最高の友人
「……リベート申請が多い人ほど景品やサンプルが多い傾向。ですか」
「はい」
千誠のデスクまで報告に行った祥順は、彼と一緒にいちご大福を食べていた。ほんのりと塩気のある大福でいちごを包んだタイプのもので、みずみずしいいちご特有の酸味がある甘みが口の中に広がっていく。
咀嚼を続ければ、今度は餅のまろやかな甘みがやってくる。
「何も考えずにただ先方に言われるがままやってしまっているのか、こちらが気がつかないだろうと好き放題しているのかは分かりませんが、あまり良くない傾向ですね」
「そうなんです」
甘くておいしいものを食べながら、全くおいしくない話をする。あまり好きではないが、祥順には報告の義務があった。
「まだ内容を精査していない状態での話なので、今の報告が覆る事もあるとは思います。受注金額という分母が大きいから単純に増えているだけという可能性もありますし」
「はい。複合的に見ていかないと今回の件に関して言えば詳細が分からないので、随時報告します」
千誠が用意してくれていた緑茶を流し込む。口内にまんべんなく広がっていた甘さがさあっと消えていった。
千誠が懸念している通り、リベートも添付も、販促のメインにしては利益が減ってしまう。
売り上げの目標を達成する為に目先の利益を先方へちらつかせるのは十分に効果があるのは分かっている。だが、そうして一定の売り上げを上げたからと言って、そこで満足されてしまうのは困るのだ。
「今回で引き締めてもらって、それでも駄目だったらリベートの基準を引き上げるしかなくなりますか?」
理由ならいくらでも作りようがある。全体的に取引先の売り上げが上がってきたからそれに準じてリベートの基準を引き上げる、とか会社の売り上げが伸び続けているから売り上げ数量から計算して基準を引き上げる、とか。
「そうですね……ただ、そういう事は極力避けたい。一部の心ない人間のせいで相手が不利益を被るのは会社としては好ましくないですから」
祥順は頷いた。会社の利益は大切だが、相手の利益もある程度は尊重しないといけない。特にこの会社をメインにがんばってくれている取引先を失うわけにもいかない。この会社の信者になってくれている取引先には小さな会社も多い。条件が厳しくなっても傾かないような経営をしていて欲しいところだが、そう他社の経営に首を突っ込むのは難しい。
取引先に限定して経営セミナー等も行っているが、それに参加するのはだいたい中規模から上の会社だったりするし、小規模な会社は現状維持をするだけで余裕がないのが実状だろう。
そんな余裕のない会社に対して厳しい条件を課していけば、恐らくそのまま減速されてしまう。それだけは避けたい。
「思ったよりも数が多いですが、情報の整理を進めますね」
「はい。よろしく頼みます」
「がんばってきます」
千誠に見送られ、祥順は階下に戻る。そういえば、頼みますなんて初めて言われたような気がする。少しだけ気分を奮わせた祥順はそのまま仕事にのめり込むのだった。
終業時間が迫っている中、祥順は終わらないなぁと表計算ソフトが開かれている画面を睨みつけていた。次々と営業事務が帰っていくのを見送りつつ、己の腹具合を心配する。
全ての取引先がどんな動きをしているのか、そこまで調べながらやっているせいかもしれない。ただ、後から追加で調べるよりは、ついでにやってしまう方が良いに決まっている。このままの速度で進んでいたら、恐らく数日はかかるだろう。
この作業だけに集中できれば明日にでも終わる気がするが、順調に進めば、という話だ。
残業して進めるしかないな、と半ば投げやりに決める。ここでやる必要もないし、自分のデスクで作業しよう。
祥順は適当に自分の荷物をまとめてデスクに戻る。持っていた荷物をごちゃっと投げ出すようにして転がした。筆記具がバラけて転がるのも構わず、そのままに席を離れる。
コーヒーが必要だった。
慣れない仕事はストレスが溜まる。コーヒーを淹れる、という仕事とは関係のない作業は気分転換にもってこいである。
明日は簡単な引き継ぎをしたら通常業務に戻れるし、そうなればこの仕事にある程度集中もできるだろう。ボタン一つでコーヒーの出る機械を使わず、自分でドリップする。昔はコップにドリッパーを乗せるのも安定しなくて不便だったな、と思いながらコップに沿う形状へと変形させたドリッパーを見つめた。
湯を注ぐ部分の切り取りもしやすくなったし、地味に良くなっている。こういうデザイン設計をする人もコーヒー好きだったりするのかもしれない。そう考えると楽しくなってくる。
ケトルで温められた湯を注ぎ、昇ってくる香りを楽しむ。深く、胸いっぱいにコーヒーの香りを吸い込んだ。コーヒーの香りを追いかけるように、体内に集中すれば、端々から爽やかな気分に変わっていく。
香ばしいドリッパーをゴミ箱へ憂鬱な気分と一緒に捨てる。浩和と仲良くなる前から続いている祥順のリフレッシュ方法だった。
新しい気分と一緒に持って帰ってきたコーヒーを片手に、憂鬱な気分の残骸と化した筆記具を片付けようとしていると後ろから声をかけられた。
「珍しいですね、こんな場所で散らかしてるの」
確かに浩和が指摘する通りである。祥順は散らばった筆記具を見つめた。
「何か面倒な事でもやってるの?」
そう言いながら声の主は斜め後ろから手を伸ばして筆記具を片付けていく。ふわりと香水が香る。今日はシトラス系の香りだ。ラストノートなのか、やや甘ったるいような香りが強い。
「いえ……あ。いや、面倒というか時間のかかる作業をしている最中なので、それのせいかもしれません」
「へぇ、大変そうだけど手伝える事はある?」
片手でやっていたというのに、あっという間にデスクの上を綺麗にした彼は耳元で柔らかな声を出す。
「関わっても大丈夫なら、だけど」
「多分問題ないとは思いますけど、私の一存では決められないので、今日はお願いできないです」
手伝ってくれるのはありがたい。
正直、一人でやる作業ではない。それでも経理系の話だから、詳細が判明するまでは表に出したくない。千誠もそう考えているからこそ祥順に任せたのだろうし、午後におやつタイムと称してこそこそミーティングをしているのだろう。
まずは上役である千誠に話を通すべきだ。
「忙しいのにあえて時間外にまでやるって事は、と思ったけどやっぱりか。じゃあ、夜食くらいは買い出しさせてもらおうかな」
「すみません」
「謝らないで。作業の方はダメ元で提案しただけだから。で、何が食べたい?」
浩和がくしゃっと祥順の髪の毛を乱しながら笑う。髪型を乱すのはやめて欲しいけど、浩和は最高の友人だと思った。
2023.12.10 一部加筆修正




