仕事の鬼、闇を見つける
浩和による極上にも感じられるもてなしを受けた祥順は、気分を入れ替えて仕事に集中する事ができるようになっていた。仕事も順調に進むようになり、良い事づくしだ。
あのコーヒーブレイクがここまで自分の精神に影響を及ぼすとは、と意外な気持ちを持ちつつ、仕事を全力で取り組む。
「梶川さん、これファックス来てました」
「ありがとうございます」
電話かファックスでしかやりとりをしたくない、という少し変わった取引先のものだった。通常であれば電話を受けた時に受注を聞いてしまうらしいが、祥順はファックスでの受注を依頼した。というのも、祥順に対して先方が事細かく要求をし始めたからである。
いつもはこうだ、と取引の条件を持ち出されてしまうと祥順には分からない。勝手に判断するわけにもいかず、ひとまず預かる事にしたのだった。
書面にさえなっていれば、担当営業への質問も分かりやすいし、何より「言った言わない」の泥沼は避けられる。
「……そういう事か」
ファックスを確認した祥順は早速メールを作成する。先方が望んでいたのは商品を複数種類、一度に注文した際に通常の集計で発生するリベートの代わりに商品補填をするというものだった。
この会社でのリベートの計算は基本的に売り上げが確定した後に出す事になっている。それを商品補填で代用するのは、経理への申請と社長の承認が必要だ。念の為に今日の経理担当へと問い合わせれば、そんな申請は来ていないと言う。
確かにリベートの申請に関しての申請書は出されていた。だが、リベートの申請が出ている以上、商品の補填での対応はできない。
祥順は、自分の判断では承認できない旨、商品補填で代用するのであれば商品補填の申請を出し、リベート計算時にこの受注に関しては計算から除外しなければならない旨をメールで連絡する。
営業の中にはルールにルーズな人間がたまに混ざっている。恐らく面倒だからやらないだけでズルをしたいのではない――と思いたい。
商品補填の件が連絡待ちになったところで定時を迎えた。連絡が来るまで粘るか祥順は迷った。
「梶川さん帰らないんですか?」
「いや、どうしようか迷ってまして」
帰りがけの由香が声を掛けてきた。彼女に連絡待ちだという事を話せば、にこやかな笑顔で返される。
「鈴原さんはもう今日連絡してくれないと思いますよ。この時間帯に連絡ない時、九割以上翌日ですもん。
内勤の勤務時間より越えた連絡は控えてくれているみたいで。変なところでまじめなんですよねー」
まじめと一括りにして良いのだろうか。祥順は疑問に思いながら彼女に礼を言う。連絡が来ないのが分かっても残業する人間はいない。さっさと帰宅するのが一番だ。
祥順はすぐにパソコンの電源を切り、自分のデスクへと戻る。たまたまだろう。そこには丁度千誠がいた。
「ヘルプありがとうございます」
「いえ、こういうのは会社を円滑に運営していくのには必要な事ですから
」
千誠は祥順の言葉に微笑んで返す。
「とりあえず、明後日から総務に戻ってきてください。さちさん、復帰できるそうですよ」
という事は、明日までがヘルプか。祥順に用があって来ていたらしい。待たせてしまったなら申し訳ない。
そうは思ったものの、これはある意味さっきの件を報告する良い機会だった。
「栗原さん、今日作業をしていた時、こんな事が――」
リベートと補填の件を千誠に告げる。報告を聞いている内に渋面へと変わっていく千誠に、祥順が思っている以上に深刻な問題となっている事を察した。
「近い内に締めましょう。私も気になっていたのですが、現場からの報告がないとはっきりとは分からないので……」
「調べるだけで労力がかさみますから、報告が上がらないと簡単には本腰を入れられないんですよね」
「でも、今はあなたから報告を聞いたので動けます。ありがとう」
物腰は柔らかでも芯のある笑顔を見せられれば、この人の下で良かったと思わせられる。
「リベートに関しては営業事務を噛ませていないので、補填の指示があった時に何も疑問に思わず補填している可能性があります」
「そうですね。それも確かめておく必要がありますね」
気になっていた点も言いきり、祥順は息を吐いた。
「塵も積もれば……という事になりますから、この機会にとことん調べてしまいましょうか」
「はい」
今回の件を引き金にしてしまうのは、休んでいるさちに申し訳ない気持ちが湧いてくる。彼女が休まなければ、表沙汰にはならなかっただろう。
逆恨みするような人間は会社に不要だが、調査の結果次第では関係者が絶対に逆恨みしないとは言い切れない。
「営業事務への確認は私がしても良いですか?」
自然と言葉がこぼれた。見つけたのは自分だ。言ってから、これは当然の事だとも思う。
表だって積極的に祥順が関われば、きっかけとなってしまったさちに視線が行く事もないだろうし、良いアイディアだ。
「何かあったら報告を。私があなたの盾になります」
「大丈夫です。私、仕事の鬼ですから」
心配そうに眉をひそめた千誠は、もしかしたら何かを知っているのかもしれない。彼の不安を取り除くためにくだらない冗談を言う。
「そうですね……あなたほど怖い社員はいませんよ。きっと」
終わりの方は祈るような雰囲気があったが、ひとまずは納得してくれたと思いたい。
「仕事の中でルーズなのは駄目です。私達はこの会社を成長させるのが役目なのに、それでは緩やかに殺そうとするのと同じですから。
報酬をもらっている限り、その役目が変わる事はありません」
「さすが仕事の鬼。頼りにしていますよ」
「はい、任せてください」
部下を大切にしてくれる上司の気持ちにも報いたい。明日も忙しくなりそうな予感がした。
2023.12.5 一部加筆修正




