成長途中の寬茂と優秀なサポーター祥順
至高のひとときが終わり、新しい週に変わる。祥順への用事がてらに彼の仕事ぶりを見にきた浩和は、その環境に驚いていた。
病み上がりの人が一人増えただけなのに、どうしてこんなにもにぎやかなのだろうか。祥順は注意する事を諦めたのか、これがこの部署のスタイルで業務に支障がないと判断したのか、きゃいきゃいと話しかけてくる女性陣と雑談までしている。
その間も祥順の指は動いているし、彼女らの手も動いている。無言で集中して仕事を進める祥順の姿を見続けてきた浩和にとって、衝撃的だった。
何よりも、祥順が笑顔だ。愛想笑いではない。楽しそうに笑っている。信じられない。あの仕事人間の祥順が、である。
「あ、滝川さん!」
威勢の良い声がフロアに響く。祥順だった。ほんのりと上気した頬は、彼が会話を楽しんでいた事をしっかりと伝えてくる。
「何かご用ですか?
伊高さんと一緒じゃないのは珍しいですね」
「ああ、あいつがプレゼン中だから、その代わりに頼み忘れていた事をお願いしに来たんです」
本当は本人がすべきだが、緊急事態だった。浩和は寛茂のうっかり度を読み切れていなかった。
「井高が担当している取引先の先月の売り上げデータが欲しいんです。もちろん前年比も。
今一緒にやっている企画に集中してたせいで、自分のメインの仕事を忘れていたらしくって。四時からミーティングがあるなんて今日聞いたんだよ」
寛茂らしいミスだった。だが、可能性を指摘しなかった自分にも責任がある。浩和だって平行していくつかの仕事をしているが、それは寛茂も同じだ。一緒に行っている仕事だけが全てではない。
「俺との仕事に集中させてたのが原因だから、お詫びに手伝おうと思ったんだ」
「そうでしたか。すぐに用意します。
因みにどんな用途ですか?」
祥順の質問に浩和は答えていく。販売管理アプリは複雑な作りになっていて……といえば聞こえは良いが、その実融通の利かないアプリだった。
売り上げ、販売実績、その他様々なパターンで出力できるのだが、それを全て一つのデータとして出力する事ができない。複合的に様々な分析をする時にはそれぞれ出力したものを合わせたマスターデータ状のものを自作するしかない。
本当はそれが最初からできれば良いのだが、それは不可能なのだから仕方がない。
因みに営業ではない浩和は寛茂から何をしなければならなかったのかを確認しただけで、実際に自分の仕事としてやった事はない。
祥順が用途を聞いてきたのはそれを察したのかもしれない。
彼のお陰で追加で情報が必要になった時などに、いちいち誰かに調べてもらわなくても済みそうだ。こういう的確なサポートはとてもありがたい。
あっという間に必要なデータを用意してくれた祥順に、浩和はお礼を言って背を向ける。後でお礼の差し入れを持って行こうと考えている内、寛茂のフォローがうまくできずにふさぎそうだった気持ちが浮上していった。
浩和がミーティングルームへと戻ると、寛茂がもうすぐ話し終える所だった。寛茂はどうどうとした雰囲気で説明を続けている。最初の頃は不安げな雰囲気の残る説明だったのに、と彼の成長を感慨深く思う。
質疑応答時間も難なくこなしていく。だいぶ成長した。これでちゃんと書類が作れるようになれれば最高なのに。
期日の決まっていない社内向けの企画で、ぎりぎりのラインを歩いていく為、途中で力尽きてはしないかと不安になった時が遙か遠い過去のようだった。
「ありがとうございました!」
「!」
勢いよく下げられた頭が浩和の肩に叩き付けられた。額を押さえながら笑いかける男に肩をすくめて答え、礼を言うのは早いと口にする。
「データは用意しただけだからな。これから整理しないと」
データの入ったUSBをひらひらとさせながら立ち上がる。寛茂が参加する営業ミーティングまではあと一時間近くある。
「ほら、さっさとやるからパソコン持ってこい」
いつものミーティングスペースに行く前に、自分のデスクへと立ち寄って、デスクトップパソコンのディスプレイを持ち上げる。
前々から二人で作業するのにノートパソコンの画面は小さすぎると前々から思っていた。デュアルディスプレイにしてしまえば画面も大きくなって見やすいし、何より情報量の多いデータは見やすくなる。
「すっご!」
寛茂が持参したノートパソコンに接続してデュアルディスプレイ仕様に設定を変えてやれば、彼のうれしそうな声が上がった。心なしか楽しそうだ。
「おお、すげ。まじすげぇ」
マウスカーソルが離れた二つの画面を行き来するのが面白いのか、ずっとマウスを動かしている。
「はいはい、遊ぶのはそこまでにして。時間ないんだからデータまとめるぞ」
「あ、すみません」
浮かれた表情のままで謝ってくるからつい、画面に食いついたままの寛茂の後頭部を軽くたたいてしまった。
「……本当に時間ないんだぞ?」
「へへ」
へらへらと嬉しそうに笑う寛茂に苦笑を返し、データを広げるのだった。
それからの浩和はマウスを寬茂から奪い取り、キーボードを鳴らしながらデータを抽出していく。寬茂の欲しいデータを作るのはそんなに難しくはなかった。
難しいのはこれからだ。このデータから今月末までの予定を組み、実際に達成させていかなくてはならない。
浩和は寬茂から現状を聞き出し、すり合わせていく。
「結構数字行ってるじゃん」
「成績下がったらこの企画進められなくなるって先輩に言われてるんで、頑張ってます」
浩和に褒められるのが嬉しいのか、ほんのりと耳が赤くなっていた。
「目標があるとやり甲斐がある?」
「勿論っす。今、俺、めちゃくちゃ仕事楽しくって!」
きっと数年経てば、かなり成長するだろう。寬茂の将来が楽しみだ。
「この調子で企画頑張ろうな。
あと、書類もちゃんと一人で完璧なのを作れるようになろうな」
笑いながら言えば、寬茂はぐったりとテーブルに頭を伏せて降参のポーズを取った。
喜怒哀楽の激しい犬みたいだなと思いながらディスプレイのコードを外していく。もうそろそろミーティングに向けて資料を印刷しないと。
パソコンは持っていくのだろうし、配布資料を作ったらギリギリの時間になりそうだ。
「これでも頑張ってるんすよー
あ、でも来月くらいから先生が付くんで期待しててください。完璧な俺を見せてやりますよ」
「へぇ、楽しみにしてるよ」
「はい! あ、じゃあミーティング頑張ってきます」
配布資料の印刷はちゃんとステープラー機能つけるんだぞ、と走りそうな勢いでミーティングスペースを出ようとする寬茂に叫んだ。
「頑張ります!」
話が通じてない気がして不安になった浩和は、結局資料の印刷まで付き合う為に彼を立ち上がるのだった。




