美味しいご飯ともうひと頑張り
浩和のいるミーティングスペースへと向かうと、祥順が現れるのを見計らっているかのように食事が広がっていた。それらは品数が少ないものの全て和食で、祥順の目には意外に映った。
浩和は驚く祥順を見て満足そうに頷いた。
「お疲れさま。
あんまりおいしそうな匂いをさせていると来客に失礼だからね。
匂いが強く残らなそうなものを探してきたんだ」
おいしそうだけれど、どこで買ったのか全く分からない肉じゃが。明らかにパッケージがコンビニっぽくない。味噌汁にご飯、それときんぴらごぼう。
味噌汁とご飯きんぴらごぼうはコンビニでも入手できるが――いや、これは肉じゃがを買ったお店で作っているものかもしれない。切り方がコンビニで見かけるものと違う気がする。
とはいえ、こういった料理を持ち帰りができる店は知らない。浩和は一体どこまで行ってきたのだろうか。
上の空でお疲れさまと言いながら、祥順は目の前の和食について考えていた。
「きんぴらはごま油を使っているから微妙かなって思ったんだけどおいしそうだったから肉じゃがと一緒に買っちゃった」
「そうでしたか、ありがとうございます」
席に着く祥順へ、浩和が説明する。既に箸まで用意されており、本当にぱっと食べられるようになっていた。
「最近できた割烹店で、俺も食べた事ないんだ。
今度一緒に行こう」
仕入れ元がどこなのかと思えば、最近できた店だったのか。祥順に見当が付かないのはもっともだった。会社周辺の店は網羅している自信があるのに、と不思議だったのだ。
やっと納得できた所で、浩和の朗らかな声が耳に入る。
「前置きはこれくらいにして、食べて。
あまり時間がないんだろ?」
タイムリミットを伝えたわけではないが、祥順が突然連絡を寄越した所から状況を察してくれたらしい。言わなくても分かってくれるという事に嬉しく思う気持ちと共にむず痒さを感じる。
照れくささを隠して小さくいただきますと唱え、肉じゃがに箸を向ける。
見るからに味がしみていますと言っているじゃがいもを割った。その期待を裏切らず、ジャガイモは中心の淡い色合いから外側の汁の色を綺麗なグラデーションで見せてくれる。
口に運べば、少しぬるくはなっているものの、ほくほくとしたジャガイモ特有の感触が。そして咀嚼していけば塩辛くなりすぎない程度に味の染みた絶妙なバランスの味が口の中に広がった。
牛肉から染み出した油の甘みとみりんの甘みが混ざり合い、まろやかな風味を舌に伝えてくる。
「……おいしい」
祥順が漏らした一言に、浩和は満足そうに頷いた。そして同じようにジャガイモを頬張る。
「うん。うまみのある汁がしっかりと染みているのに、ジャガイモの自然な味がちゃんとするね」
祥順と浩和は互いに顔を上げて笑った。おいしいものを食べている時、最近よくする動作だった。おいしさを分け合っているとより深く実感できて良いと祥順は思っている。
一人でばかり過ごしてきていた祥順にとって、こうして浩和とおいしいものを食べ、共感しあう時間はとても大切だ。あまり他者と感覚を共にするという機会がなかった祥順は、この行為が人間として重要な何かを思い出させてくれるような気がしていた。
「お肉も柔らかくて、すごく甘いです」
「本当だ」
二人はおいしいと言いながら何度も笑顔を交わしたのだった。
「梶川さん、終わりが見えてきましたね」
にっこりと人懐こい笑みを浮かべ、ITサービスの佐藤一樹が言った。今更ながら、彼の名前を知ったのはつい先ほどである。
今日一日電話でやりとりをしている間、名乗らず、直接会って名刺を交換して、やっと知ったのだ。恐らく比奈子とのやりとりを知っていると向こうも思っていての事だろうが、祥順はそういう仕事内でのルーズな部分が好きではない。
そういう事もあり、今日は一日彼に対して良い印象を持ちにくかったのだと名刺を受け取った瞬間に思い当たる。これも今更だった。
「抜けがあると思いますので、まずはそれを確認していただけますか?」
「分かりました。
それにしてもすごいですね、綾瀬さんの他にも詳しい人がいるなんて頼もしい」
かたかたと小気味よくキーボードを叩く音をBGMに一樹が話し続ける。器用だなと思う一方、集中してほしいと思わなくもない。
「私、似たような規模の会社にはよく行くんですけど、一人いればいい方で」
「へぇ……」
サーバーのネットワークチェックをさらっと行い、プログラムチェックを始めた。詳しい人間と言うほど自分はそんなに詳しい訳ではない、と言おうか迷うも、別に話を盛り上げたい気持ちもないので曖昧な返事をした。
気の抜けた返事も気にせず、雑談は続いていく。
「そうですね」や「なるほど」といった適当な返事だけで勝手に会話が続くのも面白いと、半ば投げやりに思いながら彼の作業を見守っていた。
「綾瀬さんがいればクライアントPCのセットアップも不具合も直せちゃうし、私なんて不要ですからねー。
これくらいの事にならないと、私の出番はないんですよ。
基本設定は大丈夫です。クライアントPCのアカウント認証リストも完成してるし、完璧です」
「……良かった。ありがとうございます」
久しぶりにまともな返事をする。
ITサービスのお墨付きがもらえれば一安心だ。祥順はほっと表情を緩ませた。
「じゃ、在庫管理とかのアプリケーションが使えるように設定しましょう。
これ用のSQLも設定しないといけないし」
「お願いします」
いつの間にか一樹はディスクを取り出していた。既にインストールを終えたようで、もう片方の手に持っていた他のディスクを挿入する。
インストールする種類は多いものの、それ単体にかかる時間は短い。さくさくと進んでいくインストール作業を尻目に、祥順は差し入れの飲み物を用意しに席を立った。
2023.11.16 誤字修正




