表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

513/1014

506.思い出と励むトーマス

 トーマス少年が机に向かって、頭と羽根筆を動かしていた。

 今、俺とバッツさんは、それを後ろで眺めているだけである。

 エルと同じく家庭教師が付いているらしいが、今日は不在の日らしい。


「えっと……こっちの領地が……収穫量が……」


 各領地の収入予想から税収を導き出し、国の収入支出を計算している、らしい。

 バッツさん(いわ)く、正しいのは領地と家名だけらしく、数字は適当だそうな。

 特別な計算も必要とせず、足す、引く、掛ける、割るを根気よく使い分ければ、計算できる問題らしい。


「先生方の来ぬ日は、こういった素振(すぶ)りを行っているのです」

「あぁ……なるほど。数字に対する『素振(すぶ)り』なんですね」

「はい。算術の先生(いわ)く『数の学問は四則演算が全て』という方でしてな」


 計算を繰り返して、頭を鍛えているのだな。

 剣の基本が素振りなら、算術の基本は、単純な計算であると。

 武も魔法も知も、基本が大事なのは変わらないのだろう。

 机に向かって算術の素振りをするトーマス少年は、軽快に羽根筆を動かす。

 順調な様である……俺だと、熱を出して倒れているかもしれないな……。


「しかし、何故(なぜ)、領地のあれこれを」

「馴染み深いから、でしょうな」

「馴染み深い……フフ。少し、思い出してしまいました」

「ほぅ。マルク殿も算術を?」

「いえ。生活の知恵として、母に読み書きと共に教わったくらいです」


 母には、読み書きと簡単な計算を、小さい頃から教えて貰っていた。

 母が銀貨袋をドサッと置き、俺に問題を出す姿を今でも憶えている。


『さぁ、マルク。人参三本とキャベツ一玉、玉葱五個に、ニンニク二つ。鶏肉三枚、白パン二つ。さーて八百屋さんには、いくら払えばいいでしょうか?』

『えっと、にんじんが……』


 実際の銀貨を数えながら、母と買い物ごっこをしながら勉強していた。

 あれが四つの頃だったか。その頃は、まだ指を折れば計算出来る内容だった。

 少しずつ数が増え、事柄も増えていった。

 八人分の料理を作るには、あれとこれとそれ、材料が各いくつ必要なのか?

 買って来た果物を六人で分けると、一人何個になるのか?

