505.教える側を知って分かる
トーマス少年の振り下ろす木剣を、右手に持った木剣で受け止める。
続けざまに振り下ろされる一撃を、軽く弾き、トーマス少年の体勢を崩してみる。よろける少年は、隙だらけであり、打ち込みたい放題だ。
だが、その中で最も隙だらけな脇腹へ向け、木剣を振る。
躱す事も受ける事も出来ぬトーマス少年の脇腹へ木剣が――めり込む前に、木剣を止める。
流石に、子供へ一撃を叩き込む程、趣味は悪くない。
「うっ。参りました。でも、まだです」
「はい。もう一本」
互いに下がり、剣を構え直す。
トーマス少年の気迫は、十分だ。
「では。はじめっ」
「やぁぁぁ!」
バッツさんの声と共に、トーマス少年が駆ける。
俺も軽く前に出ながら、トーマス少年との間合いを計る。
まずは一撃、力強いトーマス少年の攻撃を受ける。
木剣同士が重なり、乾いた音を立てる。
彼と打ち合っていると、打ち込める隙が幾つもある。
体の動かし方、姿勢の甘さ、剣の打ち込んだ後の立て直し、防御の緩み。
その全てに、木剣を打ち込んでは、彼の訓練にならない。
トーマス少年にばかり攻めさせないで、トーマス少年が受け止められる程度の攻撃を、合間、合間に挟んでいく。
隙は多いが、良く鍛錬しているのが分かる動きだ。
俺の振り下ろす剣を、弾き、軌道を反らしたトーマス少年は、間、短く、剣を打ち込んでくる。良い動きだ。
だが、それは危険をはらんだ一撃だ。
故に、最も危険で、致命的な失敗を、木剣で咎める。
振り抜くトーマス少年の木剣は、軽く下がっただけの俺の体に当たらない。
掠りもしない。
そして、隙だらけのトーマス少年の頭へ、木剣を振り下ろす。
しまった! を隠さないトーマス少年の頭の上で、既に木剣を止めてある。
少し待っても声が無いので、そのまま木剣を頭に落とした。
コツンと、音が響く。
「あいたっ!」
「降参が遅い」
王の孫の頭に木剣を当てるのは、マズい出来事だろうが、鍛錬に遠慮は無用だ。同様の事があれば、再び頭にコツン、だ。
「すみません。マルクさん。もう一本」
「良い気力です、トーマス様。攻めも防御も鋭くて、強い」
「はい。ありがとうございます」
あくまで八歳の少年としては、だけど。それでも素直な感想の一つだ。
打ち合っていると、昔の自分を思い出す……父と鍛錬に励んでいた自分を。
「日々のトーマス様も、こうであれば……いえ、では、はじめっ」
距離を取り合った俺とトーマス少年は、バッツさんの言葉に合わせ駆ける。
今度はこちらから打ち込んでみる。
軽く横に払うように振った木剣と、トーマス少年の受けの形が重なる。
力強さを考えなければ良い、守りだ。
そのまま押し切らず、軽く木剣を引く。
トーマス少年が、素早く動き、そのまま攻めへと転じてくる。
俺はトーマス少年の振り下ろしを、払いを、突きを往なしながら、大きな隙へ木剣を打ち込んでいった。
態と防げるような一撃を。
体感して分かる。
聖騎士団のヘクター隊長が、若い聖騎士に何をしていたのかを。
子供の頃、父が、俺に何を教えてくれていたのかを。
攻防における、致命的な穴を指摘し、一つ一つ丁寧に塞いでくれていたのだ。
俺は、正式な剣技なんて知らない。
だから、トーマス少年に教えられるのは、これだけだ。
甘い突きを、受け流しながら半身を下げ、俺は、お返しの突きを繰り出す。
俺の突きが、トーマス少年の剣に弾かれた。
良い攻防の切り替えだ。
ちょっと打ち合っただけで、成長するのだから、子供は恐ろしい。
嬉しいものだ。
故に、少年の会心の笑みを浮かべた一撃を……剣で受け止める。
木剣と木剣が重なり合い、力比べの様相を呈する。
押し込むような少年の力を、右手一本で押し返しながら、俺は言った。
「良い、一撃です」
「くっ、まだ」
互いに弾ける様に木剣同士を離し、打ち合いに入る。
鋭い一撃を弾き、軽い一振りを刺し込む。
鳴り響く剣戟音を、止めるものは居なかった。
