お酒の飲み方
鶏の刺身や手羽先の香味焼き、砂肝の黒胡揚げなど、ひたすら豪華なつまみを食べている内に、話題は鬼の顔から休日の生活スタイルへと変わっていた。
アルコールの方は、は日本酒や焼酎を往復していく祥順と浩和、ちびりちびりと日本酒を飲んでいく千誠と飲み方が分かれた。
宴会事をあまり行わないこの会社では、誰がどんなスタイルの飲み方をするか知る機会が少ない。
祥順と浩和には、千誠の酒の嗜み方が仕事のスタイルにも似た洗練さを表しているように見えた。
「焼酎はあまりお好きではないんですか?」
浩和がそう聞けば、千誠は苦笑した。
「私、お酒はそこまで強くありませんよ。というか……日本酒以外はあまり得意ではないんです」
意外だった。だが、千誠にそう言われると、飲み会では確かに日本酒ばかりを飲んでいたような気がしてくる。
近い席になる事がなく、酒を注ぎに行く時は基本的にビールだった為、ほとんど注意して見ていなかった。ただ、ビールのジョッキが取りにくい位置にあったなという記憶が残っている。おそらく、日本酒を手前にしてビールを話しておいていたのだろう。
「日本酒なら、ずっと飲んでいられるのですが」
「そうなんですか?」
千誠の言葉に、浩和が驚いてみせる。祥順の方は、彼が驚いているせいで反応する機会を逃してしまい、とりあえず鶏料理に手を伸ばす。香味焼きは甘辛く、酒のつまみには最高だった。
日本酒だけなら理性を手放さずに飲んでいられるというだけで、酔っぱらわない訳ではないらしい。
毎回ではないにしろ結構な頻度で、酒を飲んで気分を良くさせては浩和に迷惑をかけている祥順は、理想の酔い方だなあとのんびり考えていた。
「つい、外で飲むときはちゃんぽんしてしまいます」
「それでよく酔いつぶれるんですよ」
面倒をかけないようにしたいという気持ちはある。でも、いつも酔いつぶれてしまう。浩和という存在は、祥順にとって家族以外で唯一甘えられる人になっていた。
「会社での飲み会では全然なのに?」
千誠の興味を引いたのか、彼が祥順が酔いつぶれる事が意外だと口にする。
「会社とオフ、結構違いますよ。彼」
「ちょ、ちょっと滝川さんっ」
「なるほど……」
さらっと祥順の秘密をばらしてしまった浩和を避難する向こう側では、千誠が意味深に頷いていた。何をどう思ったのかは分からないが、祥順はずぼらな面がばれませんようにと祈るしかない。
仕事上問題がなければ、ばれたところで千誠からの祥順の評価は変わらないだろう。それでも「仕事外ではぐうたらなんだよな……」と想像されるのは嫌だった。
外面を気にしすぎだろうと浩和に言われてしまいそうだが、そう思われたくないのだ。
つまり、ただの見栄である。知られてしまえば評価は下がる気がするから、己の精神衛生的にも知られない済むのならば、それに越した事はない。
「カジ君はタキ君の前だけでは素でいられるのですね。そういう友人がいるのは人生の財産ですよ」
「は、はい……」
「その縁、大切にしてくださいね」
理想の上司に言われると、なんだかこそばゆい気持ちになる。隣に座る財産をちらっと見れば、嬉しそうに口角を上げていた。
祥順は気が付かなかった事にして、視線を上司に戻す。彼の方は微笑ましいものを見たといった風ににこにことしていた。それはそれで恥ずかしくて祥順の視線は彷徨い、最終的には目の前に広がる料理へと行き着いた。
「仕事でしっかりしている面を見せられていたからか、素を見ると何かしてあげたくなってしまうんですよ。
素を見てしまえば、仕事中の態度で何となく何を考えているのか分かりますし」
なにやら浩和が祥順について語り始めたようだ。目の前で自分の話をされる事ほど恥ずかしいものはない。耳をふさいでしまいたいが、三十も過ぎてそんな子供じみた事をするのも恥ずかしい。
「最近、俺に差し入れ魔なんて変なあだ名が付けられたらしいんですが、それはカジくんのせいですよ。
仕事中の根詰めている姿を見せられれば、誰だって差し入れしたくなりますって」
そういうものなのか? 絶対に違うと思う。
祥順は心の中でつっこんだ。私は聞こえていませんという態度を貫くため、たまたま目の前に置いてあった皿に箸を伸ばす。鶏肉のたたきだと紹介されたそれは、箸で摘めば刺身のようにしなって見せた。
外側は軽く火で炙られて鶏肉特有の白さを見せている。内側は桜色のままで、その色は生ハムを連想させた。
「差し入れは、いつもありがたく思っています」
「いえ、こちらこそカジくんのついでみたいに持ってきててすみません」
えっと、おろし生姜と醤油で食べるのかな。祥順は半ば現実逃避しながら醤油差しを探した。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます」
すぐに隣から醤油差しが渡される。何で分かったんだ、とも言えずに祥順は礼を言いながら受け取った。取り皿の一つに醤油を注ぎ、おろし生姜を加えてかき混ぜる。
「仕事は完璧なのに、オフはちょっと抜けてるんで、そこが良いですね」
何がだ! 祥順は思わず箸に力を込めてしまい、醤油の入った取り皿をひっくり返しそうになった。何とか何事もなかったかのように取り繕い、醤油をたたきに付ける。
「人間完璧よりも、少しは欠けている方が人間味があって良いのかもしれません」
いや、あなたまで何を頷いているんですか。祥順は無意識にたたきを醤油に沈めた。
「完璧と言えば栗原さんも完璧ですよね」
醤油で色の変わった刺身を口に入れれば、生姜の辛さが口内に広がった。辛い。辛すぎる。
鶏刺しを食べたというよりも生姜を食べたかのようだった。口の中をどうにかしようと近くにあった日本酒を勢いよくあおった。
「んぐっ」
そういえばこの日本酒、辛口だった。
「こっち飲んで」
浩和がそっと祥順にウーロン茶を差し出した。そういえば、浩和はチェイサーにウーロン茶を頼んでいたっけ。人の飲み物を横取りするのはどうかと思ってから、みんなで飲んでいた日本酒を一気に飲み干した自分が気にする事ではないかと思い直す。
「カジ君のそういう姿、新鮮ですね……」
千誠の言葉に突っ込みを入れる気力もなく、祥順はウーロン茶を飲み込むのだった。
2023.11.18 一部加筆修正




