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書類不備です。  作者: 魚野れん
何でも屋「カジくん」

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83/210

複合機とも仲良くなれない男

 差し入れと称したコーヒーを用意して一つ下の階へ向かえば、人気がないように感じた。唯一音を立てている複合機はひたすらに印刷を続けている。いや、不規則なリズムでパチ、パチ、という音が聞こえてくる。紙を机で整える時のトンという音もしていた。

 いつも浩和が好んで使っているミーティングスペースを覗き込んだ。複数種類の資料が並んでいて、それをひたすらまとめている寛茂と、まとまった資料をひたすらホッチキスで止め続ける浩和の姿があった。


「……お疲れさまです。コーヒー、いかがですか?」

「いい匂いがしてると思ったら。お疲れさまです、いただきます」

「あああ、女神がいるっ」

「……」

 感激のあまり、意味の分からない言葉を言った寛茂に二人の刺さるような視線が飛んだ。何だ、女神とは。せめて神様とか天使様にしないか、と祥順は心の中でつっこんだが、わざわざ口にはしなかった。

 言ったところで意味がないからだ。複合機の使い方を間違えてしまい、手作業をしている状態だろうか。それにしても量が多い。

 自業自得とはいえ、この作業は人によっては地獄の修行である。

 比奈子が言っていた理由を理解した。これは誰かの手助けが必要だ。


「これ、手伝いますよ。コーヒーが飲み終わったら一緒にやらせてください」

「良いの?」

「いいんですかっ!」

 二人から確認の声が挙がる。浩和の方は問題がないのかと念を押すような言い方で、寛茂の方は純粋に喜んでいる声色だ。祥順は軽く肯いて見せ、どんな作業なのかを聞き取った。

 まとめているのは明日使う資料らしい。ミーティング資料にしては、部数が多い。確認するとミーティング資料だけではなく、配付資料も作っているのだとか。


 こうなった原因は、やはり複合機で印刷する際にステープルの設定をし忘れ、その上に部数単位でのコピーではなく一枚毎の出力設定になってしまっていたらしい。酷すぎる。

 ステープル設定を忘れるまでは分かるが、どうしたらソート設定が外れるのか。

 しかし、もうそういう風に出力されてしまったのならば仕方がない。これをどうにかするしかないのだ。という事で、泣く泣くこの作業をしているらしい。

「あとどれくらい残っているんですか?」

 祥順の質問に答えたのは浩和だった。

「今やっている分が、バラバラに印刷してしまったもので、これが終わったら今部数単位で印刷している千部が待ってるよ」

「千……」

「今回参加する営業に、資料は何部必要なのか確認したら結構な量になってね。でも昨日と一昨日で大分作れたし、カジくんが手伝ってくれるなら今日きっと終わる」


 千という数字に少しだけ気が遠くなった。パチ、パチ、と不規則に音を奏でる。後どれくらいあるのか、まだ考えられない。寛茂は絶望的にホッチキス留めに向いていなかった為、未だにホッチキスを手にしていない。

 浩和は寛茂が組む書類をひたすらホッチキスでまとめ、組まれたものがなくなれば自らも書類を組む。祥順は一人で組んで一人で留める。書類に慣れている祥順は一人でやると二人に伝えたのだ。

 五種類の紙を一組にして左上をホッチキスで留める。単純な繰り返し作業をただただ続けた。

「梶川さん、めちゃくちゃ早いっすね」

 尊敬を込めた言葉がぽつりと聞こえた。たまに寛茂が雑談を始めるのである。沈黙に耐えきれなくなったのか、はたまたこの単調な作業に飽きが来ているのか。


「慣れですよ、慣れ」

「……すごく正確というか、機械的というか」

「ええ。この動作の手本は複合機ですから」

 とんとん、パチ。祥順はリズムよくまとめている。浩和と寛茂の動きが止まった。

「機械をまねるって」

「伊高、言いたい事は何となく分かるけど」

 指サックを付けた人差し指と親指で紙を順番に組み、テーブルで整える。そして左上の角を左手の親指から人差し指できゅっと押さえるようにすると微妙にずれていた角が揃う。揃ったところでホッチキスを留める。

 押さえるような動き自体は箱をゴムひもで斜めがけにして押さえる方法を参考にしている。左上をそうして揃えるのは、複合機がホッチキス止めをする際にきゅっと紙を揃える動作からヒントを得た。

「説明できます?」

 そう寛茂が言うので、祥順は快く答えた。

「複合機のステープル機能を使った時に出口を観察して、それを真似たんです」

「は、はぁ……」

 不可解なものを見るかのような視線を隠さずに送られ、祥順は少しだけ居心地が悪くなる。一言で簡単にまとめてみたのだが、却って良くなかったようだ。


「ところで残りの千部ですが、ソートして印刷していると言っていましたがステープル機能は――」

「……」

「……」


 浩和が無言で寛茂を見やり、寛茂は彼の視線から逃げるように明後日の方向を見る。忘れたのか。

「途中で印刷を止めて、設定し直すとか……」

 浩和がいながら、どうしてこんな意味の分からない状況になっているのだろうか。

「……最初は伊高だけでやっていたんだ」

 溜息のような声で浩和の言い訳じみた言葉が降ってきた。

「資料作成だからって任せっきりにして、他の業務をしてて。残りの千部は、もう刷り上がってると思う」

 答えとしては、少しばかり質問からずれていた。それに、こんなに気を遣わない言葉を吐くのは浩和らしくない。浩和は考えを放棄してしまっていたようだ。

 すごく珍しい。祥順は気怠げと言っても似合いそうなほどにゆるく頭を揺らす浩和を見つめた。

 積み上がった資料の山。まだまだ残っている組みかけの山。寛茂が起こすミスの連発に、少しずつ浩和が蝕まれていたのだと気が付く。


 全く気が付かなかった。これは昨日今日の話ではないだろう。早く気が付いていたら、もしかしてこんな面倒な事にはなっていなかったのでは……?

「俺、取ってきます」

 微妙な雰囲気に耐えきれなくなったらしい寛茂が逃げた。しばらく戻ってこない方がお互いの為かもしれないなと思いつつ、祥順は立ち上がる。

 気持ちをリフレッシュさせないと。祥順は過去に浩和にしてもらった事を思い浮かべた。

2023.11.18 一部加筆修正

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