デキる男の人気ぶり
「お疲れさま。昨日はありがとう」
祥順が淡々と業務を続けていると、軽く肩を叩かれた。浩和である。椅子を回転させれば寛茂が隣に立っている。祥順がここで仕事をしている事は寛茂から聞いたのだろう。
寛茂はどこか浮かれたような雰囲気をしている。きっとミーティングがうまくいったのだ。昨日残業してまで手伝った甲斐があった。
「いえ、お互い様ですから。それよりもミーティングは大丈夫でしたか?」
「うん。うっかりミスになりそうだったけど、何とか間に合ったしね」
「ああ……レジュメですか」
寛茂が浩和の隣で唸る。とても情けない顔をしていた。そんな顔をするくらいなら、忘れなければ良いのに。
「そうそれ。カジくんが素早く見つけてくれたから間に合ったよ。他の人がヘルプだったら間に合わなかったかも。
毎回ありがとう」
祥順はいつも以上に丁寧な態度の浩和に、本当に今回は危なかったのだと理解する。
寛茂に振り回されている浩和は大変だろうが、浩和のようなできる人間が近くでサポートしていなければ、寛茂は何もかも失敗して終わりそうだ。
きっと祥順よりも寛茂の近くにいる浩和の方がそれを十分把握しているだろう。だからこそ、ぴったりと寛茂に張り付いているのだ。と、思いたい。
「私はただ皆さんがなるべく早く帰れるように、円滑に仕事が進むようにと考えているだけです。これが仕事ですから特別な事じゃありませんよ。
でも、感謝されるのは嬉しいのでお礼の言葉は歓迎します」
澄まし顔で言うと、ふざけているのが伝わったのか浩和が口元を覆って笑い出した。
たまには仕事中であっても冗談は言う。本当に真剣に動かなければならない時との区別はつけるようにしている。
昔は仕事中の冗談など、文字通り「冗談ではない」と考えていたが、浩和と親しくなるにつれて必要な時もあるのだと気が付いた。ずっと気を張っていてはいけないと気が付かされたのは大分前の話になってしまった。
あと数ヶ月したら、浩和の涙を見た時から一年が経った事になる。あっという間だったような、長かったような、濃密なひとときの数々で時間の流れが分からなくなりそうだ。
「いつでも感謝してるよ」
「それはこっちの台詞ですって」
笑い続ける浩和は口元を隠すのをやめ、もう一度言った。祥順は照れ隠しがてら彼の表情を真似る。
「見てる俺がむず痒いからもう行きましょっ!」
必死な声を出して寛茂が浩和を引っ張る。その様子がなんだか大型犬とそれに引きずられる飼い主のようでおかしい。
コントのような姿を笑顔で見送ると、二人がいなくなった途端に声をかけられた。
「あの二人と仲が良いんですか?」
興味津々の女性に祥順は動きを止めた。質問をした彼女の他に、数人の視線が刺さる。
「悪くはないと、思いますけど」
空気が揺れた。変な事を言った記憶はない。
「ほら、滝川さんってすごく人当たりも良いし仕事もできるし私たちの中でも人気なんですけど、意外にオフの姿を知ってる人がいないから社内に仲の良い人がいないのかなって」
「仕事は仕事って割り切っているだけで、普通に社外には友人がいるみたいですよ」
「そうなんですかぁ……」
祥順だって毎週末に彼と会っているわけではない。交友関係を知っているのかと聞かれれば「ノー」と言うしかないが、少なくとも祥順と比奈子、紗彩、明寧、この四人以外にも友人はいるはずだ。
祥順の知っている友人が全員女性なのは、別に浩和が女たらしだからではない。紗彩との共通の友人だから、のはずだ。
祥順は彼女達に指摘されるまで、浩和の交友関係について考えた事はなかった。気にした事もなかったが、知らないのだと突きつけられると何となく不安になる。
「確かに私は社内の人間の中では彼とは親しい方だと思いますが、でもそれもここ一年の話です。だから皆さんとそんなに変わりませんよ」
話に興味を持ってこちらに向けられていた視線が増えているのに気が付いた。浩和はそんなに人気だったのか。彼が人気である理由はとても分かる。
「滝川さん、今フリーなんですよね?」
「あっ抜け駆けー!」
突然立ち上がって声をかけられる。女が三人で姦しい。いや、そんな事を考えている場合ではなかった。不安も彼女達の斜め上の質問に吹っ飛んでいく。
うきうきと浮つき始めた雰囲気を隠そうとしない女性陣に、祥順は困惑する。こちらに視線を向けている全員が浩和を狙っているのだろうか。いや、単純に条件だけを見ているに違いない。
同性の祥順から見ても、浩和はいい男だ。それは間違いない。だが、彼の仕事中の姿だけで人を本気で好きになるというのは無理がある。
「ええと、仕事に戻りませんか……?」
話題の中心になっている浩和に嫉妬したわけではない。話を折るのは気が引けたが、かれこれずっと雑談をしている。
終業時間中なのだから、仕事をしたい。ヘルプに入った自分が雑談のネタを投下して他の社員を惑わすのはいけない。何をしに移動してきたのかという話にもなる。
「滝川さんと話をしてみたいなら、みんなで懇親会を開けばいいでしょう?
本人の事は本人に聞いてください。私は、彼の友人ですが、むやみやたらと友人の私生活について話すような人間ではありませんし、これ以上の雑談は仕事に差し支えますから」
残念がる声が上がる中、お詫び代わりに飴を配る。仕事に集中しなければいけないのは本当の事であるし、浩和の話ならば別の時間にできる。
雑談がなくなり静かになったフロア内で、祥順はほんの少しだけの気まずさを感じながらも、改めて気を引き締めて仕事に取り組むのだった。
話を無理やり中断させたからといって、嫌がらせをしてくる人はいなかった。そういう人は多分この会社にはいないだろうが。
必要な情報をしっかりと教えてくれる彼女達は素晴らしい戦力だった。
だからこそ、二人欠けるだけでも大きな戦力ダウンになり、その欠けた分を補えるわけではなくとも多少戦力になる祥順をヘルプに行かせたのだ。
祥順が穴を補いきれないのは仕方がないのだと、できなくて当然という意識を持ってはいけない。手伝いに来てくれて助かったと、本気で思ってもらえるようにしなければ。
残った時間を有効活用して、少なくとも一人分の仕事をやり終える。担当の営業に教えてもらったりして何とか乗り切った祥順は、お礼と称してこっそりと浩和から渡されたコーヒーを飲む。
そんな時だった。
「梶川さん、明日の夜空いてますか? 梶川さんのアドバイス通りに滝川さんとお話する機会を作りたくって」
正面突破。そんな単語が頭をよぎる。
「梶川さんヘルプありがとうの会って事にして、滝川さんとも飲めないかなーって。あっ、梶川さんに感謝してるのはほんとう!!」
目の前に立つ彼女に、祥順はぎこちない笑みを返した。
2023.11.29 一部加筆修正




