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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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507.母の振る舞うお茶

 なぜか礼を言う王に別れを告げ、ミュール様の転移によって、モーリアンさんの店まで戻って来た。

 王城よりも、この外の光の入らない店内の方が、落ち着く。

 カウンターの上には、黒猫が居るのだが、今は丸くなっていた。

 本当に寝ている様子なので、そっとしておこう。

 そしてカウンター内側の椅子には、十一歳程度の青髪の少年が座っていた。

 彼は、モーリアンさんの二番弟子であるカミュ少年だ。

 足をぶらぶらとさせ、暇そうにしているカミュ少年と、目が合った。


「よぉ、兄ちゃん。ミネルヴァ様も、いらっしゃい」

「こんにちは、カミュ」「ええ、お邪魔しますね」


 突如現れた俺達に驚くことなく、カミュ少年は、気さくに声を掛けてくれた。

 初めて会った時の不審者扱いが、嘘のようである。

 いや、あの時は、誰がどう見ても俺が不審者だっただけか……。


「師匠から話は聞いてるよ。呼んでくるから、ちょっと店番頼むぜ、兄ちゃん」

「ああ。任せろ」


 カミュ少年は椅子から飛び降りると、店の奥へと続く扉を開け、モーリアンさんを呼びに向かった。(しば)し店番をしながら待とう。

 俺は、カウンター内へ入り、開けっ放しの扉へ魔力を流してみる事にした。

 モーリアンさんの真似をして。

 すると扉がゆっくりと動き出し、音を立て、閉まった。


「慣れたものですね」

「いえ。初めてやってみました」


 俺は椅子に腰かけ、ミュール様と向き合った。

 立つミュール様と、座る俺というのも落ち着かないが、仕方が無いか。

 いや、ここに座るミュール様も見てみたい気もする。


「ミュール様、座りますか?」

「フフ。そこに私が座っても似合いませんよ」

「残念です」


 黒猫を膝に抱きながら座るミュール様も、可愛らしいと思うのに……残念だ。

 今は、黒猫もカウンターの上で寝ているから、どちらにしろ駄目か。


「それに店番を少年に頼まれたのは、マルクですよ」

「店番と言っても、俺の場合座ってるだけですけどね。客が来たら、どうすればよいのやら」

「この店には、滅多に客は来ませんので。モーリアンさんへの用件は、正式に白蛇から連絡が行く手筈(てはず)になっていますから」

「普通に買い物に来る人は?」

「そもそも、ごく普通の魔術師は、店の入り方を知りませんので。副学派長ほどになれば形式として入店を許されますが。実際足を踏み入れても、モーリアンさんの機嫌を損ねるだけですから。この店に訪れるのは、余程の愚か者でしょう」

「ミュール様も初めは?」

「ええ、睨まれましたよ。それは今も変わりないですが」


 ミュール様が、奥の扉へ目を向ける。

 モーリアンさんとカミュ少年が戻って来たからだ。

 俺は椅子に座ったまま振り向き、魔力により開く扉を見た。

 モーリアンさんの姿は、髪はサラリと綺麗に整っているが、目は、眠そうに細まっていた。

 恐らく、力強い目は、王への礼儀だったのだろう。


「こんにちは、モーちゃん」「お邪魔しています」

「ああ、こんにちはマルク少年、ミネルヴァ。少し奥で話そうか」

「って、また俺だけ店番ですか、師匠」

「今日と明日は忙しい。我が弟子よ、店は任せるぞ」

「むぅ、分かりました。ほら、兄ちゃん。交代だ」

「おう、カミュ。任せた」


 椅子から降りた俺は、カミュ少年と互いの手をぶつけ合い、打ち鳴らした。

 別に不要な行動だ。が、その方が気分が良い。

 カミュ少年も「へへへ」と笑い、跳ぶように椅子へと腰を下ろした。


「ああいうのは、冒険者の流儀なのかな?」

「いえ、何となくでやってるだけですから」


 モーリアンさんと、いつの間にか移動していたミュール様を追って、店の奥へ続く扉を通り、普通に扉を閉める。何でもかんでも魔力でやる必要は無い。

 二人を追って食堂へと向かうと、四人掛けの卓に二人がつく所であった。

 なぜか、正面でも隣同士でもなく、斜めに。

 あれ? ミュール様とモーリアンさんって仲はあまり良くない?