荒い息が聞こえる。
声の主は、地面に両手両足を広げて寝転んでいる。
その目は、青く広がる天を見つめていた。
そんなトーマス少年を、優しい目で見るバッツさん。
「良い鍛錬でしたな。トーマス様」
「まだ、やれ、るよ、バッツ」
「トーマス様」
起き上がろうとするトーマス少年を、バッツさんは手で制止を掛ける。
バッツさんは、感涙するような、そして少しだけ困ったような顔をしていた。
あまり師を困らせるものでは無いよ、トーマス少年。
俺は、少し助け舟を出す事にした。
「トーマス様、鍛錬と休息、どちらも大切ですよ。一生懸命頑張った後は、ちゃんと休むべきです」
俺の口から言っても、説得力はないかもしれないが、大事な事だ。
俺の言葉に、声の返事はない。
その代わりに、トーマス少年は、起き上がろうとしていた力を抜いて、地面に身を預けた。
活力あふれ、意思も強く、他者の言葉を聞く耳も持つ。
良い子だ。真っ直ぐ成長して欲しいものだ。
さてと、トーマス少年にああ言ったが、俺は、休憩するほど疲れてはいない。
トーマス少年の荒い息が治まるまで、俺は、木剣を振っていよう。
仮想敵は、バルザックさんだ。
大きく息を吸って……長く息を吐き出す…………良し。
想像上のバルザックさんが、挑発するように右手の剣で己の肩を叩きながら、左手で、おいでおいでと手招きしている。
最大速度で肉薄し、剣を横へ払う。
飛び退き、軽く躱すバルザックさんは、着地と共に獣の如き速度で、俺へ迫る。
右手一本で振り下ろされる剛剣を、弾き飛ばす。
当然想像の剣ゆえ、手応えは無い。
だが想像上のバルザックさんは、体勢を崩すことなく、次の一撃を放ってくる。
大きく跳び、躱し、構えを整える。
そのまま想像上のバルザックさんと、幾合も剣を重ね合わせる。
バルザックさんの膂力から放たれる剣を、受け止める事など出来ない。
対処は、モンスター相手と同じだ。
弾き、躱し、踏み込み、打ち込む。
その剣を、この身で受けぬ様に。
この剣で、幻を切り裂くように。
そして、脳天に打ち込まれるバルザックさんの一撃を以て、戦いは終わった。
手加減状態のバルザックさんに、完敗だ。
俺は再び、大きく息を吸い、深呼吸をした。
「マルクさん。誰と戦ってたんですか?」
上体を起こしたトーマス少年が、そう問いかけてきた。
まぁ見ている人には、剣を振りながら跳んでいる変な人にしか見えないだろう。
『誰と』とちゃんと聞いてくれるトーマス少年は、出来た子だ。
「冒険者のバルザックさんとです」
「ほぅ、巨人殺しですか。最後の一撃、やられてましたな」
バッツさんには、お見通しだったらしい。
「ええ。ガツンと脳天に」
「うっ」
トーマス少年が、己が頭を手で押さえ、嫌そうな顔をした。
その姿が少し可笑しくて、口から笑みが零れてしまった。
「フフ、大丈夫ですよ。本物のバルザックさんは、そこまではしてきませんから」
「マルクさんを打ち負かすなんて、凄い強い人なんですね」
「私の剣では、足元にも及ばないぐらい、強い人ですから。バッツさんが先程言った『巨人殺し』の話を聞けば、分かりますよ」
「バッツ。今度聞かせてくれるかい?」
「ええ。良いでしょう。冒険譚は、聞く者の活力になりますからな」
そんなものだろうか?
いや、そんなものだな。
俺も、父と母の冒険譚を聞けば、頑張ろうって気になる。
バルザックさんの冒険譚なら、きっとトーマス少年のやる気に繋がるだろう。
「さぁ、トーマス様。体を伸ばし、鍛錬を終えましょう。着替えた後は、算術の時間ですぞ」
「えー、算術かー……分かったよ、バッツ」
不満の声を上げながらも、トーマス少年は、背を、足を、腕を伸ばし、体を解し始めた。彼らにとっては、これも日課なのだろう。
トーマス少年を眺めながら、俺も倣い、体を伸ばす事にした。
常に戦えるようにしてあるので、必要無いが、体を伸ばすと心地良いものだ。




