順調と不具合の間
結局彼女達に言われるまま浩和を誘い出し、ついでに寛茂を巻き込み、金曜日のアフターに飲む事となった。寛茂は女性陣との飲み会に単純に喜んでいたから問題ない。
浩和の方はと言えば、そのまま祥順の家に泊まって翌日はマッサージをしてもらう気満々で、むしろ好都合だと言わんばかりだった。
そこまでマッサージに対して期待を寄せているのだと知って、祥順は困惑した。それほどの価値があるとは思えなかったが、楽しみにしている人間の気持ちをへし折るつもりはないからそのままにしている。
浩和はそれはもう、とても楽しみにしているようだ。金曜日の朝にも祥順の所へ来てこっそりと仕事を頑張ってくると申告してきたくらいである。背後で素知らぬ顔をしていた女性陣から好奇心が突き刺さってきた。
ちくちくと刺さってくるそれは祥順の精神を削ったが、気にしすぎれば身を滅ぼすと分かっているから気が付かないふりをした。
今日の業務は週末の割にスムーズに進んでいる。受注もそこそこで、変な問い合わせも今のところはない。締め日が迫っているから受注を控えているのかもしれない。
「あっ!!」
調子よく仕事を進めていた祥順の耳に、息を急に吸い込んだ時のようなひゅっという音と共に小さな悲鳴が飛び込んできた。
「ああー……」
今度は諦めの溜息のようである。
「大丈夫ですか?」
体を声がした方に向けて様子を伺うと、彼女の顔面は真っ青になっていた。諦めと言うよりも絶望の方が大きそうなその顔色は、両隣にいる同僚に伝染していく。
「うわ」
「……こりゃ、だめだわ」
どうやらやっかいな事のようだ。祥順はすぐに立ち上がり、彼女の席に急ぐ。原因はすぐに分かった。ブルースクリーンだ。彼女が真っ青に見えたのは、彼女の血の気が失せただけではなくて画面が文字通り真っ青だったからだ。
顔色を確認すれば、最初の印象よりもずいぶんましだった。
「清水さん、ちょっと失礼します」
彼女の脇から身を乗り出し、STOPコードが並べ立てられている画面を見た。近くにある付箋にそのコードを書き写す。コードを全て写し終えた祥順はひとまず強制的に電源を切った。
「清水さん、とりあえず調べて対応するので、私の使っているパソコンを使ってください」
「作業中のデータ……」
「もちろん確認します。一旦別の作業をしていてもらえますか?」
不安そうにちらちらと画面を見る彼女――確か、清水由香は一昨年くらいに別の業界から転職してきたはずだ――に笑顔を向けた。
「大丈夫だと自信を持っては言えませんが、きっと何とかなりますよ」
「――すみません、お願いします」
由香は小さくお辞儀をすると開いていた自分用の資料とかペンなどを軽くまとめて席を立つ。
「あ、私のものは適当に横に移動してください。邪魔だと思うので」
さて、飲み会に影響が出ないようにさっさと作業をしてしまおう。
再起動は何事もなくできた。イベントログからエラーのあったログを検出している間に携帯で書き写しておいたSTOPコードが何だったのかを調べていく。と、それはメモリ不足からくる普通のエラーだった。
色々なアプリケーションを起動したままで作業をしていたようだ。負荷をかけたつもりがなくとも、古いパソコンは落ちてしまう事がある。
もしかしたら今回のブルースクリーンはそれなのかもしれない。メモリを増やすか作業する時に使わないアプリケーションを終了させるかすれば解決できそうだ。
初回起動日を確認すると、今年で五年目に入るパソコンである事が分かる。素人判断でしっかりとした検証はしていないが、メモリの可能性が高くなったようだと祥順は独りごちた。
イベントログを見返す。警告とエラーの両方を検出させると、結構多いのが分かる。
その中でも目立つのがタイムアウトだ。必ずメモリ不足が引き起こす訳ではないが、古いパソコンにはよくある話の一つだ。落ち着いたら購入してから年数の経っているパソコンは全て確認した方が良いのかもしれないな、と頭の中にメモをした。
「清水さん」
「はい」
「最近このパソコン、動きが遅かったり変な事があったりしませんでしたか?」
声をかけられた彼女は作業を止め、こちらに向いた。さっきよりも顔色は良い。自分のやるべき事に集中できていたようだ。祥順は深刻そうな顔にならないように努める。
口角を上げ、目の力を抜く。
「ええと、そうですね……一回マウスが動かなくなった事があります。
あとは何かあったかな」
「由香、最近パソコンフリーズするって言ってなかった?」
「あ、ああ。私そんな事言ってたかも」
祥順の背後から指摘があった。由香が気にしていない程度、と思うものの彼女がこういった事を細かく気にするタイプなのかが分からないから頻繁だったかどうかは分からない。
「USBポートの過電流とかそういうエラーが出た事は?」
「変なエラーのポップアップはありましたけど、かでんりゅう? かどうかはちょっと……」
自信のない回答に、祥順はそんなものかと頷いた。この会社では大体の人間が、よく見ないうちに消してしまって後でワタワタするのだ。それに、それがあとで重大なエラーに繋がるとは思わないだろう。
「しばらく様子をみながら仕事をするといいと思います。
また何かあったら些細な事でも大丈夫なので、私まで内線してください。対応しますよ」
由香はほっとした表情をするも、おずおずと口を開いた。
「あの、作業中のデータって……」
「これから確認します。直ぐに済みますよ」
どのアプリケーションだったのかを聞いてから、それを起動する。アプリケーションによっては自動保存をしてくれるものもあるから、それを設定しているか確認するのである。
自動保存機能は設定されていた。彼女もこれで気持ちが晴れるだろう。祥順も心底ほっとした。




