予想外に予想外
復元ポイントがない。祥順は絶望の淵に立っていた。沈み始めるぎりぎりといった所だ。
「――どこにあるんですかね……?」
「ないんですか?」
電話口から聞こえてくる脳天気そうな声が、気に障る。復元ポイントが自動作成されずにいて、そのままになっているのではないか、そんな不安が頭を過ぎる。
言われた通りに操作して、復元プログラムがあるフォルダまで来たはずなのに復元ポイントが一つもないのはおかしい。さすがにそれくらいなら、祥順にだって分かる。
「復元ポイントの自動作成機能、このOSにあるんですか?」
復元ポイントは、OSのアップデートをしたりするタイミングで勝手に作られるものだと思っていた。
「そちらのOSについて少し調べて折り返します」
「分からないのかよ!」
通話終了の電子音を聞きながら祥順は今度こそ口に出して突っ込んだ。
一度サーバーを通常起動させ、問題は未解決だが一時的にサーバーとの接続が可能になっている旨を連絡した。
ITサービスから連絡がくるまで、休憩する事に決めたのだ。
どうせ、その結果が分かるまでは何もできない。ならばITサービスを電話口で怒鳴る事のないように気分を少しでもよくさせておく必要を強く感じていた。
迷惑かなと思いつつも、祥順は浩和のデスクへと向かう。デスクに彼の姿はなく、近くの複合機に英俊の姿があった。冊子状に綴じる印刷で資料を作っているらしい。
「滝川さんは?」
「お、お疲れ様。今日は大変そうだな……。
タキならいつものミーティングスペースっすよ」
英俊は向こう側を指さしながら笑う。
「ありがとうございます」
陽気に手を振ってくる英俊に祥順は丁寧に礼をしてからミーティングスペースへと足を向ける。
追いかけるようにして、印刷ミスを見つけたのか悪態を吐く声が聞こえてきた。誰だってそういう時はあるよな、と変な安心感を抱いたのだった。
祥順がスペースを覗くと浩和が寛茂と話し込んでいる。難しい表情をしていた二人だが、祥順に気が付けば笑顔に変わる。
「様子はどうですか?」
「ぜんぜん駄目……今ITサービスさんに調べ物をしてもらっています」
祥順がそう言いながら顔をしかめてみせると、浩和は苦笑した。
「今の内に休憩というとこか」
「邪魔しちゃってすみません」
「いや、すごく良いタイミングでした!」
踏み込んできた寛茂に、祥順は目を白黒とさせる。
「俺、アイディアが煮詰まっちゃってて、助かりました!」
一体何の話か分からないが、寛茂の体越しに溜息を吐く浩和の姿が見えた事から、浩和からの質問に寛茂が答えられず困っていたのだろうと勝手に想像する。
あり得る話すぎて、何の疑問も湧かなかった。
「カジくんの休憩がいつ終わりになるか分からないんだから、早く離れてあげて」
「あっすみません!」
近すぎる寛茂の肩を掴んで遠のけながら浩和が出て行った。
「いろんな人にも距離が近いって怒られるんですよね」
「……確かにちょっと驚きました。あまり、やらない方が無難ですよ」
祥順は寛茂を落ち着かせる為に椅子を勧め、自らは飲み物とおやつを取りに行ったと思われる浩和を手伝いにミーティングスペースから出た。
フロアを見渡すと、浩和はデスクにいた。
「滝川さん」
「カジくんどうしたんです?」
「飲み物を作るなら手伝おうと思って」
祥順の言葉に表情を綻ばせた浩和が、三本のスティックを取り出した。
「お湯を入れるだけ、手伝ってくれる?」
「もちろん」
祥順はスティックを受け取りウォーターサーバーへと向かう。その後ろをコンビニのビニール袋を持った浩和が追う。
エンボスカップを用意して、それぞれにインスタントの粉を入れていく。
「はい、マドラー持ってるからお湯入れたら渡して」
「ありがとうございます」
ただの粉末が良い香りを纏った液体に変わるまであっという間だが、今日の中で一番長く感じる瞬間だった。
コーヒーを手に、ミーティングスペースへと戻る。寛茂はテーブルに向かって作業をしていた。
浩和から解放されている内に、先程つまづいてしまった部分の手直しか何かをしていたのだろう。勢い良く顔を上げると、2人の手にあるものを見てぱあっと顔を明るくした。
「わ、俺の分まであるんですか。凄く嬉しいです」
「作業中の人間一人の目の前で休憩する程無神経じゃないんだけどな。
それに、気分転換しなきゃ思いつくものも思いつかないよ」
浩和の言葉は最もだ。彼のアドバイスのおかげで祥順はだいぶ楽になった。甘え過ぎかもしれないと思う事もあるが、浩和はもっと甘えろと甘やかしてくる。
限度を超えたら注意してくれると信じて、今は甘え切っている。
「私の休憩が終わるまでですから、そんなに長い時間ではないです。はい、一旦そのノート閉じて」
祥順も寛茂に声をかけて作業を中断させた。寛茂は真面目な性格だったはず。これくらいしないと思い切り休憩などできないだろう。
ノートがあった場所にコーヒーを置く。その近くに浩和がお菓子の入っている袋を置いた。事前に聞いていなかったが、そのお菓子は何だろうか。
「それは何ですか」
「……新商品」
含みを持たせたその言い方に、ネタで買ってきただろう事を察する。美味しいかどうかよりも、面白そうといった理由で買ったに違いない。
「すごく気になる!」
はしゃいだ様子で袋に手を伸ばす。中から出てきたのは、緑色のタルトだった。
「――ずんだも、チーズタルト……?」
緑色のタルトといわれたら、間違いなく抹茶を思い浮かべるはずだ。それが、“ずんだ餅’sタルト”だと?
「何ですか、その“ずんだ餅’sタルト”って」
ずんだ餅がタルトになる、という最初の部分からアウトだった。祥順には、何を言っているのか分からなかった。
2023.11.13 一部加筆修正




