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書類不備です。  作者: 魚野れん
何でも屋「カジくん」

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一樹の提案

 インスタントコーヒーを用意し、戻ってくると浩和がいた。どうやら差し入れに菓子か何かをを持ってきてくれたようだ。

 ちらりと見えたが、袋からしてコンビニスイーツらしい。

「あ、カジくんお疲れさまです。

 ちょうど今お菓子を佐藤さんに差し入れしていたんだ」

「本当に良いタイミングですね。

 私はコーヒーを入れてきた所だったんです。

 分かっていたら用意したのに……はい、これどうぞ」

「ごめん、ありがとうございます」

 祥順は笑いながらコーヒーカップを見せる。差し入れ自体は本当にありがたい。時間外の作業に糖分をもらうと元気が出るからだ。

 それは祥順が残業している時に浩和が差し入れをしてくれた事が何度もあり、経験済みだった。


 自分用を作り直して戻れば、楽しそうに二人が話していた。

「そうなんですねー。やっぱりすごいですね」

「何でもできてしまうから、私はいつも応援しかできなくて」

 インストール済みのディスクが一枚増えた。未インストールの分は、一樹が手に取ったもので最後である。近くの席から椅子を持ち込んだ祥順は、とりあえず二人の斜め後ろに座った。

「カジくんはすごい人だって話をしていたんですよ。

 ねえ、佐藤さん」

「そうなんですよー。

 今日一日、やり取りをさせていただいてて思っていたんですけどね。

 きっといろいろできる方なんだろうなって」

「え、いや……私はそんなんじゃないです」

 浩和と一樹は祥順の話題で意気投合したらしい。こんな短時間で一体、と祥順は信じられない気持ちで浩和を見る。その視線に彼はにっこりと笑顔で返す。

 その笑顔が何を意味しているのか祥順には分からなかった。


「基本的に頑張り屋で、仕事も熱心で、社内でも人望を集めている人間の一人で――」

「私はそれほどでもないですから。

 人望で言えば滝川さんが総務で一番人気ですよ。彼の書類は完璧なんです」

 浩和の言葉を遮るようにして自分の事を否定した祥順は、代わりに彼の評判を一樹に語り出す。

「それに、気遣いもすごくて、今日だってこうして差し入れなんて用意してくれて。

 私は仕事しかできませんから、人間性もひっくるめたら彼の方が断然上ですよ」

「梶川さんもすごいけど、滝川さんもすごいんですねー。

 良い人材が多いのは素敵な事ですねっと、インストール終わりました。

 これからいくつかアプリの設定とかしていきます」

 人材自慢をしていた訳ではないが、どうにも自慢じみた話になってしまった。一樹が適当に話を流した所で気が付いた祥順は口を閉じた。

 そんなどうでもいい話をしている場合ではなかった。


 画面を覗き込めば、一樹の操作するマウスポインタが迷っている。アプリには自動的に適応されない設定がある。その情報を保存しているファイルが見当たらないのだろう。

 それもそのはず。祥順も元データの在処が分からず、わざわざ作ったからだ。これから必要なデータは祥順が今日作ったもので、恐らく比奈子と一樹の間に取り決められた場所とは異なっているはずだ。

「ああ、えっとあれですね。

 確かサーバーの共有フォルダの……少し失礼」

 椅子から立ち上がり、身を乗り出してマウスを使わせてもらう。共有フォルダの中、綾瀬の使っているフォルダの中にあるファイルを表示させた。

「今日、私の方で確認して作ったデータなので分かりにくいですね、すみません」

「いやいや、私も最初に聞いておけば良かったんで……。

 ありがとうございます」

 早速表示された内容を元に設定の仕上げをしていく。SQLの設定も一緒に進めているようだ。といってもその設定をするのは販売管理等に関わるアプリケーションだけの為、数はない。


「これが終わったら、後はデータ保護関連の設定だけですね。

 九時までには終わりますよ」

 終わりの時間を示唆され、本当に終わりが見えてきたという実感が湧いてきた。だが、一樹はそれに「ただ……」と続けた。

「これを機に、新しいサーバーにリプレイスする事の検討をしてもらえると嬉しいですねー」

「綾瀬に伝えておきます」

 何を言い出すのかと思えば、営業だった。そう思って適当に答えた祥順の言葉に反応してか、すかさず浩和が質問をした。

「どうしてですか?」

「簡単な話ですよ。

 今回の問題は恐らくこのサーバー自体のスペックが時代に遅れてきているというものです。

 OSのアップデート時にこういったクラッシュを起こすなんて、滅多にあるものじゃないですしね」

 祥順の用意したコーヒーを一口飲み、一樹は続ける。ただの営業ではなかったらしい。


「それに、復元ポイントも手動じゃないと作れないOSなので、今回は運が良くデータがそっくり残っていたからこれで済みましたが……。

 次回もそれで済むとは限らないでしょう?」

 一樹の話は尤もだった。復元ポイントの作成を忘れずに行っておけばいいと言う話であるが、そのタイミングが常に最適だとは限らない。

 アップデートの直前に行えばより確実となるかもしれない。だが、アップデートの日時を確認してその直前に操作するという手間が累積したらどれほどの負担になるか。

 少なくとも担当である綾瀬の作業効率は下がるだろう。片手間に社内SEをやっている彼女にとっては神経を使う処理になる。


「新しくなれば、スペック的にも余裕が出るから安全ですし、リプレイス後のOSは復元ポイントも自動作成で操作も楽ですし、損な買い物にはならないですよ。

 まだ使えるから勿体ないって言われて保守を延ばしに伸ばしてきましたけど、私としては現時点で使い倒せるだけ使い倒した感が強いんですよねー。

 要するに、そろそろこの子は限界なんですよ」

「……なるほど。分かりました」

「今回の件を理由に、また稟議書を作れば通るかもしれませんね。前向きに検討します」

 サーバーのリプレイスは簡単には決裁がおりない。単価が高いというのが大きな理由だが、それ以上にサーバーの重要さが認知されていないのが原因だ。昔、綾瀬がそう愚痴っているのを耳にした事がある。

 重役の何人かが反対するのだそうだ。彼らに「そんなものにお金をかけるなら、同じ金額を営業に使いたい」と口にされてはどうにもならないと。

 その点で言えば、今回がチャンスであるように、祥順には見えた。

2019.4.11 誤字修正

2023.11.16 一部加筆修正

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