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書類不備です。  作者: 魚野れん
何でも屋「カジくん」

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サーバー完全復旧

 恐らく明日出社するであろう綾瀬に伝えれば、対処してくれるはずだ。その場にいた人間の証言が必要ならば祥順も協力するつもりだし、事実メンテナンスに丸一日使っているのだから、千誠も追い風になってくれるだろう。

「急いで取り替えないと、という訳ではないのですが大分リスクは上がってきてると思います。

 よろしくお願いしますねー」

 一樹は祥順の方へ顔を向け、へらりとした笑みを見せた。つられるようにして祥順も口角を上げる。


「……リプレイスすると想定して、同等かそれ以上のスペックの後継機はおいくらになるんですか?」

 現実的な声が上がる。浩和だった。爽やかな笑みを張り付けている。どこか作り物めいた笑顔に見えて、祥順にはそれが少しだけ怖く感じた。

「サーバーが高くつくのは当然ですが、あまりにも高いと説得に時間がかかってしまいますし、ある程度の見当が付かないと。

 見積もりをいただけると助かります」

「そうですよねー

 明日にでも用意します」

 浩和の言っている事は当然の事だが、何となく威圧感がある。そんな風に思っていると一樹は全く気にした素振りも見せずに軽い返事をした。

 彼が鈍感なのか、それとも自分が疲れているのか……そう考えたが、深く考えるのをやめた。絶対に結論が出ないと分かっているからだ。


「一応、うちの綾瀬だけじゃなくて梶川にもメール送ってくださいね」

「分かりました。そうします!

 よし、これで終わりですよ」

 一樹は浩和が出す得体の知れない雰囲気をものともせず、変わらぬ調子で答えてから祥順の方へ振り返った。

「梶川さん、クライアントPCからアクセスできるか一通り確認していただけますか?」

「あ、はい。もちろんです」

 ネットワークの確認用に持ってきたノートPCを開き、すべてのメインフォルダを閲覧できるか見る。問題なかった。

 経理ソフトやその他在庫管理システム等のアプリケーションが問題なく起動できるかも確認したが、すべて正常に戻っていた。

 完全復活だ。祥順はやりきったという気持ちに包まれた。

「問題ありませんでした」

「それはよかった!

 では、これで今日の案件は終了にさせていただきますね。

 これからすぐに報告書を作るので、少々お待ちを」

 一樹は持参してきたタブレット端末を取り出して作業し始める。数分もすれば完成するだろう。


「カジくんお疲れさま」

 椅子をスライドさせて浩和が移動する。こつん、と椅子の足同士がぶつかった。緩やかな風とともに、ムスクが使われたやや甘くも男っぽい香りが鼻腔をくすぐる。

「今日は本当にありがとうございました」

 祥順の言葉に浩和が小さく笑う。今度は普通の笑みだ。何となくほっとしながら言葉を続ける。

「俺の方こそカジくんにお礼を言うべきだ。

 こんな遅くまで対応してくれてありがとう」

 一樹のタイピング音をBGMに、ゆっくりとした時間が流れていく。祥順はもう冷めてしまったコーヒーを口に含んだ。苦みの増した黒い液体は、するすると祥順の喉を通っていった。

 冷めたコーヒーの香りでついさっき嗅いだムスクの香りを思い出す。初めて嗅いだ香りだった。その日の気分で変えてしまうらしく、浩和の香りはほとんど毎日違う。

 香り自体が感じられないくらいに薄い時もあれば、こうして近付くだけでふわりと漂ってくる濃さの時もある。それでも決して匂いが強すぎたり、きついときはない。

 むしろ付け方が絶妙で時にセクシーささえ感じるくらいである。

 ふと人の香水について深く考え始めてしまった自分に恥ずかしさを感じた。


「一週間はまだ始まったばかりですからね。

 人の事ばかりではなく、自分の事も考えた方が良いですよ?」

 浩和に気が付かれる前にと会話を続けたら、少しばかり嫌みのようになってしまった。

「良いんだよ、今日は!」

「あっ」

 思い切り髪を乱された。頭をがしっと掴まれ、突然の事に何が何だか分からず首を窄めたが最後。勢いよく浩和の掌が動き出し、軽く整髪料で整えられていた髪の毛がぼさぼさになる。

 一樹の背後で騒いでいるわけにもいかず、ただ乱し続ける手を両手で抑えつけた。

「もう、何するんですか」

「人の押しつけがましい恩に申し訳ないとか感じるのは全くの無意味だ。

 そんな風に思うなら今度ごちそうしてよ」

 遅くまで付き合わせて申し訳ないという考えで言ったのは見え見えだったらしい。やけに楽しそうな男は、イエスと返事をしたら手を離してくれた。適当に髪を整えながら祥順はちらりと一樹を見る。

 うるさすぎやしなかっただろうか。暇になった途端にふざけ始めたと思われたら嫌だ。会社の質を問われてしまう。


 タイミング良く――いや、むしろタイミングを見計らってくれたのかもしれない――一樹が振り向いた。

「お待たせしました!

 こちらにサインをお願いします。

 今回は――」

 作業内容に間違いがないかを確認し、祥順はサインした。

「じゃ、リプレイスの件はまた改めて連絡させていただきます。

 今日はありがとうございました。失礼します!」

「ありがとうございました」

「またよろしくお願いします」

 一樹を見送って時計を見れば、21時を過ぎた所だった。祥順は浩和と顔を見合わせ、それから改めてお疲れ様と言い合った。

 荷物を取りにデスクへ戻ると、千誠がいた。

「お疲れ様です。……その様子だと、無事に復旧できたようですね」

「えっ! あっ!!」

 まさか残っているとは思わず、驚いた祥順の口から出てきた声は言葉にならなかった。

「今日は不具合のせいで仕事が進まなくて、それで私も残業してたんです」

「……そうでしたか」

 千誠はそう言って笑ったのだった。

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