素敵な人達
ITサービスの指示でサーバーの復旧作業を再開した祥順は、何とか順調に再セットアップに向けた準備を進めていた。
バックアップの確認は終わり、後は初期化と厄介な再セットアップだ。とはいえ既に夕方に差し掛かっており、だいぶ時間がかかっている事は否めない。
初期化している間に常務へと報告をしておこうとしたが、なかなか捕まらない。仕方がないので、とりあえず千誠に報告する事に決める。
彼のデスクへと向かえば、あちこちからねぎらいの言葉が飛んできた。まだ終わっていないので、と苦笑しながら頭を下げ続けるしかない
「お疲れさまです。サーバーの件はかなり苦戦しているようですね。
……大丈夫ですか?」
いつもと変わらぬ小さな微笑みを向けてくる。どうしてまだ直らないのか、と聞いてこない所が彼らしい。
直属の上司が彼で本当に良かったと祥順は心の底から思った。
「結局、エラーが起きる前の状態に復元する必要があったのですが、プログラム上の復元が実行できなくて……
手動で最新のバックアップを作成し、データを保護した所です。
今サーバーの初期化を行っています」
「そうでしたか。
何とかなりそうですか?」
祥順は千誠の質問に頷いて答えた。
「時間はかかりますが、おそらく今日中には何とかなると思います。
夜には担当のITサービスも来る予定です」
「分かりました。
万が一今日中の復旧が無理だったとしても、誰も責めませんから焦らず確実にお願いしますね」
「はい」
申請書の束を手に千誠が立ち上がる。
「常務には私の方から報告しておきます。
復旧作業に集中して良いですよ。私がお手伝いできるのはそれくらいですから」
申し訳なさそうに眉尻を下げ、祥順の方をぽんと叩く。気遣われると逆に申し訳ない気持ちになる。祥順は苦笑して首を横に振った。
「彼女だったら、もっと早く解決できたかもしれないので……」
「今ここで作業してくれているのはあなたです。
私はもちろんうちの社員は、あなたと綾瀬さんを比較なんてしませんよ」
きっぱりと自分の言葉を否定され、祥順は首をすくめるようにして小さく頷いた。自分の感じ方、考え方が正しいとは限らないし、上司がそう言うのだ。
素直にありがたいと受け取って仕事の活力に変えた方が良い。きっと浩和が隣にいたら、そう耳打ちしてくるだろう。
「ありがとうございます、がんばってきます」
「はい。お願いしますね」
きゅっと表情を引き締めた祥順に朗らかな笑顔を見せて千誠が手を振る。書類を持って行くはずの千誠に見送られ、祥順は作業に戻ったのだった。
彼が戻ると初期化が終わっていた。思っているよりも早いな、と祥順は少しだけ気が軽くなった。誰も責めはしないと言われても、やはりプレッシャーがなくなる訳ではない。
画面は初回立ち上げ時の表示になっている。早速作業の続きを開始し、控えておいたサーバー情報を基に同じ設定になるように入力していった。
一番最初の立ち上げが終わったら、共有フォルダの情報や設定をバックアップから引き出していく。あとはいくつかアプリケーションを入れて設定し直せば良い――はずだ。
作業が終わらない内にITサービスが来てくれて祥順が抜けている部分を保管してくれる予定だし、問題ないだろう。
バックアップの移動を終え、サーバーのユーザー設定を元通りにしていく。ユーザー設定の引き継ぎ方を知らない祥順は、調べるよりも動いた方が早いと判断して手入力する事にした。
クライアントPCの数だけユーザー登録をしている。携帯端末からの接続は一部の人間だけに制限をしている為、そんなに多くはない。携帯端末まで許可していたら、ユーザー数はおおよそ倍近くに跳ね上がる。
全ての端末をサーバーに繋ぐ設定になっていなくて良かったと、心の底から思った。
クラウド化していないサーバーの限界だろうなと祥順は思いながら、独立している自社のサーバーにケチをつけた。
ひたすら社員の名前とそのPCの名前、承認パスワード等の諸情報を入力していく。そう難しい作業でもないが、面倒な作業ではある。後もう少しで終わるという頃、端末が電子音を響かせた。
「はい、梶川です」
「お世話になってます。今サーバーの調子はどうですか?」
向こうでの作業が終わったのだろうか。雑踏をBGMに弾んだ声が聞こえてきた。早歩きかもしれない。どことなく息も荒い。
「初期化が終わって設定し直している所です。
今、クライアントPCの認証をする為の情報を入力しています」
「結構良いスピードですね! っと失礼」
本人も良いスピードで移動しているらしい。誰かにぶつかったのか小さく謝っている。そんなに急がなくても大丈夫だろうに。
何となく小さく笑ってしまう。
「因みにサーバーのネットワーク設定は元通りになっていますか?」
「分かる範囲で、終わっています。
もしかしたら抜けがあるかもしれませんが……」
「大丈夫、そちらに着いたら何とかします!」
夜の帳も降りていて、仕事を上がりたくなる頃だ。張り切る声が少しだけ頼もしかった。いくつかの質問を答えている内に、彼も駅へと辿り着いたようだ。
「では、これから電車に乗りますので。
えっと……多分三十分後には伺えると思います」
「ありがとうございます。お待ちしています」
腕時計を見る。七時八分だった。持っている端末をデスクに置いてハンディで電話をかける。何度もコールするまでもなく、浩和が出た。
「もしもし、カジくん?」
「滝川さんはお時間どうですか?」
「あ、もしかしてご飯のお誘いかな。
さっき覗いたら作業に集中してるみたいだったから、連絡が来るの待っていたんだ」
全く気が付かなかった。連絡をしなかったら、休憩するタイミングを逃していたかもしれない。そんな事を考えていると、彼の軽口が聞こえてくる。
「まあ、なかったらまた覗きに行こうと思ってたけど」
小さな気配りが嬉しい。祥順は、早く浩和に会いたくなった。