 いやいや、座る位置だけで決め付けるのは、早計というもの。

 だが、俺はどちらへ座るべきなのだろうか?

 正面にミュール様か、モーリアンさんか……。

 収まりのよい方で良いだろう。

 よし。ミュール様の隣に座る事にしよう。

 だが、腰を下ろそうと椅子を引いた所で、ミュール様から声が掛かった。


「マルク。お茶を淹れて頂けますか?」

「ミネルヴァ。残念だが、うちにはカップは有るが、茶を淹れる道具が無い」

「あらあら」「分かります」


 ウフフと笑うミュール様には悪いが、茶を淹れる道具が無いのは、分かる。

 今、我が家にあるティーポットは、シャーリーが屋敷用に態々(わざわざ)用意してくれたものだ。それまでは、屋敷で茶を飲むという発想すら無かったからな……。

 我が屋敷には、無駄にそろえたカップだけが、使われる事なく虚しく置いてあった……茶葉も無く、魔法も無く。


「しかし困りましたね。マルクのお茶をモーリアンさんにも飲んで貰える良い機会だと思ったのですが……」

「こういう時、ミュール様や母のように、魔法で茶を振る舞えれば良いのですが。あの魔法は、まだ覚えていないので」


 椅子に座り、正面を見ると、モーリアンさんが目を(つぶ)り、表情を緩めていた。


「マリアのお茶は、美味しかったね……嗚呼、懐かしい」

「はい。マリア様のお茶は、温かで、華やかで……」


 記憶の海に潜ったのは、モーリアンさんだけでは無かったらしい。

 ミュール様もまた、瞳を閉じ、優しい笑みを浮かべている。

 少しだけ、二人に嫉妬してしまうな……。

 俺は、母の振る舞う魔法のお茶の味を、憶えていない。

 何度も、何度も飲んだはずなのに。


「フフ。良い事を思い付きました。モーリアンさん、少々お時間を頂けますか?」

「ん? 構わないが、何を?」

「マルクの魔法の助けを。さぁマルク。台所へと行きましょうか」

「え? あっ、はい」


 俺の返事を聞く前に、ミュール様は動き始めていた。

 俺は、ミュール様と共に、台所へと向かう。

 ミュール様が何をするつもりなのか? それは簡単だろう。

 魔法の訓練だ。

 お茶を出す魔法『自然の息吹』の訓練を。

 俺は棚からカップを見つけ、三つ取り出した。

 幸い綺麗に保管されており、軽く水で流すだけで、使用には問題ない。

 恐らくこのカップは、母が振る舞うお茶を楽しむ為だけに用意された物だ。

 有難く、使わせて貰おう。


「では、マルク。今のあなたの魔法を見せて」

「はい。ミュール様」


 茶を生み出す為に、俺は魔法の準備を始めた。

 想像の中で茶葉を用意し、一杯分の湯を入れ、その中で茶葉を躍らせる。

 魔力を込め、抽出を、抽出を。

 頭の中で用意した茶を、指の先の先から流すように、想像し、呪文を唱える。


「≪自然(しぜん)息吹(いぶき)≫よ」


 魔法は、俺の指先の触れぬ、さらに先から、少し色の付いた液体を生み出した。

 そして、それは、一つのカップを満たしていく。

 魔法を止め、カップを見ると、それは茶にも見える飲み物であった。

 成功か失敗か……それは、飲んでみないと分からない。

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