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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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505.教える側を知って分かる

 トーマス少年の振り下ろす木剣を、右手に持った木剣で受け止める。

 続けざまに振り下ろされる一撃を、軽く弾き、トーマス少年の体勢を崩してみる。よろける少年は、隙だらけであり、打ち込みたい放題だ。

 だが、その中で最も隙だらけな脇腹へ向け、木剣を振る。

 (かわ)す事も受ける事も出来ぬトーマス少年の脇腹へ木剣が――めり込む前に、木剣を止める。

 流石に、子供へ一撃を叩き込む程、趣味は悪くない。


「うっ。参りました。でも、まだです」

「はい。もう一本」


 互いに下がり、剣を構え直す。

 トーマス少年の気迫は、十分だ。


「では。はじめっ」

「やぁぁぁ!」


 バッツさんの声と共に、トーマス少年が駆ける。

 俺も軽く前に出ながら、トーマス少年との間合いを計る。

 まずは一撃、力強いトーマス少年の攻撃を受ける。

 木剣同士が重なり、乾いた音を立てる。

 彼と打ち合っていると、打ち込める隙が幾つもある。

 体の動かし方、姿勢の甘さ、剣の打ち込んだ後の立て直し、防御の緩み。

 その全てに、木剣を打ち込んでは、彼の訓練にならない。

 トーマス少年にばかり攻めさせないで、トーマス少年が受け止められる程度の攻撃を、合間、合間に挟んでいく。

 隙は多いが、良く鍛錬しているのが分かる動きだ。

 俺の振り下ろす剣を、弾き、軌道を反らしたトーマス少年は、(あいだ)、短く、剣を打ち込んでくる。良い動きだ。

 だが、それは危険をはらんだ一撃だ。

 (ゆえ)に、最も危険で、致命的な失敗を、木剣で(とが)める。

 振り抜くトーマス少年の木剣は、軽く下がっただけの俺の体に当たらない。

 (かす)りもしない。

 そして、隙だらけのトーマス少年の頭へ、木剣を振り下ろす。

 しまった! を隠さないトーマス少年の頭の上で、既に木剣を止めてある。

 少し待っても声が無いので、そのまま木剣を頭に落とした。

 コツンと、音が響く。


「あいたっ!」

「降参が遅い」


 王の孫の頭に木剣を当てるのは、マズい出来事だろうが、鍛錬に遠慮は無用だ。同様の事があれば、再び頭にコツン、だ。


「すみません。マルクさん。もう一本」

「良い気力です、トーマス様。攻めも防御も鋭くて、強い」

「はい。ありがとうございます」

 

