全てを忘れさせるお菓子
「ずんだ餅のチーズタルトらしいです」
「えっ」
祥順は聞き返した。
祥順の思考が止まると、浩和はしたり顔で困惑する二人に説明を始めた。
「ずんだもチーズタルトは宮城県で有名な菓子であるずんだ餅を使ってる。
そのずんだ餅をチーズタルトにしたんだ」
「ずんだ餅のタルトじゃないんですか?」
祥順の疑問に、浩和はパッケージを見せる。確かにそこにはずんだ餅のタルトではなく、ずんだもチーズタルトと書いてある。ずんだ餅にチーズ、全く合う気がしない。
だんだんと食べるのが恐ろしい気がしてくる。祥順は浩和に説明を促した。
「ずんだ餅の独特な食感はそのままに、チーズタルトの良さを最大限に引き出す。
そう説明されてるんだけど……何を言ってるか全く分からないし、味の想像もできない一品だ」
祥順は浩和の手にあるずんだもチーズタルトを見つめた。見れば見るほど、聞けば聞くほど不安になるお菓子など、今までにあっただろうか。
鮮やかな黄緑色色の何かが乗っているタルトは、見た目はそんなに恐ろしいものに見えない。ずんだ餅のタルトだと聞けばそう変なものには感じなかっただろう。
だがこれはずんだ餅のチーズタルトだ。ずんだ餅なのかチーズタルトなのかどっちかにしてほしい。
「ずんだを使ったチーズタルトではない……?」
「ずんだ餅を使ったチーズタルトみたいだね。
チーズケーキの部分には多分餅が使われてる。
ほら」
そう言われて見せられたのは成分表示の欄。見てみれば確かにもち米と書かれている。もう、これ以上この菓子について考えるのをやめよう。
祥順はいろいろと諦めた。
「せっかくだし、いただきます」
「どうぞ」
浩和は祥順にずんだもチーズタルトを渡して自らもパッケージを破る。ずんだ色とも賞される鮮やかで爽やかな黄緑色のものが目に入った。
一口かじると、ずんだ餅の味が広がった。食感は、タルト生地が口内の水分を奪っていく為、もっちりしているが……かなり、もそもそとしている。
因みに浩和の予想は外れ、断面は三層に別れていた。餅、チーズケーキ、ずんだの順になっていて、真ん中に挟まれたチーズケーキの感じはない。
これ、別にチーズタルトにする意味はなくないか? そう思いながらも祥順は二口目に挑む。
「おいしいですけど、なんて言えば良いのか分からないです」
困惑したようなコメントを寛茂が言えば、浩和は笑った。
「チーズケーキの親戚だと思って食べると、何食べてるのか分からなくなるよね。
ネタとしてしか、差し入れにはできないなって考えていた所だ」
何となくチーズケーキのような風味がした。気のせいだと言われてしまえばそんな気がしてしまうほど、チーズケーキの印象は薄い。
ずんだの方にインパクトがありすぎる。あと、食感が気になる。
「何を食べているのか分からなくなりますね……」
祥順に言えたのは、それだけだった。
「まあ、でもこれくらい意味の分からないお菓子を食べたら、休憩前の気分なんて吹き飛ぶでしょ」
「俺も何考えてたのか分からなくなりま――冗談です!」
寛茂の言葉に浩和が咎めるような視線を送る。気分転換をしたらさっさと集中しろという事だろう。その視線に途中で気が付いた寛茂も、発言を中断させて慌てて訂正した。
寛茂は残っていたコーヒーをぐいっと飲み干して立ち上がる。
「片付けついでに思い出してきます!」
意味の分からない発言を残して寛茂は勢いよく去っていった。祥順と浩和は思わず顔を見合わせ、小さく吹き出した。
「ふふ、やりとりが兄弟みたい」
「あんなに大きな弟はいなかったはずなんだけど……はは」
二人で小さく笑っていると、電子音が割り込んでくる。そして小さな振動を祥順に伝えてきた。着信である。
「あ、調べ物が終わったみたいです」
「本当か」
「出ますね」
一言断って、そのまま通話を始める。
「はい、梶川です」
「お世話になっております、先ほどの件なんですが――」
ITサービスの話を聞いている内に、祥順のにこやかな笑顔が徐々に凍りつく。
「つまり、復元自体が不可能だと」
「そうです。手動で復元用データを作っておかないと使えない機能だったんです」
祥順の言葉に彼は頷いた。浩和も祥順の発言で、サーバーがかなり厳しい状況になっているという事に気が付き、表情が硬くなる。
「では、復元の路線は諦めて、初期化してバックアップを使う方向を……」
「ハードは駄目にはなっていないので、十分可能だと思います。
ただ、SQLを再構築するのに設定をしていかないといけないので面倒ですよ」
ITサービスにそんな事を言われるも、それをしなければどうにもならない。今日一日分のデータをどうにかして保存できれば少しはましなのだが、と思うものの祥順には何も思いつかない。
祥順は今日の仕事を完全に諦め、定時で帰る事も諦めた。
「やります。サポートしてください。
もし遅くてもこちらに来ていただけるのであればとても助かります」
祥順のきっぱりとした言葉に浩和はそっと息を吐く。祥順はそれからいくつか言葉を交わして電話を切った。
「サーバーの情報を保護して初期化します。
それが終わったらバックアップから情報を復元して機能を復活させます」
浩和にそれだけ伝えると、彼は心配そうに見つめてくる。
「……大丈夫ですよ。多分残業なので、できれば夜に差し入れしてくれると嬉しいですけど」
「それなら任せて。美味しいものを用意しておくよ」
浩和は一緒に残業してくれと暗に言っている面倒な頼まれ事を、喜んで引き受けてくれた。
きっとまた気分転換になりそうなものを用意してくれるのだろう。浩和の優しさに励まされながら、祥順は足早にサーバーへと向かうのだった。




