祥順の思い切った休憩方法
「はい! 彼が戻ってくるまでは休憩にしましょう」
そう言って祥順は浩和の背後に回った。これからしようとしているのは肩揉みである。高校生の頃両親によくしてやっていたのもあり、実を言うとマッサージは密やかな特技だった。
凝りのある部分を、肩を撫でながら探す。ワイシャツの上からだと布の滑り具合の関係で少し分かりにくいが、全く分からない訳ではない。
「え、いや良いよ」
「やらせてください。というかもう俺はやる気なので、やめません」
急に肩を撫でられて驚いたのか、首をすくめながら震えた声を出した。もしかしたらくすぐりに弱いのかもしれないな、と思いながら浩和の凝りを探していく。
椅子に背もたれがある為、背中までは網羅できない。肩胛骨の上ぐらいまでを撫でてから、揉み始めた。親指に体重をかけながらゆっくりと移動させる。筋肉の流れを意識し、極力その流れを無視しないように刺激を与えていく。
「おお」
浩和が感嘆の声を発した。掴みは上々のようだ。うなじの辺りは人差し指と中指を曲げてできた山で頸骨を挟むようにして撫でていく。ポイントはただ圧迫するのではなく、圧迫しながらゆっくりと移動させる事だ。
凝り固まった筋肉を押し撫でる。ぐぐぐ、と筋肉が動く。人差し指から小指まで余っている指は軸となっている親指にたぐり寄せられるようなイメージで動かす。いや、親指がたぐり寄せられるのか。背中や肩にひっついた四指の近くを曲線を描くように親指が移動していく。
「それ、どうやってるの。ものすごく気持ちいい」
普段は感覚で動かしている。言葉に組み立てるのは難しかった。
「ぐっと押して、きゅっと締めるような感じで手全体を動かしてます。
あとは凝っていそうな部分を押し出すようなイメージで」
「ごめん、分からないからいいや」
頭では分かっているのに、言葉にしようとすると上手くいかない。浩和は早々に理解するのを諦めたらしく、説明を終わりにさせられてしまった。
動きを真似るのは得意な方だ。だが、それを人に伝えるのは下手だった。
同じ方向に揉み続けていた部分を、今度は垂直方向に優しく撫でる。そして次の場所に移動する。
「実家で暮らしてた時、親が四十肩で。
それでマッサージを少しだけ覚えたんです。整体師の所で施術してもらって、それを覚えてーって感じで」
「へぇ」
「やってもらった感覚をフィードバックするような感じで親にやってたんですよ」
「すごい親孝行な子供だったんだ」
褒められるほどに良い子供だったとは思えない。それでも、何か返せるものがないかと考えた末にマッサージを覚えた。
自己流ではあるが、これをやるとだいたい喜ばれる。力加減が絶妙だとか、欲しいところに手が届くといった風に言ってもらえた。
「少しだけ背もたれから離れてください」
「うん」
祥順は肩胛骨によって作られたくぼみに手を添え、同じ方向の腕を取った。ぐっと肩胛骨の溝に手を埋めるようにし、もう片方の手で掴んでいる腕をゆっくりと動かす。小さく、くっくっくと引っかかるような抵抗があった。結構凝り固まってしまっている。
「かなり凝ってますね。今度、ちゃんとマッサージしましょうか」
「え、いいの?」
「もちろんです」
「うそ、やったっ」
浩和が小躍りしそうな軽やかな声を出した。そこまで喜んでもらえると、やりがいもあるし何よりも嬉しい。いつも頼ってばかりいる自分が役に立てるのだ。
「今度の週末とかでも良いの?」
「構いませんけど、明日から忙しいのでは?」
反対側の肩胛骨も同じように動かしていく。左の方が少し張っているようだ。引っかかる回数も多い。
「だからこそ、週末にやってもらえると思ったら頑張れるでしょ」
胸と肩の間にあるリンパの近くにある筋肉をゆっくりと、強くなり過ぎないように気を付けながら揉む。円を描くようにしてほぐし、それから鎖骨に沿ってリンパを流すように一方通行を心がけながら、さする。
「ご褒美になるほどの技術は期待しないでくださいよ」
上半身のマッサージは一応覚えているものの、期待されすぎても困る。プロではないし「何だこんなものか」と思われるのは嫌だ。
リンパの近くにある筋肉を揉みながら肩に手を添え、そのままゆっくりと回す。人間の体は歯車でできた時計のようにあちこちが連動している。この辺りの筋肉は肩胛骨周辺の筋肉の可動に関係しているらしい。
「痛気持ちいい。
いや、これを上半身やってもらえるのはすごく楽しみだ。
プレッシャーになるならもうこれ以上は言わないよ」
はあ、と気の抜けた吐息を漏らす浩和に、祥順はむず痒い気持ちになった。もっと早く揉んであげれば良かったのかもしれない。
祥順によるマッサージタイムは寛茂が戻ってくるまで続いた。
終業時間を過ぎたものの、何とかホッチキスで止める作業が終わる。途中でこれを営業別で必要数に分けると聞き、祥順が慌てるという事が起きたが、部数表をみた祥順が妙案を思いついた為に事なきを得た。
「五十の倍数なら数を数えなくとも簡単にできますよ。
今からやる分はそうしましょう」
ホッチキスの針はどのメーカーでも基本的に五十本で一つだ。今使っているホッチキスの針も五十本で一つのものになっている。
使いかけの針を取り出して新しいものをセットする。そしてそこから使い終わるまでひたすらホッチキス留めする。そうすれば五十部の完成である。単純な話だ。最後の五十部は半端になるだろうが、残ったホッチキスの針の数から推測できるので問題ない。
既に留めてしまっている分は数えなければならないが、それは五十の倍数になっていない分を用意するのに使えば良い。資料作成を二人に任せ、さっさと数えなければならない方を祥順が一人で頑張った。
「カジくんは本当に何でもできるなぁ……
さすがは社内の“何でも屋”さん」
浩和がしみじみと口にする。祥順は何でも屋になったつもりはない。だが社内でそう言われる事はあるから否定しない。数え終わった資料を封筒に入れていきながら、寛茂が笑う。
「お陰様で終わりました! ありがとうございます」
「……もう少し残っているだろ」
へへっ、フライングしちゃいました。と気の抜けた表情をしてみせる寛茂に、祥順はもちろん浩和までも脱力する。
「まあ、あとは封入だけですから残りも頑張りましょう」
三人は各々頷いて、黙々と手を動かすのだった。