 あくまで八歳の少年としては、だけど。それでも素直な感想の一つだ。

 打ち合っていると、昔の自分を思い出す……父と鍛錬に励んでいた自分を。


「日々のトーマス様も、こうであれば……いえ、では、はじめっ」


 距離を取り合った俺とトーマス少年は、バッツさんの言葉に合わせ駆ける。

 今度はこちらから打ち込んでみる。

 軽く横に払うように振った木剣と、トーマス少年の受けの形が重なる。

 力強さを考えなければ良い、守りだ。

 そのまま押し切らず、軽く木剣を引く。

 トーマス少年が、素早く動き、そのまま攻めへと転じてくる。

 俺はトーマス少年の振り下ろしを、払いを、突きを()なしながら、大きな隙へ木剣を打ち込んでいった。

 (わざ)と防げるような一撃を。

 体感して分かる。

 聖騎士団のヘクター隊長が、若い聖騎士に何をしていたのかを。

 子供の頃、父が、俺に何を教えてくれていたのかを。

 攻防における、致命的な穴を指摘し、一つ一つ丁寧に塞いでくれていたのだ。

 俺は、正式な剣技なんて知らない。

 だから、トーマス少年に教えられるのは、これだけだ。

 甘い突きを、受け流しながら半身を下げ、俺は、お返しの突きを繰り出す。

 俺の突きが、トーマス少年の剣に弾かれた。

 良い攻防の切り替えだ。

 ちょっと打ち合っただけで、成長するのだから、子供は恐ろしい。

 嬉しいものだ。

 (ゆえ)に、少年の会心の笑みを浮かべた一撃を……剣で受け止める。

 木剣と木剣が重なり合い、力比べの様相を呈する。

 押し込むような少年の力を、右手一本で押し返しながら、俺は言った。


「良い、一撃です」

「くっ、まだ」


 互いに弾ける様に木剣同士を離し、打ち合いに入る。

 鋭い一撃を弾き、軽い一振りを刺し込む。

 鳴り響く剣戟音を、止めるものは居なかった。




 荒い息が聞こえる。

 声の主は、地面に両手両足を広げて寝転んでいる。

 その目は、青く広がる天を見つめていた。

 そんなトーマス少年を、優しい目で見るバッツさん。


「良い鍛錬でしたな。トーマス様」

「まだ、やれ、るよ、バッツ」

「トーマス様」


 起き上がろうとするトーマス少年を、バッツさんは手で制止を掛ける。

 バッツさんは、感涙するような、そして少しだけ困ったような顔をしていた。

 あまり師を困らせるものでは無いよ、トーマス少年。

 俺は、少し助け舟を出す事にした。


「トーマス様、鍛錬と休息、どちらも大切ですよ。一生懸命頑張った後は、ちゃんと休むべきです」


 俺の口から言っても、説得力はないかもしれないが、大事な事だ。

 俺の言葉に、声の返事はない。

 その代わりに、トーマス少年は、起き上がろうとしていた力を抜いて、地面に身を預けた。

 活力あふれ、意思も強く、他者の言葉を聞く耳も持つ。

 良い子だ。真っ直ぐ成長して欲しいものだ。

 さてと、トーマス少年にああ言ったが、俺は、休憩するほど疲れてはいない。

 トーマス少年の荒い息が治まるまで、俺は、木剣を振っていよう。

 仮想敵は、バルザックさんだ。

 大きく息を吸って……長く息を吐き出す…………良し。

 想像上のバルザックさんが、挑発するように右手の剣で己の肩を叩きながら、左手で、おいでおいでと手招きしている。

 最大速度で肉薄し、剣を横へ払う。

 飛び退き、軽く(かわ)すバルザックさんは、着地と共に獣の如き速度で、俺へ迫る。

 右手一本で振り下ろされる剛剣を、弾き飛ばす。

 当然想像の剣ゆえ、手応えは無い。

 だが想像上のバルザックさんは、体勢を崩すことなく、次の一撃を放ってくる。

 大きく跳び、(かわ)し、構えを整える。

 そのまま想像上のバルザックさんと、幾合も剣を重ね合わせる。

 バルザックさんの膂力から放たれる剣を、受け止める事など出来ない。

 対処は、モンスター相手と同じだ。

 弾き、(かわ)し、踏み込み、打ち込む。

 その剣を、この身で受けぬ様に。

 この剣で、幻を切り裂くように。

 そして、脳天に打ち込まれるバルザックさんの一撃を(もっ)て、戦いは終わった。

 手加減状態のバルザックさんに、完敗だ。

 俺は再び、大きく息を吸い、深呼吸をした。


「マルクさん。誰と戦ってたんですか?」


 上体を起こしたトーマス少年が、そう問いかけてきた。

 まぁ見ている人には、剣を振りながら跳んでいる変な人にしか見えないだろう。

『誰と』とちゃんと聞いてくれるトーマス少年は、出来た子だ。


「冒険者のバルザックさんとです」

「ほぅ、巨人殺しですか。最後の一撃、やられてましたな」


 バッツさんには、お見通しだったらしい。


「ええ。ガツンと脳天に」

「うっ」


 トーマス少年が、己が頭を手で押さえ、嫌そうな顔をした。

 その姿が少し可笑しくて、口から笑みが零れてしまった。


「フフ、大丈夫ですよ。本物のバルザックさんは、そこまではしてきませんから」

「マルクさんを打ち負かすなんて、凄い強い人なんですね」

「私の剣では、足元にも及ばないぐらい、強い人ですから。バッツさんが先程言った『巨人殺し』の話を聞けば、分かりますよ」

「バッツ。今度聞かせてくれるかい?」

「ええ。良いでしょう。冒険譚は、聞く者の活力になりますからな」


 そんなものだろうか?

 いや、そんなものだな。

 俺も、父と母の冒険譚を聞けば、頑張ろうって気になる。

 バルザックさんの冒険譚なら、きっとトーマス少年のやる気に繋がるだろう。


「さぁ、トーマス様。体を伸ばし、鍛錬を終えましょう。着替えた後は、算術の時間ですぞ」

「えー、算術かー……分かったよ、バッツ」


 不満の声を上げながらも、トーマス少年は、背を、足を、腕を伸ばし、体を(ほぐ)し始めた。彼らにとっては、これも日課なのだろう。

 トーマス少年を眺めながら、俺も(なら)い、体を伸ばす事にした。

 常に戦えるようにしてあるので、必要無いが、体を伸ばすと心地良いものだ。

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