 母が出すのは、どれも生活の中に紛れ込んだ、馴染み深い問題であった。

 あれが、計算の基礎練習だったのだろう。

 そして、正解すれば――


『流石、私のマルク。偉いぞー』


 頭を撫でながら、褒めてくれた……懐かしい思い出だ。

 ただ、学問として教わった訳ではないので、俺がトーマス少年の力になれる事は、無いだろう。大人しく見守っていよう。

 バッツさんも、視線柔らかに、頑張るトーマス少年を見ていた。

 その表情は、子を、いや孫を見守るお爺ちゃんの様であった。

 (しばら)く羽根筆の動く音を聞いていると、トーマス少年が声を上げた。


「出来たよ。バッツ」

「どれどれ、では(しば)しお待ちください」


 バッツさんがトーマス少年から紙を受け取り、別の紙と見比べ始めた。

 計算途中の数字も含めて、答え合わせをしているのだろう。

 トーマス少年のパッチリした目は、少し心配そうにバッツさんを見ている。

 バッツさんが大きく(うなず)くと、トーマス少年の表情から力が抜けていった。


「全て正解です。トーマス様」

「この程度は当然だよ、バッツ」


 そう言いながらも、答え合わせに緊張していたのは、分かっている。

 なので俺からも、言葉と行動を。


「いえ。流石ですトーマス様。少し失礼を」

「ん? マルクさん?」


 俺は、トーマス少年に近付き、頭をゆっくりと撫でた。

 ぐしゃぐしゃには、しない。

 滑らかな金の糸が、柔らかに手の平を刺激する。

 トーマス少年の表情に、困惑の色が見えた。当然か。

 さらに一撫でし、手を頭から放す。


「褒められるような事ではないですから」

「トーマス様。私が褒め、撫でたかっただけですので。ご容赦を」


 トーマス少年とバッツさんのお陰で、母の事が頭に浮かんだからだろう。

 そうしたかった。ただ、それだけだ。

 俺の言葉を聞いたトーマス少年は、困惑顔を崩し、少しだけ嬉しそうに口角を上げた。コロコロ変わる表情は、子供らしく、可愛らしい。


「許します。では、算術も終わったので――」

「まだです、トーマス様。次の問題がこちらに」


 嫌そうに眉間に皺を寄せるトーマス少年の顔もまた、良き子供の顔であった。




 勉強中のトーマス少年を眺めている中、変化が起こったのは、突然であった。

 突如、室内に生み出される見知った魔力。

 転移を感知し視線を送ると、瞬間、透き通るような青い髪が(なび)いた。

 ミュール様の登場に、いち早く動いたのはバッツさんであった。

 トーマス少年とミュール様の間を割る様に、立ち塞がったのだ。


「バッツさん。驚かせてすみません。現れたのはミネル――ゴホン。ミュール様でのでご安心下さい」


 ミュール様から俺へ放たれた銀の視線に耐えきれず、言い直してしまった。

 侵入者を睨みつけていたバッツさんが、ホッと胸を撫で下ろす。


「ミネルヴァ様、肝が冷えますぞ」

「あら、御免なさい。トーマス様も、お勉強中に失礼を致しました」

「そうか、ミネルヴァ様が来てしまったのですね……」


 椅子から立ち上がったトーマス少年は、バッツさんと共にこちらへ歩み寄った。

 その姿は、一目で分かるほど、ガックリと肩を落としている。


「嫌われてしまったのかしら?」

「いえ。マルク殿との別れの刻限(こくげん)ゆえ」


 バッツさんの言葉に、ミュール様が微笑んだ。

 だが、ミュール様の表情は、どこか作り物じみた微笑みであった。

 お綺麗なのは、変わらないのだけどな……。


「ウフフ。トーマス様と仲良くなったのですね、マルク」

「はい。トーマス様は、(こころよ)き御方でしたので」


 出会ったのは『王の孫』だからであるが、だからと言って、俺は『王の孫』と交友を持とうとは思わない。

 むしろトーマス少年が、真っ直ぐな子供でなければ、王の孫など俺にとっては面倒の種でしかない。逆に逃げる理由になる。

 少しの言葉を交わし、剣を交わし、知った少年の姿は、良きものであった。

 仲良くしたい理由なんて、それだけで十分だ。

 トーマス少年に目を向け、そう考えが浮かんだ。

 視線の先のトーマス少年は、俺とミュール様を交互に見ている。

 そして彼は、小さく(うなず)き、口を開いた。


「ミネルヴァ様。今度また、マルクさんをお借りしても宜しいでしょうか?」


 ん? トーマス少年? 何故(なにゆえ)それをミュール様に聞くんだい?

 驚いたのは、俺だけでは無かったらしい。

 トーマス少年の言葉を聞いたミュール様の口元が、柔らか曲がっている。

 微笑の仮面の裏が、少しだけ見えた。


「はい。ですが、私のマルクは多忙ですので、また、いつか」

「はい! ありがとう御座います」


 折り目正しく腰を曲げるトーマス少年を見て、ミュール様は(なお)も微笑んでいた。

 勝手に話が進んで行く……内容に不服は一つも無いのだが、少し困る。


「あの、トーマス様? そういう事は、私本人に聞くべきではないでしょうか?」

「駄目でしょうか?」


 うっ! 純真な顔で見つめられると、非常に困る。

 まぁ、元より答えは一つなのだが。

 俺は、膝を床に突き、トーマス少年と目線を合わせた。

 俺を見上げていた視線が、正面を向き、俺の視線と重なる。


「構いませんよ。本当に、いつになるかは分かりませんが。必ず、また」

「はい!」


 ミュール様の転移の魔法で訪れているから良いが、本来ならば、王都とピュテルは一日二日掛けて行き来するものだ。

 気軽に訪れる事は、出来ない。

 それでも、再会を約束するのが正しい事だと、確信が持てる。

 目の前に広がる、トーマス少年の笑顔を見れば、当然の事だ。

 嬉しそうににっこりと笑う子供には、俺は勝てない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