

 ミネルヴァも、己が銀の瞳で、モーリアンを見つめ返す。


「ミネルヴァ。君は、邪竜にマルク少年をぶつける気なのか?」

「私としては、マルクにはピュテルに居て欲しいのですが……無理でしょうね」

「そうか。勝手に戦いを挑みかねないと……そんな所まで、あの二人に似て欲しくは、無かったよ」

「無理強いさせている、とは思わないのですね」


 ミネルヴァの言葉に、モーリアンは柔らかに微笑んだ。


「フフッ。君とマルク少年を見れば、そう言う上下の関係でない事は、分かるよ」

「さて? 私とマルクの関係とは、如何(いか)に?」

「私に聞く事かな?」

「私には……分かりませんので」


 ミネルヴァは、己の口を塞ぐかのように、お茶を口に含んだ。

 その様子を見て、モーリアンもお茶を飲み干す。


「君は、マルク少年に関しては、少し雰囲気が変わる。心地良い変化だ」

「ウフフ。どうでしょう」

「だからこそ、任せられる。マリアとセツナの子を……私の友人を……」


 モーリアンは、変わらぬ眠たそうな目で、ミネルヴァを見据え、言った。


「マルク少年を、頼んだよ」

「はい、お任せ下さい」


 ハッキリと答えるミネルヴァへ、大きく(うなず)くモーリアン。

 見つめ合う二人の顔には、表情を隠す仮面など、ついていなかった。

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