女三人以上寄れば
自然に会話の流れを変える事に成功した二人だったが、寛茂に感心がなくなった女性陣のほとんどは浩和へと関心を向けていた。
質問責めになっている彼を見れば見るほど申し訳ない気持ちが生まれていく。
「料理が得意だなんて良いなぁ……
教えて欲しいくらいです」
「うんうん。滝川さんの料理教室みたいなのあったら、私毎日でも通っちゃう」
「料理教室に通わなかったら俺だってできるようにはなってないよ。
俺が教えるよりも、料理教室の方がおすすめ」
「えっどこの料理教室ですか?」
肉食女子はすごいなあ、と半ば諦めた感想を抱く。祥順にはとてもじゃないが真似できそうにない。
いつの間にか話から抜け出していた寛茂を こっそりと見やる。これ以上絡まれては、と思った のか、ただ一刀両断どころか踏み荒らされたせいで落ち込んでいるのか、黙々と食べ物を口に運んでいる。
良い食べっぷりである。頬を膨らませて食べているせいで全く表情が分からない。
今はキムチが挟まったキュウリを食べている最中だ。もう一本食べようと箸を伸ばした寛茂が、ふとこちらに気が付いた。
「はべまう?」
口の中にまだキュウリが残っている。何を言っているのか聞こえなかったが、何となく理解した。
「じゃあ、いただきます」
寛茂がキュウリの乗った皿を手にして差し出そうとした。それを浩和が受け取って祥順の方へと移動させる。祥順は皿から一本もらうと、もう一度箸を伸ばす。一本だけそこから皿につまんで今度は浩和の皿へよそった。
浩和が嬉しそうに微笑んだのを確認して小さく頷いてみせる。キュウリが二本減った皿はそのまま寛茂の方へと戻されていった。
「もう一皿頼みます? それとも別のものを頼みますか?」
浩和が寛茂に聞けば、彼は嬉しそうに違うものにします! と答えた。思ったよりも元気そうだ。
「他に何か頼みたい人は?」
寛茂が何か頼むのならば、女性陣にも確認するべきだろう。祥順は彼女達を見回しながら声をかけた。各々顔を見合わせながら様子を見ている。それはフライングをする人間を見張っているような感覚を思い出させた。
悩むようなそぶりを見せながら、ちらちらとこちらまで窺い始めていて、どう反応すれば良いのか分からない。とりあえず、祥順は寛茂に声をかけた。
「決まりました?」
「あ、はい。軟骨の唐揚げにします」
「俺はささみの大葉巻きにする」
寛茂に便乗したのか、浩和が声を上げた。大葉巻きか……おいしそうだな。
「半分こにしよう」
祥順にそのつもりはなかったが、浩和の言葉で自分が物欲しそうな表情をしていたのだと気付いた。羞恥心で頬に血液が集まってしまいそうだ。
小さく礼を言って近くにあった飲みかけのハイボールを飲み干し、アルコールメニューに視線を集中させた。
メニューに逃げた祥順の代わりに浩和がもう一度女性達に声をかける。
「頼みたいもの見つかった?」
「あ、私カンパリオレンジ頼みたいです!」
「私はあれが良い。梅酒のソーダ割とフライドポテト」
「私もお願いします。ピーチフィズで」
次々と手が上がる。
祥順が声をかけた時は様子を見あっていたのに、彼女達は浩和が質問した途端に発言していく。少しばかりむっとしそうになるが、彼女達にとって元々の主役は浩和だ。
適当に飲んでしまおう。主役じゃないなら多少は飲んでも問題ないはずだ。たまたま視線に入ってきた日本酒を飲む事に決めた。気にしていても仕方がない。
店員を呼び出して全て注文する。飲み物が届くまで 祥順は手持ち無沙汰になったと思ったが、意外にもそうではなかった。
「梶川さんって、優しいお兄さんって感じがします」
唐突に由香が言った。
「分かる分かる。こういうお兄ちゃんがいたらなーって思います」
隣に座っていた木下詩織――確か弟が一人いた気がする――が賛同した。兄っぽいと言われたのは初めてだった。
「……そうですか?」
全く分からない。首を傾げると二人は笑った。確かに二人は自分よりも年下だ。だが、仕事中は同僚であり、今は先輩も同然であった。自分は偉そうだっただろうか。
年下だと見下すような事があってはならない。転職組だからこそ、気をつけないといけないのだ。
「だって、欲しいのはないか。足りているか。とか、絶妙なタイミングで声をかけてくれるし」
「仕事中とか厳しい人だけど、こうして飲んでいる時はすごく優しいです」
「仕事中は指摘されるとむっとしてしまう時もあるけど、それは自分が未熟なせいだし、言われて当然の事だし。
そういう事を見て見ぬ振りをされてしまうより、言ってもらえた方が私達の為になる」
二人の指摘に他の面々からも意見が飛んできた。
「どうせヘルプだから、終わったら関わらないだろうし。とかで甘い評価してくれる人が多いですもん。
スルーしないでちゃんと注意してくれるあたり、すごく優しいし厳しい」
「ああ、でもちょっと雰囲気が怖いからそこは鬼上司ーって感じがしましたね。
あれは緊張しちゃった」
寛茂に辛辣な指摘をしていたのは、彼女達が彼に変わって欲しいと願っていたからだったのか。決して文句のはけ口にしていたのではない。
ずばり指摘されて気が付いた。
「仕事中はどうしても固くなってしまって」
「そうそう。だから俺が差し入れしに行くんだよね」
浩和のフォローには苦笑するしかない。彼の言う通りだった。
「お二人って息がぴったりですよね」
「そう?」
「……どうでしょう?」
祥順と浩和は顔を見合わせた。
「ほら!」
ほら、と言われても困る。困惑するしかない祥順と浩和の隣から寛茂が口を挟む。
どこか自慢げな表情に何となく嫌な予感を覚えた。
「熟年夫婦って言葉がぴったりだと思うんだ。
俺の両親こんな感じでめっちゃ仲良いよ」
「あ、何か分かるー」
「うんうん」
熟年夫婦。せめてお笑いコンビとかそういう方がマシだった。
2019.7.25 改行修正




