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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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508.初めてのお茶は

サブタイトル修正 自然の息吹→初めてのお茶は 誤字修正

 細く伸びる右手を包む白い長手袋が、調理台の上に乗ったカップへ伸びた。


「毒見を――」

「必要ありませんよ」


 ミュール様は、表情一つ変えずにカップを口へ運び、魔法の茶を口に含んだ。

 少し間を置き、白い喉が波打った。

 そして、ゆっくりとカップを調理台へと置き、一言。


「薄い」

「ですよね。俺も一口」

「はい。どうぞ」


 ミュール様がカップを半回転させ、俺が取り易いように取っ手を向けてくれた。

 左手で取っ手を掴み、口へ……運ぶ途中で気付く。

 ミュール様は、気遣い上手だな、と。

 ミュール様の唇が触れていない側に、自然と口が触れた。

 温かな液体が口の中へと流れる。

 同時に、薄っすらと、本当に薄っすらとした香りを感じ、そして、薄めに薄めた茶の(ほの)かな味が、口に広がった。

 ミュール様は『薄い』と表現したが、俺にとっては『不味い』だ。

 味な無いなら無い方が美味しい。水は、美味い。

 味があるなら(しっか)りと有る方が美味しい。茶は、美味い。

 これは……これでは、濁った水だ。

 健康を害さないだけの、不味い水だ。

 それでもゴクリと、カップを空にする。

 自分の失敗作は、自分で処理をすべきだ。


「うぇ……失敗。水に茶を少し混ぜたような薄さ……」


 屋敷で何度も練習した時と、同じ結果である。

 しかし、どう改善すれば良いのだろうか?

 根本の組み立てから間違っている可能性もある。

 だが薄っすらとだが、茶の味と香りはするのだ。全て失敗でない所が、ある意味悩み所である。


「マルク。呪文を唱えずにもう一度、魔法を想像してみせて。三人分を」


 そう言ってミュール様は、俺の頭に左手を伸ばした。

 俺は避けずに、ポンッと乗る長手袋に包まれた手を受け入れる。


「はい。では……」


 俺は、魔力を用意しながら、頭の中で再び茶を淹れる。量は多めに。

 このまま呪文を唱えれば、先程と同じものが出来上がるだろう。


「マルク。そのまま維持を……そう、ゆっくり、ゆっくりと」

「はい」


 ミュール様の涼し気で心地良い声に従いながら、茶の抽出を続ける。

 躍る茶葉を想像しながら、ゆっくり、ゆっくりと。

 (あふ)れる香りを、心に感じながら。


「今の魔法の使い方ならば、普通にお茶を淹れる時と同じ時間を待つべきです」

「時間を短くするのは後で、と言う事でしょうか?」

「はい。マルクは、魔法を構築する際に()(くせ)がありますね。戦いに使う魔法では無いのですから、ゆっくり、一歩ずつで良いの」

「それには、私も同意見だね」


 モーリアンさんが(うなず)きながら、食堂から顔を出した。

 きっと、独り待つのが暇だったのだろう。


「魔法は、一つ一つ組み立て、磨き、鍛えていく物だよ。我が弟子も一足飛びで覚えたがって、困ったものさ」

「耳に痛いです……」


 つい先日、炎帝竜の炎を覚えたばかりの俺には、心に突き刺さる一言だ。

 それを知るからだろう。

 ミュール様は、口を手で隠しながら、クスクスと笑っている。


「モーリアンさん。マルクの集中が削がれるので、お手柔らかに」

「それは失敬」

「いえ、大丈夫ですよ」


 魔法を組み立てながら会話くらい出来なければ、戦闘中に魔法なんて使えない。

 戦闘中は、もっと集中を阻害する要素に満ちている。

 モンスターの位置も、数も、動きも、魔力も。

 だが、ミュール様の言葉も一理あるか……今は、魔法の事に集中しよう。

 まだ、成功したことのない魔法なのだから、特に。

 静けさは、集中を生み出してくれる。

 生み出す美味しさを、(あふ)れる香りを、閉じ込める様に、ゆっくりと……。

 頭の中に、笑顔が浮かび上がり、声が聞こえてくる。


『えへへ。美味しいね』

『マルクの茶は美味いのぅ』

『ああ、出来れば毎日飲みたいね』


 前を向けばシャーリーとテラさんが居て、隣を向けばアムが居る。

 三人だけじゃない。

 ガル兄も、カエデさんも、パック先生も、バルザックさんも、ノワールも……。

 そう多くない親しき人達の笑みが見え、声が聞こえる。

 ミュール様の微笑みと声も。

 モーリアンさんは、どうなのだろうか?

 もし笑顔になったのならば、嬉しいものだな。

 体と意識が、自然と茶の出来上がる時間を知らせてくれた。

 それと同時に、現実のミュール様の声が聞こえる。


「マルク」

「はい。≪自然(しぜん)息吹(いぶき)≫よ」


 頭の中で作り上げた茶が、呪文を唱えると共に、指の先から流れ出る。

 鮮やかに色付く液体が、カップの中を満たしていく。

 おぉ……甘い匂いが、俺の鼻をくすぐった。

 立ち昇る香りが、この液体が茶であると教えてくれている。

 三つのカップへ、想像の茶を最後の一滴まで注ぎ入れ、魔法を解除した。

 ミュール様が、乗せた手で一撫でし、俺の頭から手を離した。

 頭から飛び立つフクロウの様に、少しの寂しさを感じる。

 だが、今はそれよりも――


「ふぅー。完成」

「ウフフ。では、あちらへ」

「マルク少年のお茶か……楽しみだね」


 ミュール様とモーリアンさんは、茶の揺れるカップを取り、食堂へと向かう。

 俺の前に残ったのは、先程失敗作を飲んだカップ……間違えぬ様に、左手で取っ手を持ち、俺は二人の後を追った。

 俺はミュール様の隣に座り、モーリアンさんの眠たい目を正面に受ける。


「では、いただこうかな」

「ええ。温かい内に」

「さて、出来栄えは……」


 左手でカップを持ち、口へと近付ける。

 果実の様な甘い香りを、鼻で楽しみ、温かな茶を口へ含む。

 舌に薄い渋みと酸味が、味わいとして広がる。

 甘い香りは、外から嗅ぐよりも強く感じず、ふわりとしていた。

 猫の日向の茶葉に比べれば、一段、味が落ちるが……美味しい茶だ。

 それに、この茶が、今俺が出せる最高の茶だろう。

 茶を飲み込んだ自分の口から、自然と、長く、長い息が流れた。


「ふぅー」

「暖かい……ミネルヴァが、飲ませたいと思う訳だ」

「美味しい。とても良い出来ですよ、マルク」


 モーリアンさんの顔が、より眠そうに見えた。

 (ほど)け、ゆったりとした表情は、柔らかで綺麗な微笑みであった。

 それは、隣に目を向けても、そうである。

 ミュール様も、茶に目を落としながら、穏やかな笑みを浮かべていた。

 俺は、これでも魔術師の端くれだ。

 だから、新しい魔法の成功こそ、最も喜ぶべき事なのだろうが……。

 俺には、この光景を見た事の方が、嬉しい事であった。


「ミュール様、モーリアンさん。ありがとうございます」

「ウフフ。対価は既に」

「なぜ、私にも礼を?」

「お陰様で、良い茶が出来ましたから」


 もう一口、茶を飲む。

 美味しい茶と、二人の笑顔は格別の癒しであった。

 あれ? 本当に俺は、何をしに王都へやって来たんだっけ?

 まぁ、別に何でも良いか……ふぅ……。

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